拾弐:サムライガールはウサミミを着ける
アトリの頭にウサミミがついた。
長さは11センチほど。色は白。内耳はうっすら桃色で、ホンモノのウサギを模しているのが分かる。しかしその材質は金属で、機械だ。しかし金属を思わせぬ色合いでメカメカしさを無くしている。
ウサミミはアトリの動きに合わせて動く。歩くたびに上下し、激しい動きになればぴょんぴょんする。無駄機能に見えるが位置補正キャリブレーションであり、これにより内部機械の誤差を塞ぐという。
ともあれアトリの頭にウサミミがついた。そういう事だ。
「おお、これはなかなか」
アトリは自分の頭についたウサミミの動きに感心していた。新しいおもちゃを手に入れたように、適度に跳ねてその動きを楽しんでいる。
「アトリ大先輩カワイイ……無邪気にはしゃぐ姿と戦闘シーンのギャップが……じゃなくて!」
その姿に予想外のダメージを受けた里亜。尊敬する人の見たことのない姿に心を揺さぶられたが、我に返って糾弾するためにウサミミをアトリに渡したタコやんに向きなおった。
「なんなんですかこのウサミミ!」
「いや、事前に言うたやん。位置情報確認のアンテナや。そのモニタリングしてもらうって」
「これが!? どう見てもドドンキとかで安売りされてそうな粗悪コスプレグッツにしか見えないんですけど!」
「そう見えるんやったら成功やな。アンテナと悟らせへんカモフラージュやし」
里亜の怒りをスルリとかわすタコやん。
「高感度のアンテナと受信機がセットになってて、装着者同市の居場所を探るんや。行方不明とか動けへんようになった奴らを捜索するのに役立つ一品やで。カメラ機能やSOS発信機能もあるんで、ダンジョン事故を軽減するええツールになるわ。
機能を詰め込んだ分、ちょっと大型になったけどな」
「何でウサミミなんですか?」
「手足は武器とか荷物持ったりするから邪魔になるやろうし、生存確認用に脳波モニタリングもあるから頭にある方が便利なんや。合理的やろ?」
「ウサミミである必要はどこにあるんですか?」
「あのサムライがウサミミ付けるとかウケると思わん?」
「やっぱりそういう意図があったんじゃないですか!?」
度重なる追及に白状するタコやん。あまり隠すつもりもなかったのだろう。あっさりゲロって肩をすくめた。
「アトリのチャンネルはダンジョン攻略一辺倒やからな。ウチがこうしてテコ入れしてあろうというありがたい試みや」
「その数字はタコやんさんのチャンネルにも流れるんですよね。アトリ大先輩を出しにしているだけじゃないですか!」
「宣伝するなら大きく派手には基本やで。ついでに言えばアンタのチャンネルにも数字が流れるんやし、ええことづくめやと思わんか?
数字は絶対なんやろ?」
「それは……そうですけど……!」
タコやんの言葉に何かを言いかけてやめる里亜。数字は絶対。かつて自分が言ったことだ。そしてその言葉は今でもそう思っている。配信者にとって数字は命。格付けと言ってもいい。しかし――
「この姿を配信されたら、アトリ大先輩のアンチが調子に乗るじゃないですか!」
心配するのはそこだ。アトリを貶めて辱めたい人間達からすれば、こんなコスプレ紛いの格好などいいネタだ。爆笑されるか、馬鹿にされるか、雑コラの材料になるか。とにかく余計なことはしない方がいい。
(私の立場からすれば、それは望むべき事なんですけど……!)
アトリの人気を落としたいTNGKの下で働いている里亜からすれば、アトリが自らネタを提供している状況は願ったりだ。
だけど、里亜個人はアトリを貶めたくない。悪い人ではないし、配信を見て感激すらした相手だ。できる事ならこのまま個人情報を調査するふりをして、一緒に居たいとさえ思っている。
「某は構わぬぞ。言いたい奴らには言わせておけばいい」
「アトリ大先輩!?」
「本人もこう言ってるんやし、ええんちゃう? ま、過剰なアンチはコイツの『叔母様』が動いているんでそっちに任せた方がええわ」
しかし当のアトリがそれを良しと頷いたので里亜はこれ以上の反対ができなかった。タコやんも頷き、考えすぎだと里亜を諫める。
(二人は、動いているのがアクセルコーポでもかなりの実力者のTNGK大先輩だと知らないからそんなことが言えるんです……。
身代わりを立てて追及から逃れ、同じことを何度も繰り返す。あの人はそういう人です)
そう言えれば楽になるのだろう。だけどそれは言えなかった。入院している妹の事を考えれば、TNGKを裏切ることはできない。
「……わかりました。アトリ大先輩がやるというのなら里亜もやります!」
「ええ返事やな。まあ元々アンタもつけてもらう予定やからな。アンタはこっちや」
決意する里亜にタコやんが差し出したのは、アトリが頭につけているのと同じカチューシャ型アンテナだ。その形状は、
「ネコミミじゃないですか!」
「作るの苦労したわ。軽量化と小型化は技術の粋やな」
「だからなんでこんなファンシーなんですか!?」
「手足は武器とか荷物もったりするから以下略。この形の方が数字映えするしな」
「雑っ! 認めますけど!」
「せやったらつけてもらおうか。天丼は一回で十分や」
不承不承カチューシャ型アンテナ――ネコミミアンテナをつける里亜。一瞬眩暈がしたかと思うと、視覚内に薄い青色の画面と光点が写った。脳内コメント同じように、データを五感に変換しているのだ。
「中心が自分の位置。周りにいるのがアンテナ付けてる奴の場所や。意識が途切れそうになったりすると脳波の乱れを感じて、光点が点滅するで」
「機能自体は滅茶苦茶便利なのがムカつきますねぇ……」
「流石タコやんだな。こういうのを作らせれば右に出る者はいない」
「まだまだ上には上がおるわ。こいつもウチだけで開発したわけやないしな」
アトリの称賛を受けて、ヘラっと笑うタコやん。そのまま浮遊カメラのスイッチを入れて、配信を開始しようとする。
「そう言えばタコやん先輩は何ミミなんですか?」
「ウチはないで。ガジェット内に同機能のアンテナ仕込んでるし」
里亜の質問に背中に背負った機械を指さして答えるタコやん。
「カチューシャ型じゃなくてもいけるんじゃないですか! ケモミミである必然性は――」
「せやなー。ほんなら配信開始やで」
里亜の怒りを華麗にスルーし、タコやんは配信を開始する。
「痒いところに足届く! アンタらのDーTAKOチャンネルが来たったで!
今日は前回の予告通りデュラハン退治! ゲストに可愛いケモミミ娘がおるから注目や!」
「こんに
今日の里亜はネコミミバステト風! エジプトのネコ女神バステトは病気と悪霊から皆を守る神様です! みんなも体調管理は怠らずに配信楽しんでください!」
配信が始まった瞬間に体をしならせ、ポーズを決める里亜。いつの間にかエジプトを思わせる青と黄色の縞々ケープを羽織っており、ネコミミと合わせてバステトを思わせるに十分な格好だ。
その媚び媚びっぷりは見事なものだ。さっきまでの怒りはどこへやら。アトリは流石だなぁ、と感心していた。
「ええと。花鶏チャンネルのアトリだ。ウサギ……月のウサギだな、うん。或いは因幡の白兎か。ともあれ宜しく」
そしてたどたどしく自己紹介をするアトリ。ウサギで思いつく神様が思いつかなかったのか、そんな自己紹介になる。
『一番乗り!』
『は? ウサミミサムライにエジプトネコミミ!?』
『なんだこれー!?』
『ウケタw』
『突 然 の コ ス プ レ 会!』
『イナバって言うかヴォーパルバニーじゃねえか!』
『俺は今、伝説の回を見ている!』
『なんだこれwwwww もっとやれwwwwwww』
コメントは驚きとケモミミガールの称賛に埋め尽くされた。おおむね好意的だが、アトリがいることがわかればアンチもわいてくる。
『人気低迷で媚びを売るサムライ!!!』
『ウケ狙いしてまで数字が欲しいとか頭大丈夫ですか?』
『いくら払って他人のチャンネルに顔出してるんですかねぇ!』
『サムライ! ついに体を売る!!』
(ほいほい、ブロックしてID報告。ブロックしてID報告っと。ウチのチャンネルでおイタは禁物やで)
だがそう言ったコメントを、タコやんは確認と同時にブロックして報告していた。脳内で思うだけでコメントは消えていく。悪辣なコメントはすぐに消え、アンチアトリの勢いはすぐに消え去った。
「そんじゃダンジョンに入って捜索や。デュラハンが出るエリアの場所はマーキングしてあるけど、そのエリアのどこにいるかはわからへん。何せ相手は馬に乗っとるからな。
見つかったら速攻で倒してお終いや。無敵のウサミミサムライがおるからな!」
「うむ。某に任されよ」
『一応デュラハンは上層の準ボスなんだけどな。ボスエリアにいない彷徨える系だけど』
『とはいえアトリ様が上層の魔物に後れを取るとは思えんな』
『だなぁ。安心して見ていられるわ』
『おお、マジでアトリ様が出てる! マジでウサミミ!』
『里亜ちゃん、生きてる! ネコミミしてる!』
『おおおおお、アトリ様!』
『里亜ちゃん生きてたぁ!』
時間と共に花鶏チャンネルの常連とぷら~なチャンネルの常連もコメントしてくる。時間とともに同接者は増え、コメントも増えてくる。
その裏ではタコやんがコメントをチェックしてブロック&報告を繰り返し、悪質なコメントを削除していた。
「うむ。心配かけたようだが某は元気だ。あとは……うさみみ? これがそんなに騒ぐほどなのか?」
「皆さん御免なさい! 里亜も元気です! はい、停止が解除したらチャンネル再開しますので、その時にあらためて感謝の言葉を送ります!」
ウサミミアンテナを触りながら首をかしげるアトリ。常連からの言葉に涙を流して感謝の声を上げる里亜。大きく減ったとはいえ、固定のファンはまだいる。その事が嬉しかった。応援の声で、頑張る気力がわいてくる。
「ほしたらいくで! デュラハン退治や!」
「如何なる相手であろうとも油断なく挑もうぞ」
「では皆さん、お付き合いくださいね!」
言って三人は転送門に入り、ダンジョン上層エリアに移動する。移動した先はヨーロッパの街並みを思わせる場所だ。ただし空は暗く、建物もボロボロ。ゴーストタウンと言ってもいい街並みである。
そしてアクセルコーポのビル内でその配信を見ているTNGKは小さく微笑んだ。
「情報提供感謝するよ、里亜君」
言って複雑な紋様が描かれた札を手にして、それをびりびりに破り捨てた。その瞬間、TNGKは腹部を押さえて蹲り、荒い呼吸を繰り返す。血色も悪くなり、まるで10年近く老いたような体調になる。
「ダンジョン内の『地』に干渉するのはやはり容易ではないな。かなりの寿命を削られまたようだ」
口から流れる血をハンカチで吹きながら、近くにあった椅子にどうにか座りこむ。大きく息を吐き、削られた寿命により発生した結果を確認するために配信画面を見た。
かつて、アクセルコーポ創始者を始めとした世界規模の大部隊はその災害を察知して妨害しようとした。5945種類の物理的妨害、3258種類の魔術的妨害、2189種類の概念的妨害をもって止めようとした。
TNGKの一族もその一つを担っていた。この一族が用いたのは大地に関する魔術。大地そのものに干渉する魔術だ。TNGKが配信で魅せる【地魔法】スキルは実はこの魔術である。
その精度も規模も魔物からコピーした物とは規模が違う。地形を変えて大地を災害レベルから民を守る盾としたり、その地にいるものを別の地に移動したり『地』に関するならとかなりのことができる。
その代償は使用者の生命と軽いものでははないが、寿命を削れば世界の崩壊を防ぐほどの魔術をも起こせる。かつて多くの人間を時空嵐から守った魔術。TNGKはそれを、アトリたちを貶めるために使用したのだ。
アトリたちを配信している画面はゴーストタウンから、地上の街並みに変わる。
大地とダンジョンの地を繋ぎ、配信を行う浮遊カメラと配信者達。そしてそのエリアにいた魔物を地上に移動させたのだ。大地を通した大転移。失われた大魔術。スキルではない人類の秘儀。
「ダンジョンで繁栄した世界に、鉄槌を――」
10年という生命を削られた痛みを感じながら、TNGKは歓喜の笑みを浮かべていた。
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