拾壱:サムライガールはまた駄弁る

「いやぁ、すまんすまん! まさか終わってたとは思わへんかったわ!」


 現れたタコやんは、戦いが終わっていることを知るや否やそう言って頭を掻いた。


「なんや近くで配信してると思ったら知り合いがおるし。襲うとかキノコロマンとか言いだすからこれは金の匂いになるとおもってはせ参じたら一瞬で終わったとか。


 なんでもうちょっと待たへんねん。ウチがいい感じで正義の味方して数字稼げるチャンスやったのに。無駄足やったわタコだけに」


 場所は高架下から少し歩いたところにある、ファーストフード店に移っている。タコやんが強引にアトリと里亜を誘い、店の二階まで移動したのだ。


「はあ」


 タコやんの謝罪と冗談に、里亜は露骨に不満な声を上げて返事をした。


「つまりタコやん先輩はツブヤイッターでアトリ大先輩とロマン大先輩の戦いを知って、お金儲けのためにやってきたんですね。すごーい。


 ちなみにどういうふうにお金を稼ぐつもりだったんですか?」


「そんなん決まってるやろ。配信して実況するんや。アクセルコーポのキノコ博士にしておフランスキャラと、天然無双なサムライとの勝負! これに割り込まへんとかないわ!」


「あー。そうですか。もうお金になりませんからとっとと帰ってください」


 里亜はジュースを飲みながら帰っていいよとタコやんに告げる。戦いを勝手に金にする態度もそうだが、TNGKからの任務を考えればタコやんの存在がプラスになるとは思えない。アトリの個人情報を得ないといけないのに、タコやんがいればそれも難しくなる。


(アトリ大先輩の個人情報を手にして、それを悪用されれば……)


 個人情報が晒された者。住居などの情報がネットで晒されれば、現実生活にも影響を及ぼす。事、アトリは今現在ネットで『攻撃してもいい相手』になっているんのだ。突撃する者が後を絶たないだろうし、最悪犯罪の引き金になる。


(……悪いのは悪用する人です。里亜は悪くありません。ええ、悪くないんです)


 自分にそう言い聞かせる里亜。心に蓋をして、ただ任務に集中する。妹の為に頑張らないと。


「まあまあ里亜殿、一息つく意味でもいいだろう。席についてゆっくりしようではないか」


「いいえ。前も言いましたが登録者数4桁の里亜にアトリ大先輩と同席する資格はありません。この距離でも恐れ多いというのに」


 テーブルに座ったアトリが怒る里亜をなだめるように言う。里亜は首を横に振り、かたくなに着席を拒んでいた。


「あれ? 前まで登録者数20000人いたんちゃうん? うちに追いつけ追い抜け先輩呼びしろとかイキってたのに」


「……つい20分前に10000人を割りました。配信停止処分がSNSで公開されて、一気に離れていきました」


「そら残念やな。ま、そういう事もあるわ」


 アクセルコーポがSNSで里亜の配信停止処分を公開してから、ぷら~なチャンネルの登録者数は一気に減った。理由は『コラボ配信見に来ていた人に不快な思いをさせたため』と言うことになっているが、アトリを貶めたいTNGKが影響していることは里亜も知っていた。


「そうですね。そういう事もあります」


 話をしめるように里亜は言う。そういう事もある。自分の努力ではどうしようもない悲劇。そんなことはいくらでもある。家族旅行で事故に遭い、自分と妹だけが生き残ることも。その妹も全身不随で動けなくなることも。その治療のために誰かを貶めなければならないことも。


「しかしタコやん。ツブヤイッターだったか? それを見てやってきたと言うが、それにしては早かったではないか。ロマン殿との戦いはそれほど時間がかかったわけではないぞ?」


「あのキノコ博士は事前に予告動画出してたからな。用意周到に準備しとったらしいで。襲撃場所はわからんかったけど、アンタの居場所さえ押さえてたらやってくるやろうからな。ちょいと追跡させてもろたわ」


「追跡……タコやん先輩、アトリ大先輩のストーカーなんですか?」


 眉をひそめて問う里亜に、タコやんは手を振って否定の言葉を返す。


「ちゃうわ。コイツの行動パターンはトレーニングして学校行ってこの辺りで買いもんしてダンジョン入って家帰って寝るのワンパターンルーチンやしな。


 休日やからダンジョンかこの辺りかの二択で、ダンジョン内の襲撃は魔物に襲われるリスク高いからこっちやって絞っただけや」


「行動パターン把握しているとか、それこそストーカーじゃないですか……」


「知らんがな。むしろ変化のないコイツの生活態度に文句言え」


 里亜の言葉に肩をすくめてアトリを指さすタコやん。とりとめのない会話から日常の動きが分かる程度に、アトリの生活はほぼ決まっている。休日も修行か買い物かダンジョン。同世代として信じられないと態度で語っていた。


「むしろロマンのキノコマニアがなんで襲撃できたかが不思議やわ。配信見るに、完全包囲しての配信やで。こんだけの人数をいっせーので、で動かすとかよっぽどやわ。


 事前に知っていたか居場所教えた人がいるとしか思えへんで」


 居場所を教えた人。その言葉に里亜は心に蓋をする。アトリと合流し、その居場所を伝えたのは里亜だ。正確に言えばTNGKを通してロマンに伝わったのだ。里亜自身はロマンに伝えていないが、内通しているも同然だ。


 動揺するな。態度に出すな。一瞬だけ見せた体の震え。ちょっと冷えたのだという言い訳を用意する。不自然にならない程度に言葉を選び、それを口にする。


「行動パターンを知っているタコやん先輩がリークしたんじゃないですか? お金になるとかで」


「やるかい、アホ。10万EM詰まれてもやらんわ。100万なら考えるけど」


「考えるんですか。さすがタコやん先輩ですね」


 よし、うまく誤魔化せた。里亜は心の中でため息をつく。これでこの話題は終わりだ。適度に話を変えよう。何がいいだろう。ああ、ロマン大先輩の話がいい。道化になったあの人を燃料にすれば、興味は消えるだろう。


「ああ、せや。話は変わるんやけど――」


 里亜が話題を切り替える前にタコやんの話の切り替えが重なる。会話の主導権が奪われたが、話題がそれるならそれでいい。話を促すようにタコやんに視線を向けた。


「呪いで配信はできへんけど、ダンジョンには潜れるんやろ? ちょいとウチの護衛とモニタリングしてくれへん?」


「護衛とモニタリング?」


「せや。護衛言うても上層やから大したことはあらへん。ついでに新ガジェットのモニターになってほしいんや」


 タコやんの説明に眉を顰めるアトリ。大雑把な説明と言うこともあるが、理解できないのはそこではない。


「理解できんな。タコやんの実力なら上層部分で手間取りはしないだろう。用意周到に準備するタコやんが油断するはずもない。


 私の護衛が必要とは思えないのだが」


 タコやんは決して弱くはない。ガジェットを用いた多方面の行動が可能な上に頭も切れる。入念に調査を重ね、それで得た情報を元に行動する。刀の強さ一辺倒のアトリとは別方向での安定した実力を持っている。


「場所自体はうち一人でもどうにかはなるけど、問題なんは倒すモンスターやねん。


 ただ倒すだけやったら簡単やけど、必要な部分を奇麗に切り落とさんとあかんからな」


 ハンバーガーを食べながらタコやんは言う。指を自分の頭に当て、口の中のモノを飲み込んでから答えた。


「欲しいのはそいつの頭部……って言うか脳部分やな」


「脳?」


「デュラハンってやつ知ってるか?」


「名前と姿なら」


 タコやんの言葉に頷くアトリ。


 デュラハン。首無し騎士のモンスターだ。鎧を着た馬に乗った騎士で頭部が体と切り離されている。死を告げる存在ともいわれ、ダンジョン内を徘徊して多くの生物に死を与えていた。アトリもそれぐらいは知っているし、戦ったこともある。


「原典はアイルランドの首無し騎士ガン・ケンですね。首がないのが馬だったり御者だったりしますが、死を告げる悪霊と言うのは共通しています」


「おお、里亜殿は博識だなあ」


「どうせ本体かトークンかが見えへんところで検索サイト使って調べたんやろ」


「想像にお任せします。そのデュラハンの脳が欲しいんですか?」


 タコやんの指摘をすまして流し、話を促す里亜。実際、遠く離れた場所で里亜の本体はスマホでデュラハンを検索していた。


「せやな。頭部から離れて肉体に命令する方法を探してるんや。ウチのガジェットも脳波を受けて動いとるけど、あくまで脳波と機械や。


 脳波から自分の肉体を動かすことができれば、いろんなことに生かせるで。脳の覚醒と共に肉体を起こしたり、麻痺した体を動かしたりな」


「え?」


 それまで興味がないとばかりに薄い態度を取っていた里亜は、タコやんの言葉に反応した。


「ふむ、私にデュラハンの脳を切り取れということか?」


「せや。ウチやと脳だけを残して倒す、っていうのはちょい難しくてな。その辺を注意している間に『死の宣告』を食らったらお終いや。


 アンタの刀でスパっと切り裂いてサクッと終わらせる方が楽ってもんや。保存とかはこっちでやるからあんじょう頼むわ」


 アトリの剣技はタコやんも見て知っている。デュラハンの実力と厄介なスキル攻撃を踏まえても、先ず負けることはないだろう。


「あい解った。了解――」


「あの! 里亜も同行させてください!」


 アトリの言葉を遮るように、勢いよく里亜が手を上げて申し出る。申し出た後で、ハッとなる里亜。自分を見るアトリとタコやんの視線に、思わず手を引っ込めそうになって……引っ込めずに唇をかむ。


「え? 何やいきなり」


「あ、ええと……アトリ大先輩の戦い方と言うか剣技を間近で見たいというか……その、いいでしょうか?」


 とっさの言い訳。アトリの戦いを見たいというのはウソではないが、今手を挙げた理由は別にある。


 脳波からの肉体への命令。麻痺した体を動かす技術。それを使えば、不随状態の妹を救えるかもしれない。そう思うと、いてもたってもいられなかった。


「同行は構わぬが、刀技に関してはあまり大したものは見せれないと思うぞ」


「それ謙遜やろうけど嫌味やで、自分。


 ウチもかまへんけど、足手まといになるような真似はやめてな」


「当然です!」


 挑発めいたタコやんの言葉に、大きくうなずく里亜。役立てそうなことはないが、それでも妹を救える可能性を座して見ることはできなかった。それができるほど、里亜は冷徹ではなかった。


「護衛の件は了解したが、モニタリング? そっちはどういうモノなのだ?」


「ああ、こっちはついでや。ダンジョン内での位置情報確認のアンテナを試作したんで、それをつけてほしい言うだけや。


 感度と耐久性を上げたんで、上手く行けばダンジョン内の行方不明捜索が楽になるヤツや。邪魔になるならやめてもええで」


「成程。そういう事なら協力しよう」


 モニタリングの話も二つ返事で了承するアトリ。話を聞くに悪い話ではなく、またタコやんが人を騙す人間ではない事は知っている。


「せっかくついてくるんやから、そっちの分も用意するわ。サンプルは多いに越したことはないしな」


「どうぞ。その程度ならいくらでもお手伝いします」


「よっしゃよっしゃ。明日にでもダンジョン行くから、準備しといてな」


 里亜の返事に満足げに頷くタコやん。


 ――この時タコやんがにやりと微笑んでいたことに、アトリも里亜も気づかなかった。

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