拾:サムライガールは謝罪を求める

「は、配信停止!」


「ひぃ! ロマンさん達でも勝てないとかありえないだろうが!」


 キノコノコノコの非戦闘チームは、ロマン達が一蹴された事実を数秒ほど理解できずにいた。だが目の前の現実を受け入れるや否や、配信を停止する。リーダーであるロマンの醜態をさらすわけにはいかない。


「配信はもう止まったか。某の悪評を消す良い機会だったのだが……まあ仕方あるまい」


 ふう、とため息をつくアトリ。疲労で言えば大したものではない。むしろ準備運動にすらなっていない。ため息の理由は変な相手に絡まれたなぁ、程度のものだ。


「バ、バカな……! ジャのキノコロマンが、こうもあっさりやられるとは……!」


 ギリギリのところで気絶しなかったロマンが、伏した状態で悔しそうな声を上げる。体を震わせて立ち上がろうとするが、首を動かすのが精いっぱいだ。


「勝負は水物、と言いたいがあの程度では下層の魔物にも届かぬよ。連携の練度を上げるか、地力を高めるかしたほうがいい。


 純粋な戦闘技術で言えば、スピノ殿の方が強かったぞ」


 ロマン達の強さはダンジョン下層の魔物と比べれば、雲泥の差だ。キノコによるパワーアップをして集団で襲い掛かり、一匹を不意打ちできればいい勝負と言ったところか。


 とはいえ、殺さないように加減したとはいえアトリの攻撃をまともに受けて意識がまだあるロマンも大したものではある。キノコを食べて健康になる。その言葉自体はウソではないようだ。或いはキノコがヤバいのか。


「地力……やはり養殖方法に難が……! ダンジョン由来の樹木でなければダンジョンのキノコは満足な力を発揮できぬという事デスね」


「いやそういう事ではなく」


 勘違いをするロマンに、訂正を入れるアトリ。キノコは『木の子』。相性のいい木と共生することで、成長も味も変わると言われている。相性のいい木で養殖したキノコを用いれば……それでもアトリには勝てなかっただろうが。


「さて、ロマン殿。某を襲撃したのは企業に反するものに罰則を、ということだが……。某にその意図はないのだ」


「え……? あ、はい。そうデスね」


 アトリの言葉に、ロマンは一瞬戸惑い、そして思い出す。そういう大義名分でアトリに襲い掛かったのだ。同じ理由で襲い掛かっていいように弄ばれたスピノがかなりバズったので、本当に倒してしまえば超万バズするだろう。


 二匹目のドジョウを取りに行ったら、そのドジョウに返り討ちにあった。最悪の結果である。現在進行形でSNSではロマンやキノコノコノコの負けっぷりが知れ渡り、ネタにされていた。


「その辺りをアクセルコーポの配信者に伝えてくれぬか。某にその意図はなく、襲い掛かる意味はないと。スピナ殿の呪いに服しているのがその証左だ」


「あ、はい。そうですね。もう誰も襲撃しないと思います」


 アトリの言葉に頷くロマン。誰がこんなバケモノを襲おうと思うか。ロマンがアトリに挑んだのは、下調べが足りなかったに過ぎない。少し調べれば、これは手を出す相手ではないという事はすぐにわかる。


 スピナのように騙されるか、ロマンのようにろくに調べないか。アトリを襲うのは、その二種類だろう。


(……正確に言えば、TNGK大先輩がもう無駄だと理解したから襲撃はあり得ません)


 無言で里亜はこぶしを握る。スピナもロマンも、TNGKが情報操作をした相手だ。スピナには正義の為と煽り、ロマンはおそらくアトリの強さを正しく伝えなかった。


 TNGKからすれば、勝敗自体はどうでもいいのだろう。運良く勝てればそれを喧伝してアトリの地位を堕とし、想像通り負けてもそのセリフを切り取って印象操作をする。


(ロマン大先輩を嘲るようなセリフがあれば、それを切り取るつもりだったんでしょうね。


 ロマンさん、キノコ大好きな変人ですから……)


『キノコとかバカじゃないのか?』『ロマンとかわけがわからない』『そのキノコ、変な成分あるんじゃないか?』……あたりのロマンとキノコに関するあざけりのセリフがあればそれを切り取り加工して、真面目な人や偉い人をを嘲る動画を作る。


 みみっちい嫌がらせだが、これを大規模で行われれば悪評も重なる。そしてアトリを叩いていいという空気ができれば、その数は増えていくのだ。


(アトリ大先輩を直接叩かず、こういった手段で追い詰めていく。卑劣で矮小ですが、効果は確かにあります。


 少なくとも、アトリ大先輩はその『毒』の効果に全く気付いていないのですから)


 実際、アトリのアンチ動画や意見はかなりの数になっている。


 先に作られたアトリがあっさりやられる動画の派生版はかなりの数になり、SNSでも病的なぐらいの書き込みが増えている。


『サムライとか言う時代錯誤なコスプレをすることで目を引き、魔物のダメージを隠しているのがアトリ動画の正体だ! 弱らせた下層魔物を出して、さも自分がとどめを刺したかのように見せかけている!』


『気づいている人は気づいているけど、アトリはエクシオンの配信技術が生み出したVR動画! 下層と言う情報が少ないエリアを演出し、ダンジョンと言うありえない存在を演出した企業の陰謀!』


『冷静になればわかることだけど、スキルがない人間があそこまでる強いはずがない。つまりアトリはスキルを使っているわけで、みんな騙されている。人を騙す配信者を見て喜ぶ輩は見る目がないだけ』


『剣道有段者の俺からすれば、あんな動きが人間にできるはずがない! つまりあれは剣術に見せかけた別の攻撃! つまりアトリはサムライを名乗っているだけのクズ。和の心をコケにしている非国民!』


『アトリのシンパは真実を隠すために数の暴力に訴える。正しい事を多数決で排除し、アトリ様を崇めて悦に浸る。これではまるで宗教だ。そしてその頂上にいるのは、まぎれもなく人斬りなのだ。この国の未来を憂う』


『花鶏チャンネルを見る者は、あの(侮蔑的ま女性名詞)に(放送禁止用語)された(侮蔑的な男性名詞)共!!!! 若い(女性に飲みある身体部位)で数字を稼ぐ(侮蔑的発言)で(差別的発言)!!!!!!!』


 『アトリ アンチ』で検索すれば、ものすごい数の項目がヒットする。検索エンジンも、そう言った意見の多さからそれらがトップに来るぐらいだ。


 TNGKが意図してアトリの悪評を流しているのは事実だ。アクセルコーポの人数を動員し、里亜のように取引で行動を強いることもある。その人数は多く、100人は下らないだろう。


 だが、アトリの悪評を書きこんでいる人数は確実にそれ以上いる。1万人単位での書き込み。日に日に増えていくアンチの勢い。里亜は関係しているからこそ、その勢いがよくわかった。


 人間は傲慢だ。人気のあるアトリを貶めることで、自分が高潔なのだと思ってしまう。あんな凄い奴にこんなことを言える俺はすごい奴なんだ!


 人間は強欲だ。多くの人気を持つアトリからその数字を奪いたい。あの栄光が欲しい。あの人気が欲しい。アイツを堕とせば、もらえるに違いない!


 人間は嫉妬する。自分以外に惹かれる者がいるのが許さない。人気のあるアトリを好むものを許さない。アイツがいなくなれば、それは私のモノだ!


 人間は憤怒する。ストレスを抱えたモノはストレスを解消するために手近なものを破壊する。それが高価で凄い物ならなおその怒りは収まる!


 人間は色欲に負ける。若い女性。それを貶めたい。汚したい。自分の欲望のままに染め上げたい。好き放題に乱暴に扱ってしまいたい!


 人間は暴食を好みで怠惰に生きるが……これは本件には関係ない。


 ともあれ、TNGKの関与していないアンチアトリの活動はそう言った人間の欲望ともいえる者が原動力だ。若くして多大なる人気を博したアトリ。世界が崩壊したかもしれない事象を解決し、下層を探索して多くの戦利品を持ちかえる。強く、そして美しいサムライガール。


 それに対して人間が抱く感情は、けして賞賛や感謝と言う正の感情ばかりではない。妬み嫌悪する負の感情も存在する。その人気が高ければ高いほど、その数と質は増え続ける。


「まさかここまで加速するとはな。人の業とは恐ろしいものだ」


 あまりの勢いに仕掛けたTNGKが苦笑するほどである。それほどまでにアトリの人気が高く、そして成功者を妬む感情が高いという事なのだが。これが人間の本性かと思うと、里亜は吐き気すらしてくる。


 その活動が功を奏しているのか、花鶏チャンネルの登録者数は少しずつ減少している。120万人を超えた登録者数は、100万人にまで下がったのだ。配信をしていないということもあるが、数日でこの減少ペースは異常である。


「で、ではジャは皆に伝えるという事で失礼を……お前たち、ハイパー赤キノコと担架を持ってくるデース」


 里亜が意識を現実に戻せば、ロマンがそんなことを言っていた。『アクセルコーポの配信者にアトリを襲うなと伝える』名目で去ろうとしていた。キノコノコノコのメンバーはロマンの言葉に従い、キノコと担架を持ってくる。


「いや待て。某の要件はまだ残っている」


 しかしそれに制止をかけるアトリ。短く告げた言葉だが、その場にいた者は動きを止めた。鋭い眼光。声に含まれた怒気。有無を言わさぬ無形の圧力。それがキノコノコノコ達を本能的に止めたのだ。


「は……? あの、EMおかねならいくらでも支払いますよ! あ、もしかしてキノコの方がいい!? いやそれはジャとしては……しかし命とキノコなら……悩む選択デース!」


「……その二択で悩むんですか……?」


 命乞いをするロマンに、里亜は呆れたように肩をすくめる。キノコに命を懸けると配信ではよく言っているが、まさかこの状況においても言えるとは。これが100万人登録者の大先輩なのか。尊敬はできないが。


「いや、物的なモノが欲しいわけではないので。暴行の罪科を問おうにも、貴殿が襲った理由が某にもあるわけなのでそこは不問にする。


 要件は一つ。里亜殿への謝罪だ。里亜殿の努力を否定し、あまつさえ死ねばいいなどと言う暴言。それを取り消し、謝罪してほしい」


 手を振って、ロマンに要求するアトリ。口調と声色こそ静かなものだが、刀の柄に手を置いて強い圧力をかけている。断れば斬る。目に見えない鋭い刃を突きつけられたロマンは、身動き一つとれない状態でガクガクと歯を震わせていた。


「ああああああああ……は、はい。そ、そ、その件に関しては、『ぷら~な』チャンネルの里亜……里亜様に……深く謝罪いたします……」


 一字一句、言葉を選びながら、たっぷり一分かけてロマンは里亜に謝罪した。一つ言葉を間違えれば、死ぬ。その恐怖に晒されながらの謝罪だ。言い終わった後は、戦闘とは別の理由で気を失った。


「あの……アトリ大先輩……」


「あ、すまぬ。里亜殿の意見を全く聞いてなかったな。ロマン殿の暴言に耐えきれず勝手に提言したが、そもそも暴言を吐かれた里亜殿も言いたいことがあっただろうに」


 アトリの言葉に、里亜は呆けたように頷いて返す。


「……いいえ、いいんです……」


 ロマンの暴言を謝罪させるアトリ。里亜への嘲りを許せなかったのは、誰の目にも明らかだ。


「あの……今現在進行形で世界中から罵られているのに、なんでアトリ大先輩はそれを気にせず里亜への言葉を怒るんですか……?」


 口に出たのは、そんな疑問。


 悪口に対して怒るのなら、今自分に向いた矛先に対して怒るべきではないのか? いわれなき罵詈雑言や暴言を数多く受けているのに、なぜそれに対しては怒らないのか。


「むぅ……。まあ某が未熟と言われるのは致し方ないからなぁ。未熟なのは自分でもわかっているし。


 しかし努力している者が罵られるのは良くない。努力には相応の結果がなければならないとおもうからな」


 里亜の努力。アトリはそれを評価していた。


 トークンによる配信。やられながらも諦めずに進むその姿。痛みを受けながらそれを乗り越えて……かどうかはともかく……頑張る姿。それは報われるべきだと言った。


 その一言に里亜は泣きそうになり、同時に罪悪感を覚えた。ここまで自分を評価してくれる人を貶めようとしているのだ。


(私はアトリ大先輩にそんなこと言われる資格なんてありません)


 口に出そうとした言葉は、喉元で止まった。


 自分がその悪口を扇動する立場にいるのだ。望まぬ仕事とはいえ、アトリを裏切っている自分がそれを言う資格がない。


 不意に落ちた沈黙。この沈黙が後2秒続けば、里亜は耐えきれずに涙を流していただろう。大泣きして、何もかもを暴露していただろう。


 だがその前に――


「天下の往来で、何しとんのやアンタら!」


 そんなコテコテの関西弁とともに、八本の機械アームで人込みを乗り越えた少女がその場に現れた。

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