▼▽▼ 正義を為す者達 ▼▽▼

「やはりロマン君では勝てなかったか」


 アクセルコーポ日本支部が企業に所属する配信者達が寝泊まりする寮の一室でそんな声が響いた。寮、とは言っているが高級ホテルををビルごと買い占めたもので、内装も豪華なものだ。


 その部屋主である男性はディスプレイに写る配信を見ながらため息をついた。白髪が目立ち始めた初老の男性。彼はロマン達が倒れ伏したのを確認し、もう興味はないとばかりに画面から目をそらした。


「分かっていて、止めなかったんですか?」


 その言葉に答えたのは、女性の声。高級な椅子に座り、睨むように男を見ている。不服そうな感情を隠そうともせず、むしろ止めなかったことを責める棘さえある。


「止めたぞ。だがそれでもやると聞かなくてな。『倒せばバズれるんだから止めるな!』『あんな子供にキノコロマンが負けるはずがない!』『コスプレ世直し系に負ける程度の実力だしな!』とか言って聞かなかったよ」


「アトリの実力を伝えてなかったんですか?」


「強いということは伝えたぞ。いくつかの戦闘データも含めてな。


 しかしそれをフェイクと判断して暴走する分にはどうしようもなかろう。いや残念だ。彼もキノコ研究者としては名を馳せる配信者なのに、このようなことでその名声を汚すことになろうとは」


 やれやれ、と肩をすくめる男性。女性は眉を顰めるが、それ以上の追及はしなかった。止めたことは事実だろうし、それを聞かなかったのも事実なのだろう。もっと強く止めてくれればこんなことにはならなかったのだが、もう今更だと割り切った。


「やはりそこらの配信者ではあのサムライには勝てないという事だな。直接叩くのはリスクが高い。


 戦闘力を計るためとはいえ、スピノ君を煽ってぶつけたのは失策だったな」


「はい。圧倒的な実力を見せつけながらのが最悪でした」


 アトリとスピノの戦い。アクセルコーポの為に戦うスピノのを、軽くいなしてしかも大人の対応をしたのだ。形の上ではスピノの勝利だが、アトリがわざと罰を受けたのは明白だ。


『正義の魔法少女』と言うキャラクターで人気を博していたスピノのチャンネルは、その配信をきっかけに大きく数字を伸ばした。


 件のアトリとの戦いは他のアーカイブに比べて2桁ほど閲覧数が多く、切り抜き動画も数多くネットに出回っている。アトリには遠く及ばないが、高い精度のスキルを駆使した戦闘動画と言う事で、再評価されているのだ。


 同時にスピノの暴走を諫める声もあったが、この意見に関してスピノは沈黙を保っている。正確に言えば、男がこの件には発言をするなとスピノに命じていた。下手なことを言うと炎上する。今は雌伏の時だというのが理由だ。


「あの対応を見てサムライの評価が大きく上がったからな。年下の女子を死に追いやった非道な狂戦士という流れを作りたかったのだが。


 唯一の利益は、軽度ではあるが配信停止の呪いをかけたことか」


『アクセルコーポの配信者をわざと炎上させた極悪人』……男はスピノにそう言って煽らせたのだ。正確に言えば、部下を通してそういう情報をスピノに送ったのだ。


【制限呪力】が与える呪いは、呪いの質と条件次第で消耗が上下する。軽いのと意図難しい条件であれば消耗は軽くなる。逆に言えば、重い呪いを簡単な条件で仕掛けることもできる。


 つまり『視界に写った者』の『呼吸を止める』『期間は30分』『破棄したら気を失う』……と言う呪いを、自分の命と引き換えにかけることもできるのだ。


「スピノ君には最悪そんな呪いをかけろと言っておいたのだがな。彼女の性格なら自己犠牲もいとわなかっただろうに。惜しい事だ」


「もしそうなったら、死ねと命令した人に世間から追及が来たでしょうね」


「かもな。だがそれぐらいなら問題ない。身代わりはいくらでもいる。


 、里亜君」


 男に名を呼ばれた女――里亜は表情をゆがめた。言い返すことはできない。身代わりトークンを現在進行形でアトリの元に向かわせ、アトリの誘導と情報収集を行っているのだから。


「たいした演技だよ。突撃ファンを装って懐に入り、コラボして炎上の流れを作る。おかげであのサムライを貶める動画素材を沢山入手できた」


 里亜は、スパイだ。


をアクセルコーポ内に置き、生み出したトークンをアトリにまとわりつかせている。【感覚共有】でリアルタイムでトークンと情報交換をして、アトリの情報を男に伝えているのだ。


「あのサムライを真正面から攻略する必要はない。情報戦と言う絡め手では下層モンスターを斬る刀も役には立つまい。悪辣な動画やつまらぬ陰謀論で世間の興味を削いでしまえば、いずれはあの人気も消えるだろうよ」


 里亜にアトリの事を探れと命令した男の目的は、アトリの失墜だ。下劣で低質な嫌がらせ。しかしそれも数が重なれば高い効果を生む。繰り返される情報は人の心を染め上げる。雪だるまが転がり大きくなるように、アトリの悪評は大きくなっていく。


 武器を持って戦う必要はない。配信者として殺すなら、その人気を削げばいい。信頼を失い誰も配信を見なくなれば、社会的に殺したも同然だ。


「そのまま友人のフリをして、信頼を得てくれ。有益な情報があればすぐに連絡だ。プライベート情報などは最優先。住所が解ればボーナスをくれてもいいぞ」


「了解しました。TNGKタニグク大先輩」


 表情を殺して、里亜は男――TNGKタニグクの言葉に頷く。


 TNGK。アクセルコーポ配信者の一人だ。その配信内容は【地魔法】などを駆使した農業系やキャンプ系。見た目は初老に届きそうだが、実年齢はまだ30代だという。


 豊富な知識と堅実な内容の配信を行い、チャンネル登録数350万人と超大手のチャンネルである。しかし、ダンジョン配信は皆無だ。


「ダンジョンはこの世界に在ってはならないものだ」


 かつて、時空嵐と呼ばれる災害が起きるまではダンジョンなどというものはなかった。


「ダンジョンがこの世界を壊した」


 ダンジョンの登場とともに、世界が破壊された。


「ダンジョンはなくさなければならない」


 ダンジョンを嫌悪する。かつての世界を取り戻す為に、ダンジョンを消さなくてはいけない。


「ダンジョンで世界が発展することなどあってはならない」


 魔石によるスキル。ダンジョンアイテムによる産業の発展。それらは間違っている。地球にはあってはならない存在だ。


「ダンジョンに潜る者は、異端者だ。異分子を地球に運び、異文化で地球を毒す存在だ」


 ダンジョンは並行世界や異世界と繋がっている。その物質や文明は、地球に在ってはならないモノだ。


「アトリ……あのサムライは地球を毒している」


 熱のこもった声でTNGKが言う。アクセルコーポの一部で受け継がれる反ダンジョン思想。TNGKが生まれた時にはすでに世界は時空嵐により引き裂かれていたが、裂かれていない地球の話を祖父から聞かされている。


 その祖父はすでに故人だが、この世界を守らなくてはいけないという思想は確かに受け継いでいる。それを為すためにアクセルコーポ内で地位を高め、ダンジョン配信を行う者を諫めてきた。


「これは正義の戦いだ。アクセルコーポの仲間なら諫めるだけで済むが、他企業の配信者や企業無所属の探索者がそれを行うのなら止めなくてはならない」


 TNGKはダンジョン配信を行う者に対する邪魔を行っている。アクセルコーポとしても他企業の妨害と情報収集を行うという意味では利点のため、黙認していた。彼はそれを企業も認めていると判断した。失敗すれば企業から切り捨てられることも含めて。


「完全ノーマークだったあのサムライが、ここまでダンジョンの毒を広めることになろうとはな」


 アトリがダンジョン下層から持ち帰ったモノ。魔石やアイテム、そして戦闘情報。それらはダンジョン熱を加速させ、地球の文化に浸透していく。このまま放置すれば、毒はさらに広がるだろう。


「そうなる前に、止めるのだ。世界がダンジョンに完全に毒されてしまう前に」


 それがTNGKがアトリを攻撃する理由。それが彼の正義。


「了解です。TNGK大先輩」


 生返事。もはや儀礼めいた同意。そこには里亜の気持ちが一切籠っていなかった。了解と言いながら、その理由に理解などしていない。むしろ反意すら感じる声だ。


「分かっているとも。そんな古臭い思想を押し付けるな、と言う声は。アクセルコーポの人間すべてが私のような思想をしていないことなどわかっている」


 TNGKはその態度を理解しながら、里亜に笑いかける。自分の正義がアクセルコーポの共通認識ではないことなど承知している。今時こんなことを考えるのは、アクセルコーポの創始者の遺志を継ぐ上層部ぐらいだ。


「里亜君が私に従っているのは、家族の為だということぐらいはわかっているさ。私に従う限り、妹の入院費は肩代わりするよ。


 里亜君の配信ではとてもとても賄えそうにない額だ。納得できない正義だろうが、従ってもらうよ」


「……はい」


 頷く里亜。逆らうことなどできやしない。今TNGKからの支援を打ち切られたら、交通事故で全身不随になった妹は病院からの保護を受けられない。国家が崩壊したも同然の状態では国の保険制度などなく、治療費は里亜には支払えないほどだ。


 TNGKはそこに付け入った。妹の医療費を負担する代わりに、里亜に様々な汚れ仕事を強要した。トークンを使ったアリバイ工作。いざとなればすぐ消せるトークンによる尾行と潜入捜査。そして今回のようなスパイ活動。


「これも正義の為だ」


 正義の為なら、人の弱みを握ることなどいとわない。


「これも正しい未来の為だ」


 正しい未来でない発展など、あってはならない。


「間違いは、正さなければならない」


 間違いが横行すれば、世界は毒される。


「正しい事を為さねばならない」


 そして正義は執行される――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る