玖:サムライガールはキノコロマンと戦う

「キノコを食べて健康第一! キノコノコノコの配信時間デェェス!


 予告通り今回の配信はかのユヌゲリエ~ル女武士をキノコまみれにしてみせマァス! キィノォコォ! ロマァァァァン!」


 カメラに向かい、そう叫ぶキノコノコノコのリーダーらしき男。身長は190センチと高く、がっしりした体格だ。その周りにはキノコを手にした男性達がリーダーを守るように展開している。


「えーと……配信中のようだな。邪魔になりそうなので去らせてもらおう」


「待て待て待てェ! ユヌゲリエ~ル女武士に逃げられたら配信になりまセェン! バリケード班、急いで急いで!」


 軽く手を上げて去ろうとするアトリに対し、リーダーであるロマンは制止をかけた後にスタッフに命令する。通行人の整理をしていたスタッフの数名がロープを使ってアトリたちを囲んでいく。


「え、ロマン大先輩? え。えええ?」


 相手の姿を見て驚く里亜。いきなりのことで驚いたが、その声と特徴的なフレーズは忘れようがない。あとキノコ。キノコと言えばこの人と有名である。


「知っているのか、里亜殿」


「アクセルコーポ所属の配信者ですよ。チャンネル登録数100万人の大先輩で、キノコを中心としたさまざまなコンテンツを展開しています。


 里亜など遠く及ばぬ雲の上の存在なので、生で見るのは初めてですけど……」


「きのこ。……お料理系配信かの?」


 おそらくキノコがキーワードなのだろうが、アトリにはまるでピンとこない。キノコとこの騒動がどう関係するのか、全然結びつかないのだ。


「もちろん料理配信もしマァス! ビタミンBにカリウムをふんだんに含んだキノコは立派な栄養食! 食物繊維もたっぷりで、糖質や脂質の吸収を抑える効果や整腸作用がありマース!


 キノコを食べて、健康になろう! キノコロマァァン!」


「「「キノコ、ロマァァァァン!」」」


 ロマンの言葉に合わせるように、スタッフ達が叫ぶ。


『キノコ、ロマァァァァン!』

『キノコ、ロマァァァァン!』

『キノコ、ロマァァァァン!』

『キノコ、ロマァァァァン!』

『キノコ、ロマァァァァン!』

『キノコ、ロマァァァァン!』

『キノコ、ロマァァァァン!』

『キノコ、ロマァァァァン!』

『キノコ、ロマァァァァン!』


 里亜が持つタブレット画面はそのコメント弾幕で埋め尽くされていた。ロマンとそのチャンネルを説明しようとキノコノコノコのチャンネルを開いたのだ。絶賛生放送中である。


「うむうむ。よく食べ良く鍛錬する。まさに健康の秘訣だ。素晴らしい事ではないか」


「そんな悠長なこと言ってる場合じゃありませんよ! ロマン大先輩はアトリ大先輩を倒そうとしているんですよ!」


 そしてその生配信のタイトルは、


「『キノコロマンでアトリに挑む!』……ふむ、キノコロマンと言うのはわからぬが、某と戦いたいという解釈で問題ないか?」


 刀の柄に手を置いて問うアトリ。返答次第では抜くと言外に告げていた。


「その通りデース! 万能たるキノコをもってアクセルコーポに反逆の意を示すユヌゲリエ~ル女武士をキノコで屈服させる!


 これは正義の執行なのデース!」


「成程。スピノ殿と同じ理由か。では大人しく処遇を受けると――」


「待ってください!」


 力を抜くアトリに里亜が制止の声を上げる。


「ロマン大先輩、やめてください! 里亜はそんなことは望んでません!」


「ん? 誰だね君は?」


「『ぷら~な』チャンネルの里亜です! アトリ大先輩が疑われる原因になったコラボ元です!


 里亜は大人しく罰を受けますし、アトリ大先輩も企業に歯向かう気はありません!   スピノ先輩の呪いが企業としてのいい落としどころです!」


 そもそもアトリがアクセルコーポに反逆する、という誤解は同じアクセルコーポの里亜とのコラボ中の事件が原因だ。


 そこで一番被害を被った里亜が問題ないと言っているのだ。ならば第三者が怒る理由はない。同じ企業の同僚とはいえ、当人が納得して反抗も虚偽だと分かれば矛を収めるはずだ。


「分かってないねぇ、ユニアミィおともだち~」


 言ってロマンはにやりと笑った。手で合図をして配信を停止する。チャンネル内はキノコに関する豆知識のテロップとその説明が流れている。


「ユニアミィ~が望む望まないはもうどうでもいいのだヨ。


 あの魔法少女だったか? あれの勝利が半端だったにもかかわらず、かなりの数字が叩き出せた。なら完全勝利すれば、それ以上の数字が叩き出せるという事デース!」


「……え?」


「そもそもユニアミィ~のことなどどうでもいいのデース。誰も気にしてはいないさ。やられ過ぎて叫ぶしか能のない『すぐ死ぬ』系の分際で、ジャのキノコロマンを妨害するなど身の程知らずと知るがいいデース!」


「そんな……」


 ロマンの言葉に里亜は言葉を失う。自分のことなどどうでもいい。今大事なのは、アトリを倒して人気を得ること。戦う理由は何でもいいのだ。アクセルコーポの為と言うのも、建前でしかない。


「登録者数も……今は20000人程度? ああ、今は10000ほどデシタカ? 件の炎上事件の後で大きく減ったのか。『すぐ死ぬ系が死んだ!』とかいい話題でしたネェ!


 いっそチャンネルを消すか自殺動画でも出せば、最後に一花咲かせられるんじゃないのか? 『すぐ死ぬ系が本当に死んだ!』……何なら毒キノコでプロデュースしてもいいですヨォ

「っ……! そう、ですね」


 ロマンの嘲りに里亜は息をのんで同意する。反論しない。反論できない。この世界において数字は正義だ。その方がウケるのなら、そうすべきだ。里亜はそうして『すぐ死ぬ』を選んだ。だから、そうすべきなのだ。


「いやいや。それはおかしかろう」


 そんなやり取りに呆れたようにアトリは割って入る。


「里亜殿は努力している。確かに登録者数? 数字は減っているやもしれぬが、すぐに取り返せる。停止解除されて配信を再開すればいずれは――」


「駄目、です……」


 それを否定したのは、ほかならぬ里亜本人だった。


「減った数字は簡単に戻りません。あの数字にするだけでも、かなり時間がかかったんです。取り戻すには、倍以上の時間が必要になります……」


「いやそれは――」


「私はやられるだけしかできないんです。アトリ大先輩みたいな、強さを持っていない没個性のザコなんです。


 だから、ロマン大先輩の言っていることは間違っていないんです」


 配信ペースを落として数字が激減した配信者は数知れない。そこから返り咲くにはかなりの努力と時間が必要だ。去って行った登録者が戻ってくるとしても、せいぜい6割。ましてや足を引っ張るようなうわさも流れている。


「たかが数字だろう。某も万バズ? する前は数少なかったぞ」


「アトリ大先輩は特殊なケースです。……いいえ、むしろ正しく評価された結果です。


 何もない里亜にはそんな一発逆転は無理です。配信報酬もなくなって、惨めな生活を続けるだけです」


 数字は正義。数字は価値。数字は絶対。


 アトリには理解できない価値観がそこにあった。配信者と言う人間が作り上げた階層。上の言葉は絶対。下になれば惨めに這いつくばるしかない。里亜の表情がその絶望を示していた。


「おお! 同じアクセルコーポのユニアミィ~が憔悴してイマース! きっと先の事件のことでユヌゲリエ~ルに脅されていたのデショウ!


 だが安心したまえマラマ~ド同志達! キノコを食べれば元気になれる! 受けた心の傷も笑顔にできるのがキノコロマン!」


 里亜が黙ったのを見て、ロマンは配信を再開する。配信を見ていた人は、里亜が錯乱して何かを叫んだのでプライバシー保護のために配信を止め、落ち着いたので配信を再開したように見えるだろう。


「繰り返すが、某と戦いたいということで間違いないな」


 刀の柄に手を置いて、アトリが先ほどと同じ問いを返す。


「その通り! アクセルコーポを守るため! そして同じアクセルコーポの配信者を守るために、キノコロマンを行使シマース!


 キノコを食べて、強くナァァァァァル!」


 ロマンとキノコノコノコのメンバーは言うと同時に手にしたキノコを口にした。ダンジョン内で手に入れたキノコを栽培し、品種改良したものだ。それを飲み込むと同時に筋肉が膨れ上がり、淡く光が輝く。


「これこそぉ! ジャが品種改良した『マゼンタマタンゴ』! 筋力増大耐久力増大気力増大効果を持ち、更にそれを【アイテム効果増幅】スキルでさらに倍!


 素の状態でも中層に挑めるキノコノコノコのメンバーが、更に強くなった! しかもその数はジャを含めて10名! 連携を取ることでさらに実力10倍! さぁ、キノコの強さを知るがいいデース!」


 キノコノコノコ。料理番組やキノコの蘊蓄を語ることもあるが、ダンジョン配信も行うチャンネルだ。その戦闘方法はダンジョンキノコを用いてパワーアップし、戦闘スキルを駆使して戦う肉弾系。それぞれの武器を装備して、一糸乱れぬ動きでアトリに波状攻撃を仕掛ける。


「キィィィィィィィノォォォォォォコォォォォォ!」

「食えば食うほど健康になる! 食えば食うほど頭が冴えわたる!」

「これがキノコ! これが神秘!」

「ああ、我々はキノコと共にある!」

「そう、これがキノコロマン! 世界はキノコに還るのだ!」

「これぞすなわち――!」

「キノコロマァァァァン! キノコによるキノコの為のキノコの戦士達!

 この攻撃を前に勝てる道理など――!」


 アトリは息を吸い、そして吐くと同時に抜刀した。


「――遅い。欠伸が出るぞ」


 散歩するようにロマンたちの後ろを歩き、そして刀を鞘に収める。


「勝てる道理など――」


 チン、と鞘戻しの音が響くと同時に、


「――ありましたぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 ロマンたちキノコノコノコは一斉に地面に倒れて伏した。斬られたわけではない。みねで打たれて、打撲で気を失ったのだ。とはいえ、重さ1キロの鉄で打たれて痛くないはずがない。


「……すごい。キノコノコノコのチームを一瞬で倒すなんて……流石アトリ大先輩!」


『は?』

『え? 何が起きたの?』

『ロマン達が一発で……?』


 里亜とコメントは、皆あっけに捕らえていた。アトリの挙動を捉えられたものはなく、ただ目の前で起きたことを呆然と受け入れるしかできなかった。


「ところで、ユヌゲ……とはなんなのだ?」


「フランス語です……。ロマン大先輩、フランスから来た配信者……と言う設定ですので」


 アトリが今更ながら問いかけた疑問に、里亜は呆然とした声で答えた。

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