捌:サムライガールは足を引っ張られる

『ひの、ふの、みの……合計で17か』


 指折り気配を探るアトリ。その数と同じだけのゴブリンが現れる。


 狼に乗って機動力を増したゴブリン。アトリはそれを最小限の動きで斬り払っていく。一刀振るわれるたびにゴブリンが倒れ、まさに圧倒的ともいえる武力を見せつけた。


『斬る』


 敵対するなら斬る。その意思を込めて放たれた言葉。その宣言通りにアトリは次々とゴブリンを斬る。敵わないとばかりに撤退するゴブリンだが、最後に大洪水トラップを仕掛けてアトリを流そうとする。


『ほほう。あいにくと行水するつもりはないぞ』


 アトリは下段に構えた刀を上段に振り上げ――


『ちょ、っと待ってくれ。おおおお――』


 アトリの情けない声が響き、コミカルな音楽が流れる。水洗トイレが流れる映像と『しばらくお待ちください』という文字が浮かび……。


 和服を着た黒服の人間が顔を見せないうつ伏せの体勢で倒れている画面が映し出された。『ムチャしやがって』なコメントが多数流れている。


「おお、よく作られてるなぁ」


 アトリはその映像を見て、感嘆を上げた。最後の死亡シーンを除けば、声も映像も間違いなく自分のモノだ。それを切り貼りして、今のような映像を作ったのである。


「感心している場合じゃありません!」


 タブレットを手にして怒りの声を上げる里亜。アトリの映像を使って作られたパロディ動画だが、再生数はかなり多い。ネタだと割り切れば笑えるものだが、そう思えなければ当人をバカにしていると受け取れる。


「いやすまぬ。某、こういうのを見たことがなくてな。映像の加工? 切り貼り? 編集? とにかくこういうモノもあるのだなぁ、と感心しているのだ」


「生配信しかしていないアトリ大先輩らしいセリフですけど、この程度はフリーソフトで十分作れますよ。大したことじゃありません!


 人気があるのはアトリ大先輩のタグが付いているからで、これで100万再生で収益もらってるとか本気で許せないんですけど!」


 地団太を踏みかねないほど怒る里亜。単語のほとんどは理解できていないが、自分の映像を使ってバカにしているのとそれで得をしているのは許せない、という事は何となくわかった。


「まあそこまで目くじら立てる事でもなかろう。これがニセモノだという事は皆わかっているだろうし」


「これだけじゃありません! かなりの数の動画や画像や音声がネットに上がっているんです! アトリ大先輩をバカにするようなモノや、アトリ大先輩が死亡したように思えるモノが!


 確かに信じる人はごく少数でしょうけど、その少数も積み重なれば大勢になるんです! そして少数派だからこそ激しく燃え上がるんです!」


 この手のパロディ動画を見てアトリが本当にこうなったと信じる者はわずかだ。仮に1000人に1人としても、動画の数が10000を超えれば10人になる。そして動画は消されない限り残り続け、そうなると嘘を信じる者が増え続ける。


 繰り返すが、ほとんどの者は信じない。アトリが<ダンジョン>を斬って世界を救ったとまで言わしめるほどの活躍をした者もおり、英雄的な信仰さえある。


 、それを信じない事が特別だと感じてしまうのだ。


「『世間はアトリ大先輩に騙されている!』『あれはただの人斬りだ!』『ダンジョンの技術で作ったヤラセだ!』といったアンチアトリ大先輩の流れができているんです!


 そして『それを信じない俺はカッコいい!』『世界は騙されている。俺は騙されない!』『数字が欲しいだけの子供だ!』と言った逆張りから『むしろあの女がダンジョンの手先で、俺達を滅ぼそうとしている!』『真実はこっちの方だ!』と言った陰謀論にまで発展しているんです!」


 陰謀論。


 世界を救ったアトリに対して、何かしらの策謀があるのではないかと主張する説だ。皆が信じる風評と逆を信じる。皆が正しいと思っている事が実は悪だと思い込む。


 物事を疑う事自体はなんの問題はない。むしろ皆がすべて同じ意見と正義を持つのなら、その社会は退廃する兆しになる。常識と思われていることに疑問を抱き、意見を提言する。地球は回っていると言わなければ、天が回っている事が覆らなかったのだ。


 だがそれは、きちんとした根拠と証拠エビデンスがあってのことだ。間違っているという根拠。自己の意見を証明する証拠。それを持って今ある間違いを正す。それがなければ、ただの暴論でしかない。


 そしてアトリを悪と攻め立てる意見は、根拠なき暴言でしかなかった。


「むぅ。しかし要はウソをついているだけなのだろう? それこそ嘘つき呼ばわりされてお終いなのではないか?」


 アトリの言うように、そう言った意見はよく叩かれる。SNSでもかなりの反対意見がつき、また加工動画の粗などを指摘されて反論が無かったりと、表面上は『噓つき呼ばわりされてお終い』になっている。


「いいえ。終わってなどいません。むしろそう言った人達は否定されればされるほど、燃え上がるんです」


 里亜は首を横に振り、アトリの言葉を否定する。


「自分の意見を否定された時、彼らはその結果を受け入れません。自分達が間違っているだなんて全く思いません。


『ここまで反論されるという事は、大きな勢力が係わっているんだ!』『正しい俺を消そうと必死になってる!』『そんなものに歯向かう俺はすごいんだ!』と言った優越感さえ得るんです!」


 人間は自分の意見が否定された時、それを簡単には受け入れない。それが正しいという根拠があっても、それまで自分がそう信じてきた事を否定できないのだ。それを否定するという事は、自分自身の経験と判断を否定するのと同じだからである。


 そして陰謀論を信じる者は自分が正しいと酔いしれる。他の人が知らない真実を知っているという優越感。それを伝えなければんらないという使命感。そう言った『正義感』は人をあっさり酔いしれさせる。


 これまで平凡で不遇だった人生に差し込んだ『特別』。それが考えるという事も煩わしいと思えるほどの愉悦を与える。過ちを責める。断罪を求める。間違いを正す。それは善悪を産んだ人類の最大の娯楽なのだ。


「……むぅ、いやさすがに言いすぎと思うぞ。そこまで人は愚かとは思えんのだが」


「アトリ大先輩は人間を信じすぎるんです!


 そして今回の配信できなくなった騒動でそれは加速しました! 『悪いサムライは討たれた!』『正義の勝利だ!』『もう二度と配信するんじゃないぞ!』などと言ったモノが流れているんです!」


 実際、SNSはアトリのことでお祭り状態だ。スピノの世直し動画に対する意見よりも、アトリのアンチが大きく騒いでいる。当のアトリが何も意見しないこともあり、火は大きく燃え上がっていた。


「まあ、大変なのはわかった」


 そう言った炎上案件は叔母に任せてあるアトリは、里亜の意見をそうまとめた。よくわからないので、後で叔母に聞こうか。そんなことを思いながら話をしめる。


「とにかくスピノ殿の呪いが解けたら配信を再開しよう。そうすれば噂というかそんな下世話も吹き飛ぶだろう」


「いいえ! 一週間もすれば炎上はさらに大きくなります! その時に配信をしても、アトリ大先輩のチャンネルに大量のアンチが沸くでしょう!


 その前に、手を打つべきです!」


 アトリの意見に拳を握って叫ぶ里亜。


「手を打つとは具体的にどうするのだ?」


 どちらかと言えば会話の流れで問うアトリ。その言葉に里亜は数秒沈黙した。


「……ええと……どうしましょう」


 どうやら勢いで言って、どうするかを考えてなかったようだ。


「こういう時は配信することで潔白を証明する事なんですけど、今は配信ができないんですよね。詰みじゃないですかぁ!」


 頭を抱える里亜。里亜もアトリも配信ができない以上、情報戦のテーブルに座る事すらできない状態なのだ。まさに戦う前から負けている。そうこうしているうちにアトリの悪評は増していくのだ。


「ああ、そうです! 『配信ができない』っていう呪いでしたら、他人の配信に写ることはできるんですよね。『カメラに写るな』とかいう呪いじゃないんだし!」


「まあそうなるな」


「ならばこういうのはどうです? 配信しているところに割り込んで無実を語る! いいえ、アトリ大先輩なら刀で語るべきです! 鎧袖一触で割り込んで、剣技で圧倒して相手と共に同接者の息を奪う! 最の高です!」


「それただの辻斬りだぞ。他人の配信に割り込んで刀を抜くとか、某どれだけ非道なのだ?」


「ぎゃあああああああ! 言われてみればその通りでしたぁ!」


 頭を抱えて落ち込む里亜。


「前々から思っていたのだが……里亜殿、感情で喋ってるな?」


「違うんです! アトリ大先輩の刀の動きが素晴らしいから、つい感情が迸るんです! それ以外は普通なんです!


 エモいんです! 萌えるんです! 琴線に触れるんです! 心臓バクバクなんです! 涙腺とか色々緩んじゃうんです!」


「だから落ち着け。感動していることは理解したから」


 必死に感激を伝える里亜をどうどうと手で制するアトリ。


「ともあれ今は手はないという結論だな。それこそ他人の配信で訴えるしかないぐらいに。


 タコやんに頼んでみるか……いやだめか。某とはもうコラボしないと言っていたし」


 ファミレスでの会話を思い出し、腕を組んで悩むアトリ。他にチャンネルを持つ知り合いはいない。


「コラボだと自分のチャンネルで配信していますからどのみち駄目ですね。


 スピノ先輩みたいにアトリ大先輩に襲い掛かってくる配信者がいればいいんですけど」


「何故に襲われなければならんのだ?」


「決まってます! 襲われないとアトリ大先輩の剣技が見れないじゃないですか!


 素振りとか稽古動画もいいですけど、やっぱり実戦の動きこそがアトリ大先輩最大の魅力! ああ、早く斬られたい……」


 最後うっとりする里亜をヒキながら見るアトリ。トークンを斬るのだから死ぬわけではないが、その痛覚が伝達することを考えるとちょっと理解できない領域だ。その事には言及せず、話を変えるように口を開く。


「そんな都合よく襲撃されるはずが――」


「花鶏チャンネルのユヌゲリエ~ル女武士デスねぇ。


 ジャはアクセルコーポ『キノコノコノコ』チャンネルのロマン・ヴァレ! キノコロマンの為に、キノコまみれになってもらいますヨォ! ジャのキノコロマンに屈服した顔を配信させてもらいマァス!」


 アトリの言葉が言い終わるより前にそんな男性の言葉が響く。スピーカー内蔵のドローンが飛び、【隠密】で潜んでいた撮影スタッフが遮光版や集音マイクを持ち上げた。音楽が流れて高級な浮遊カメラが宙を舞う。


 キノコロマンとかキノコまみれとかジャとかユヌゲリエールとか全く理解できないが、いきなり配信されたことはわかった。


「……よかったですね、アトリ大先輩。都合よく襲撃されましたよ」


「襲撃なのかのぅ。これ……?」


 微妙な表情で、アトリは襲撃者(?)達を見ていた。

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