漆:サムライガールは土下座される

「あああああああ、申し訳ありませんアトリ大先輩ぃぃぃぃぃぃぃぃ!」


 スピノとの戦いの翌日、アトリは町中で出会った里亜に土下座された。


 声と同時に腰と膝を曲げ、両手両膝そして頭を同時に血につける。左右対称の美しさと流れるような動作。真っ直ぐな姿勢で歩く美が如く、無駄ない動作の土下座は美しい。そんな感想を抱きそうになるほど、素早い所作だった。


「おおおお、いきなり土下座されても困るのだが!? そ、そのなんだ、頭を上げてくれ! 周りの人も見ているから!」


 町の通りでいきなり制服女子が土下座したのだ。アトリが反応する事すらできなかったのである。普段見られない光景に、歩いていた人たちは驚きの表情を浮かべた。そしてアトリに冷たい視線が向けられる。


『町中で土下座させるとか、どんな酷いイジメなのよ』


『後輩に町中で頭を下げさせるとかサイテー』


『スカートがもう少し短かったら見えてるんだけどなぁ……』


 声にこそ出さないが、アトリと里亜を見ている人達の言いたいことはそういう事である。変な追い詰められ方をして、アトリは冷や汗を流していた。


「いいえ! 周りに人がいようがいまいが里亜がアトリ大先輩に迷惑をかけたことには間違いありません! この程度の恥などアトリ大先輩にかけた迷惑に比べれば小さなこと! アトリ大先輩が配信しないとなれば人類史の損失です!」


「人類史!? いやそこまで大きな話というのはどうかと!?」


「人類史で足りなければ惑星史です! 地球という単位で迷惑をおかけしてしまった里亜に罰を与えてください! その刀で一刀両断してください!」


「いやいやいやいや! そんなことできるはずなかろう!」


 すがるように言う里亜を必死に断るアトリ。さりげなく自分の欲望を混ぜ込んでいるが、里亜が謝罪して罰されたいというのは本音である。自分のコラボ企画が要因となってアトリが配信できなくなる呪いを受けるとか、許されることではない。


「と、とにかく移動しよう! うむ、一旦落ち着かないと話もできんからな!」


 里亜の困惑して支離滅裂(オブラート)な発言を前に、さすがにアトリが土下座させているという誤解は解けているが、それでもいろいろ残念な目で見られていることには違いない。アトリは土下座している里亜の服を摑んで立ち上がらせ、そのまま手を引いて走って行く。


「うむ、ここまでくれば」


 町中から少し離れた電車の高架下まで移動し、一息つくアトリ。息が切れるほどの運動をしたわけではないが、精神的に落ち着いた。


「いろいろご迷惑をおかけして申し訳ありませえええええええええん!」


「だからもう土下座はいいから!」


「ええ!? 人前で土下座するのは良くないから人がいない所に移動したんじゃないんですか!?


 ……土下座するこちらを侮蔑すような周りの視線も悪くなかったかなぁ、という想いもあるのですがアトリ大先輩がそれを拒むのなら里亜は我慢して――」


「いいから落ち着いてくれ。そもそも土下座されるいわれはない」


 いろいろ危ないことを言いかけた里亜を止めるようにアトリは言い放った。里亜が目覚めかけている何かを歯止めすると同時に、話を進めるために制止をかける。


「そんなことはありません! スピノ先輩に【制限呪力】を受けたんですよね! それでアトリ大先輩は1週間も配信できなくなったんですよ! 謝るしかないじゃないですか!」


「スピノ殿は里亜殿よりも幼く見えたが?」


「スピノ先輩は登録者数約89万人の先輩ですから。アトリ大先輩にはかないませんけど、それでもアクセルコーポの先輩です!」


 登録者数が多ければ先輩。アトリのチャンネルは登録者数120万人ほどだから先輩の上の大先輩。アトリには理解できない価値観だが、そういう上下関係が里亜の中に在るのだろう。そんなものかとアトリは納得して流した。


「まあ呪いに関しては某も自ら受けたところもあるので、里亜殿が謝る所以はないかとおもうが」


「アトリ大先輩は余裕で鞭を回避していたじゃないですか! 里亜の処遇を聞いて、同じ罰を受けるとばかりに自分で鞭の棘に指を突き刺して! 私が無事なら、アトリ大先輩は鞭を避け切って呪いを受けなかったはずです!」


 里亜の指摘に押し黙るアトリ。実際、里亜が一週間配信停止処分を受けたからアトリも納得してスピノの与える罰を受けたのだ。あのままやってもスピノがアトリを傷つけることはなかっただろう。


「そもそもスピノ先輩が動いたのも、里亜とのコラボで炎上未遂になったからです! 里亜がもう少しうまくやればあんなことには――」


「いや、それは違うぞ里亜殿。


 あので悪いのは暴言を吐いたものだ。それをはき違えて自分を責めてはいけない」


 自責に苦しむ里亜に、アトリはきっぱりと言い放つ。善悪を問うならば、あのコラボで悪いのは暴言を吐いたコメントだ。里亜もアトリも悪い事はしていない。


「相手の悪意に怒った某にも責任はある。少なくとも里亜殿に責任はない。


 あの場の里亜殿はやれることをきちんとやった。その結果処罰を受けるのは残念なことだが、組織は規則を布かねば立ち回らず、信賞必罰は已む無きことだ」


 里亜は何も悪い事をしていない。だが事件が起きた以上、何かしらの『ケジメ』は大事だ。それをおろそかにすれば、皆が好き勝手やってしまう。場を律するためにもある程度の罰則は必要なのだ。それが重すぎれば恐怖政治となり、軽すぎれば規則は形骸化する。


『一週間の配信停止』は、そういう意味ではいい落としどころだ。炎上を鎮めるための期間大人しくさせ、同時に配信させないことで数字を会得させない。同接者などが評価と給金に直結する配信者からすれば、相応に痛手である。


「いいえ、いいえ! 違うんです!」


 里亜もその重要性は理解している。しかしその上で、違うとアトリの言葉を否定した。


「里亜の罰則はいいんです! 上層の敵にも勝てないトークン配信。自分の背丈と同じ高さから落ちたら死んじゃう伝説級レジェント死ぬ人と比べられるほど死んじゃう系探索者!


 そんな里亜がアトリ大先輩とコラボしたのが間違いだったのです!」


「むぅ、そこまで自分を卑下するのはどうかと思うぞ」


「します! アトリ大先輩を始め、多方面に大迷惑をおかけしたんですから!」


「それなのだが……某は迷惑など思ってないぞ。しばらく配信なしで修行としようかと思ってたぐらいだし」


 まるで世界が終わるとばかりに叫ぶ里亜。アトリからすればさすがに悲観的に物事を捕えすぎだと思う。どう説得すべきか頭を回していたら、


「一週間」


 里亜はタブレットを手にしてその言葉を告げる。


「その間、アトリ大先輩が行った偉業はこれだけあるんです」


 画面に並んでいるのは、花鶏チャンネルの動画欄だ。その一つ一つを指さし、里亜は叫ぶ。


青色不死鳥ブルーフェニックスの羽根を持ち帰ったことでの再生医療への貢献! 3年後には不治の病と言われたベックス症候群も快癒できる可能性が!


 曼殊沙華リコリスアウラウネの魔石による炎と植物の融合スキルの獲得! 相反属性と言われていた融合スキルはまさに目からうろこ!


 岩窟悪魔の闘技場に勝利して得た『不屈鉱石アンイールディング』による建築関係の新技術開発! 建築家はダンジョンの壁と同質の建物ができると豪語しています!


 魔女ドロシー戦においては積層六次元魔法陣の存在を配信し、魔法スキル使用者に新たな活路を見出しました! 魔法による集団戦に新たな戦術を見せてくれました!


 無限蒸気世界の大陸横断鉄道内では精霊水と蒸気機関の融合による魔道蒸気機関を発見! そして魔道蒸気機関人形を打破! タコやん先輩がコメントで悔しがってましたね、ざまあ!


 火山フィールドではそこに住む火山民族との一騎打ち! 燃える石を加工した戦士を前に一歩も引けを取らないサムライの刀技! あの動きは思い出すだけでも痺れます! 近接武器使いも未知のスキルを前に血が滾ったとか!


 未来世界っぽい場所では宇宙船の中を駆け抜けるアトリ様! 光線銃を回避し、シャッターを切り裂いて進むのはもはや映画の如く! 【危険感知】持ちが唸るほどの慧眼! 奢るスキル持ち達が初心に戻ったと言ってました!


 一週間の配信で、世界中にここまで世界に影響を与えているんです!」

 

 興奮収まらぬ、とばかりに鼻息荒く告げる里亜。下層はあまり配信されなかったエリアだ。そこにあるアイテムを持ち帰り、それを利用するだけで文明は大きく発展する。またアトリの配信を見て新たな戦術を得たり、己を見返す探索者も多い。


「繰り返しますけど、アトリ大先輩の配信は大偉業なんです! 下層を突き進み、それを見る人達がどれだけ勉強になるか。持ち帰るアイテムと魔石でどれだけ救われる人がいるか。


 里亜がダンジョンに入らないのと、アトリ大先輩がダンジョンに入らないのとでは意味が全然違うんです!」


「…………むぅ、それは」


 里亜の言葉に、そう言って押し黙るアトリ。自分が世界に与えた影響という者に無頓着だったこともあり、反論できずにいた。


「そんなアトリ大先輩の活動を止めてしまった。それが里亜の責任というのならその罰は甘んじて受けます。


 なのでアトリ大先輩、その刀で斬ってください! 情け容赦なく! 汚いものを斬るような冷たさで! ザコを払うような無慈悲さで! モブを一掃するような作業的な感じで!」


「いや、それは何かが違う気がする! 全力で拒否させてもらうぞ!」


 目を輝かせて迫る里亜に、我に返って拒否するアトリ。


「ちぇー。いい流れだと思ったのに……」


「もしかしてさっきまでの熱演はこの流れの為だったのか?」


「いいえ、そこまでは。アトリ大先輩がダンジョン配信しないことの損失は本当です。そして他の人達は今がチャンスとばかりに大きく動いています」


 はぁ、とため息をつく里亜。斬られなかったことが残念だ、というため息もあるがそれ以外の比重が重い。


「ふむ? 某がいない間に他の者が下層を探索配信するという事か? それ自体は別に構わないぞ。別に下層探索を独占するつもりはないからな」


 首をひねって疑問を口にするアトリ。ダンジョン下層の情報を配信し、アイテムを持ち出して世界の役に立てる。それは別にアトリでなくてもできる事だ。この『できる』はただ可能というだけで、実力が伴わなければ骸を晒すだけなのだが。


「それでしたらどれだけよかったことか……。


 確かに下層を探索する人はいますが、ごくわずかですし配信は行いません。下層探索ができない者達の一部は……アトリ大先輩の人気を下げようと躍起になってます」


 呆れの比重はこちらの方が多い、とばかりに再び里亜はため息をついた。

 

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