伍:サムライガールは一旦休む
「三日ほど休んで頭を冷やせ」
先のぷら~なチャンネルとのコラボの後に、アトリは叔母のヒバリにそう言われた。
「私は冷静だぞ」
「そういう時点で頭が冷えていない証拠だ。いつもなら『何故だ?』と問いかけていただろう。
自分でも頭が冷えていないことを認めているも同然だ」
反論するアトリを正論で黙らせるヒバリ。アトリが里亜に対する悪意ある発言に対して怒りを持っていることなどお見通しだ。
(まったく。自分が罵られるのは当然だと受け流せるくせに、他人が罵られるのはだめとはな。自己評価の低さ故に他人の努力に敏感すぎる。
アトリを長く見てきたヒバリは、彼女が怒っている理由を理解していた。自分に対する罵詈雑言は『当然だ』と素直に受け入れられるくせに、他人の努力を否定されることは我慢ならない。
「確かにあの罵詈雑言に対して怒っているのは認めるが、それでも配信を止めるのは流石に度が過ぎるのではないか?」
「今、配信するのは危険だ。冷静になれていない事もあるが、お前に粘着している輩が何をしでかすか分かったものではないからな。
お前のチャンネルで暴言を吐いたとして、無言でブロック対応できるか?」
「む、むぅ。わかるぞ。IDを指定して……『ブロックする』……だったな」
「それが100人ぐらいいたとして、出来るか?」
「……むぅ、その。なんとか」
喋れば喋るほど怪しくなるアトリ。ヒバリはため息をついて、話題を終わらせた。戦闘は無双だが、この手の対応はからっきしだ。我が姪ながら、もうすこし器具慣れしてもいいと思う。
「とにかく休め。今は熱が収まるまで大人しくしているのが吉だ。配信を休む旨をSNSと配信ページで掲載しておけ。雑談配信も今回はナシだ」
「それでいいのか?」
「今は配信行為自体を止めろ。相手に攻撃の隙を与えず、反撃の時を待つんだ」
「成程。納得した」
武術に例えると説得がスムーズに行くこの性格もどうしたものか。ヒバリは頭痛を押さえるように額に指をあて、そして考える。
(一人ずつ開示請求をするのは非現実的だな。メインを絞って攻めないと追っつかない。
そして解決するかしないかは相手の規模次第だ。個人の罵詈雑言ではなく、明らかに組織だった攻撃だからな)
ヒバリは先の炎上から発生したアトリに対するアンチコメントの流れを思い出し、小さくため息をついた。
発端は里亜とのコラボ中に発生した発言だが、それをSNSのメディアプラットフォームで改悪されて広められている。
記事を書いたのはインフィニティック・グローバル所属の記者だ。先のしろふぁんとの抗争もあり、インフィニティックからアトリに対する印象は良くないだろう。
(企業そのものがアトリの活動を妨害しようとしている……というのは飛躍しすぎだな。企業の一部門がしろふぁんのシンパを集めたとかか? どちらにせよ。規模が分からん。様子見しながらやるしかないか)
虎の尾を踏むことになるが、虎穴に入らずんば虎子を得ず。姪を守るためにヒバリは頑張るぞと心の中で気合を入れた。
「しばらくは装備を整えておけ。ヘッドカメラや集音器も新しいのにしてもいいだろう。刀も手入れしてもらえ」
「むぅ。まだ使えるというのに新しいのに買い替えるのは流石にもったいないと思うが」
叔母の言葉に唇を尖らせるアトリ。カメラ周りのことはこの前タコやんにも言われたが、刀に関してはまだ問題ないと思う。使って不備があるとは思わない。
「過信するなよ。道具の手入れを怠る武人は道具の手入れ不備で死ぬ。ツグミもそう言って配信前は念入りに道具の手入れをしていたぞ。
スパチャのほとんどは新衣装と道具手入れに使っていたからな」
「確かに一理ある。頭を冷やすついでにその辺りを見創ろうとしよう」
――という事があり、花鶏チャンネルは配信を三日間ほど休養。アトリは機器を整えるために買い物をしていた。
とはいえ、電子機器関係はアトリの知識にはないので叔母に任せてある。アトリが向かったのは刀剣商だ。刀を研いでもらうのと、研いでいる間に代わりになる刀を購入するためだ。
「……うちに何の用だ?」
町はずれにある刀剣商『
入ってきたアトリを出迎えたのは、顔に深いシワを刻んだ翁だ。だが見る人が見ればその手が非常に分厚く、筋肉も初老とは思えないほどについているのに気づくだろう。長年鍛冶を続けてきた頑固者老人。初見の人はそんな印象を受ける。
「金治殿、私だ。連絡していた七海アトリだ。
この刀を研いでもらうのと、その間に使う刀を探しているのだが」
「…………」
金治。そう呼ばれた老人はアトリの言葉に黙って手を差し出す。刀をよこせ、と言外に告げていることに気づき、アトリは刀を渡した。弥勒院・金治は鞘から刀を抜き、何度も見直す。
「悪くねぇ。真っ直ぐな太刀筋で使われた刀だな」
「ほほう。そんなこともわかるのか。さすがだな」
「はん。こちとらダンジョン発生時から刀を打ってきたんだ。歪みと摩耗具合を見れば、どんな使われ方をしたかなんざ一目瞭然だぜ」
摩耗度合いを見て、アトリの太刀筋と戦い方を察する金治。歴戦の鍛冶屋としての経験が刀を見ただけでそれを見抜くことができるのだ。少しでもふざけた使い方をすれば、それは武器に残る。それを見逃さない鉄を見る瞳――
「やだねぇ。アトリちゃんの活躍はいつも生配信で見てるじゃないか。何偉そうなこと言ってるんだい」
「だだだだだ、黙れぇい!」
ではなく、アトリの戦い方をリアルタイムで見ていたようだ。店の奥から出てきたおばあさんの声に金治は顔を赤らめて叫んだ。
「今日もアトリちゃんが来るからって、ウキウキで店番して。いつもは息子に任せるのにねえ。ホント、素直じゃないんだから」
「久しいな、トメ殿。腰の具合は息災か?」
「ええ、ええ。アトリちゃんが下層で見つけてくれた魔石? それで開発されたスキルのおかげでだいぶ楽になったよ。骨を強化する治療スキルとか、老人にとっては奇蹟のようなモノさ」
アトリを拝むように手を合わせるトメ。ダンジョン下層で入手したリジェネトロールボーンの魔石により、骨関係の治療が格段に進んだのだ。その事に感謝するトメ。
「いやいや。私は魔石を持ち帰っただけだ。真に褒めたたえられるべきは、そこからスキルという形にして、且つ医療に生かした者達。その献身こそ褒められる行為だ。
私はただ、そのきっかけになったに過ぎない」
謙遜でもなく、心からそう思って告げるアトリ。魔石だけでは人は癒せない。それを形にした者達こそ、真の功績者だ。
「けっ! いい人ぶってるんじゃねぇよ。刀振るうしか能がねぇ乱暴者が、いっちょ前に正論を吐くじゃねぇよ」
そんなアトリにそんな悪態をつく金治。武器を振るう者は暴力者。乱暴ではあるが、真理でもある。暴力を振るう者が、正しいことを言うのは間違っている。
「その通りだ。私はただ刀を振るうしかできない粗忽者だからな。誰かを救うなど程遠い」
そしてアトリもそれに共感していた。刀を振るうだけでは誰も救えない。深層に向かった姉にはまだ届かず、罵詈雑言を止めることもできない。無力を感じることなど慣れていた。
「こんなこと言ってるけどねぇ。この人、アトリちゃんが活躍するのを見ていつも大喜びしているのよ。
『俺の打った刀がモンスターを斬ったぞ!』『さすが七海の娘! 俺が見込んだサムライだ!』とか叫んじゃって。コメントすればいいのに『そんなの恥ずかしいじゃねぇか』とか言っちゃって」
「勝手なこと言ってるんじゃねぇ! まだまだ未熟なひよっこに金治様が言葉を残すなんざ100年早いんだよ!
そうだな、もう少し頑張って深層につければチャンネル登録だったか? それをしてやってもいいぜ」
トメの言葉に必死になって反論する金治。その態度を見ればトメの言葉が本当かウソか、すぐにわかる。コメントやチャンネル登録をしていないのはその頑固な性格からで、もしかしたらアトリがバズる前から見ていたかもしれない。
「それはありがたいな。まだまだ深層には届きそうにないが、その時はその賛辞を受けるとしよう」
金治の言葉を、試練と受け取るアトリ。深層。まだ届かない遠い場所だ。深層に向かうための門が見つからないのは、下層の広さを捜索しきれていないだけだ。
「それで刀の方だが、どれぐらい時間がかかりそうなのだ?」
「一か月って所だな。その間はそいつを使いな」
刀一本を研ぐのに一か月。
何も知らない人から見れば長すぎると思うかもしれないが、日本刀の研磨は専門技術と言っていいほど難しい。砥石も研ぎ段階に応じて複数必要になり、研ぐために使用する水も調整しなければ錆が発生する。刀身の『反り』も調整するため、とにかく時間がかかるのだ。
アトリもそれが分かっているのか特に疑問を持たずに了承した。そして金治が指す方にある刀を手にした。
「これか? ……ふむ、これはなかなか」
「目利きのないひよっこでも刀の良さはわかるか。この金治様が手慰みに打った品だ。銘は……『
「ほほう。秋の季語だな」
「
鳥渡。秋に海を渡る渡り鳥の姿から秋の季語として俳句で使われる。花鶏チャンネルの花鶏も秋に日本に渡来する冬鳥だ。そして音読みすれば
「ふむ、まだ未熟な私にはお似合いの銘だな。ありがたく借り受けよう。
それでは研ぎの方、よろしく頼む」
頭を下げてから店を出るアトリ。その姿が消えた後、トメが呆れたように口を開く。
「どうして素直にアトリちゃんの為に打った刀だ、って言えないのかねぇ。使ってもらって嬉しいくせに、言葉にできないとか不器用すぎるよ」
「うるせぇ。男は仕事で示すんだよ!」
「はいはい。言わないと伝わらないこともあるんだから、頑固なのもほどほどにしなさいね」
長年付き添った頑固な旦那に呆れたように告げるトメ。そしてアトリが出ていった店先を見て、
「……? あの人、アトリちゃんのお知合いかしら?」
アトリの後ろを追うように、一人の少女が歩いているのを見た。
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