陸:サムライガールは魔法少女に会う

「花鶏チャンネルのアトリさんですね」


 公園を歩いていたアトリに声をかけてきたのは、まだ幼い女性達だった。おそらく中学生あたり。高校生にはおそらく届いていないだろう年齢だ。


「ふむ。先ほどから尾行してきたのは貴公か。害意はなさそうなので無視していたが、隠密行動は褒められた遊びではないぞ」


 アトリは特に驚くことなく少女に答える。公園を当てもなく歩いていたのは、尾行している相手の様子を確認したかったからだ。こちらに用があるのか、単にこっそり追っているだけなのか。どちらにせよ、脅威とも思っていない。


「へ? 気づかれてた? うそ!? 【光学迷彩】で一般人に紛れていたのに!?


 た、タイム! ちょっとお時間ください!」


 尾行を指摘された少女はアトリの言葉に焦り、待ってくださいと手を差し出した。背を向けて、ぶつぶつと何かを呟く。


(どうしよう!? 作戦ではこちらは貴方の情報を知っていますとばかりに出るはずだったのに!)


(そもそもなんで【光学迷彩】スキル込みの尾行がバレるの!? 【魔眼】系を使わないと分からないんじゃないの!?)


(きっと私の知らないスキルで感知していたのよ。そうよ! 下層魔物の魔石をこっそり保有している証拠ね!)


 少女はアトリを見ながらそんなことをぶつぶつ言う。【透明】系などの視覚を誤魔化すスキルを持つ魔物の不意打ちを何度も返り討ちにしてきたアトリにとって、少女の尾行を見破るなど造作もない事だった。


「さ、さすがサムライね。小手先だけどスキルを見破るなんて。先ずは見事と褒めてあげるわ!」


 相談の結果、『これは試練の一つだった』という形に落ちつけた少女。その結論が出るまでアトリは静かに待っていた。


「うむ。して貴公は何者なのだ?」


 首をひねってアトリは問う。見知らぬ少女に尾行される理由がまるで分らないのだ。


「よくぞ尋ねました!」


 待ってましたとばかりに胸を張る少女。胸に手を当て、クルリと回転する。


「私はダンジョンに咲く一輪の華!」


【光学迷彩】スキルを限定解除。足部分が一瞬光って白いブーツと長いソックスが現れる。


「力なき者を守る正義の剣!」


 上着部分が光って、そこから緑を基調としたフリフリのワンピースが現れる。


「儚く、そして可憐に戦う棘の処刑人!」


 頭頂部に服と同色の羽根のような装飾が現れる。


「その名は――魔法少女スピノ!」


 笑顔と共にピースサインをして、ポーズを決める。【光学迷彩】スキルを用いて幻覚の服をまとい、それをポーズと共に段階的に解除。そうすることで光と共に魔法少女衣装に変身するという魅せかたをしたのだ。


『棘の魔法少女』スピノ。


 アクセルコーポ日本支部の中でも5指にはいるほどの有名配信者である。主な配信内容は歌唱や雑談、そしてダンジョン攻略。だがそれえあはスピノのメインコンテンツではない。


「おお。大した動きだ。その鍛錬に答えることはできそうにないが、拙いながらも自己紹介をさせてもらう


 某はアトリという。ダンジョン配信を行っている者で……」


「知ってるわよ!」


 スピノの……変身バンク? に称賛するアトリの態度に、そんなことは知っていますとばかりに叫ぶスピノ。浮遊カメラを起動させ、配信を開始する。


「アトリさん! 貴方がアクセルコーポに宣戦布告をしたことは知っています! ぷら~なチャンネルの活動を止めると同時に企業そのものに刃を向けるとはまさに悪辣!


 その非道、見過ごせません! いまここでその刃を折り、悪の心を浄化します!」


 ポーズを決めてアトリを指さすスピノ。突然の展開に、アトリはついて行けずに周囲を見渡した。


 スピノのメインコンテンツ。それは『世直し系』である。一般的にはゴミ拾いやボランティアなどを配信するものだ。ダンジョンが存在するこの時代においては、SOSを発した配信者を助けに行くなどもしている。


 とはいえ、派手で過激な配信が数字を取れる昨今において地味な活動はすたれていく。『世直し系』は悪人や犯罪者などを捕える者が中心となった。今まさに、スピノがアトリを悪人と断じて攻めるように。


「は? ええと、アクセル……宣戦布告?


 いや待ってほしい。何が何やら某には見当もつかぬ。確かに里亜殿とコラボはしたが、それ以外は事実無根というか」


 自分の知らない所で勝手な噂を持ち上げられていたアトリは、スピノの言葉がまるで理解できなかった。ぷら~なチャンネルの活動が止まっていることも今初めて知ったぐらいである。


「問答無用! 里亜さんの仇討ちです!」


「仇!? まさか里亜殿はあの後自害したというのか!?」


「死んでません死んでません! ごめんなさい、仇は言葉の綾です!


 ですが里亜さんが配信停止処分を受けたのと同じだけ、そちらも痛みを受けてもらいます!」


「ああ、生きておるのか。ならよかった」


 どうやら里亜は先のコラボ失敗と炎上になりかけたことにより企業から配信停止処分を受けたようだ。死んでないからよかったと言えるが、それでスピノの世直し配信が止まるわけでもない。


「顕現せよ、呪棘の裁判鞭ソーン・ジャッジメント!」


 スピノがポーズを取って回転する。一回転した後にその右手には緑色の鞭が握られていた。所々に棘が生えており、バラの茎を思わせる装飾だ。鞭自体は【光学迷彩】で背中に隠していたのだろうが、アトリが驚いたのはそこではない。


「ほお。なかなか手慣れているな」


 鞭を扱う精練されたスピノの動き。それがなかなかのものだとアトリは称賛の声を上げた。


「はい! 【鞭術】スキルはかなり上げていますので!」


 スキル。ダンジョンの魔物を倒した際に得られる魔石から抽出される情報を、スキルシステムと呼ばれる機械を通して活用するモノだ。脳や肉体に作用して動きを最適化する。


 そして同一スキルを重ねて抽出することで、スキルの精度が上がる。武器スキルを例にすれば、初期段階では効率のいい構え方が身につき、重ねていくごとに攻撃動作が増えてくる。視界に『線』みたいなものが見え、それに沿うように武器を動かせば一流の動きができるのだ。


「ですが『呪棘の裁判鞭ソーン・ジャッジメント』の真価は【鞭術】スキルではありません! 付与する【制限呪力】スキルです!


『この鞭で打たれれた者』には『配信できなくなる』呪いがかかります! 『期間は一週間』『破れば全身に苦痛が走ります」!」


【制限呪力】……行動を制限する呪いをかけるスキルである。これだけ聞くと何でもできそうなスキルだが、そんな便利なスキルではない。むしろややこしくて使いにくいスキルに分類される。


 先ず第一に『呪いの対象』『制限する行動』『期間』『破った時の内容』を相手に宣言しないといけないのだ。先のスピノのセリフは親切でも演出でもない。この宣言を相手が認識しないと、スキルが発動しないのだ。


 そして呪いの代償はその条件に比例する。相手が条件を聞いた瞬間に、スキル使用者は条件に相応するだけの体力を奪われる。条件が有利であったり多かったりすれば、その分失う体力も多い。最悪、死ぬことすらあるのだ。


 故にスピノは『この鞭で打たれた者』と呪う対象を限定しているのだ。アトリ個人を指定もできるが、そこまでするとスキル発動時の疲弊が激しく呪いの内容や期間を軽くしなければならない。妥協に妥協を重ねて、この条件なのである。


「むぅ。いきなり顔色が悪くなったが大丈夫か?」


 顔を青ざめて貧血を起こしたようにふらつくスピノを見て、心配そうに声をかけるアトリ。この条件でもここまで疲弊するのが【制限呪力】なのである。しかもこの条件だと、鞭を当てないとスキルは空打ちになる。


「だ、大丈夫……うぷぅ、い、行きますよ!」


 吐き気を堪えるように口元を押さえながら、スピノはアトリに迫る。距離にして5mほどの位置で止まり、腰をひねって全身で鞭を振るう。スピノを軸として遠心力で鞭が振るわれ、その先端がアトリに迫る。


「見事な体捌きだな」


 アトリは言いながらその鞭を交わす。しかしスピノは体ごと回転させ、さらに鞭を振るった。鞭の先端は音速を超え、配信のカメラではとらえるのが難しい速度になっている。


「くっ!? 私の鞭を避けるだなんて!」


「いや、太刀筋というか鞭筋? それがかなり真っ直ぐだからな。軌跡を予測するのはそう難しくはないぞ」


 スピノの攻撃は【鞭術】スキルによるものだ。ダンジョンにいる『炎の監獄兵』等の鞭を使うモンスターの技術を、スキルシステムにより肉体にダウンロードさせたもの。その動きに沿って動き、スピノは達人レベルの鞭使いの技術を得ている。


 しかしそれはあくまで技術をコピーしただけだ。得た技術を使いどう戦うか、という戦術レベルは阿斗里から見ればまだ稚拙だ。――あくまでアトリから見れば甘いというだけで、実力は十分にあるのだが。


「嘘でしょ!? この連続攻撃を避けるなんて!」


「攻撃タイミングをずらしたフェイントや、相手の選択肢を奪う動きなどを行ってみるともっと幅が増えるぞ。あと所作ももう少し小さくした方がいい。目線やつま先向きで次の行動が読めるからな」


「何でこっちがアドバイスされてるのよ!?」


 アトリからすれば親切のつもりだったが、逆に怒りの声を上げるスピノ。企業に歯向かい、同胞の活動を邪魔された相手を断罪しようとしたらレクチャーされてるとかスピノからすればわけがわからない。


「ところで里亜殿の話になるが、配信停止と聞いたがどのくらい活動できないのだ?」


「い、一週、間っ……! あくまで、事態が落ち着く、まで!」


 アトリの問いに息絶え絶えになりながら答えるスピノ。アトリは息一つ乱していない。そしてスピノは避けているだけのアトリ相手に、いいしれないプレッシャーを感じていた。


(余裕で避けてられている……それどころか、時々ゾクリと背筋に走る感覚……。そのつもりがあるなら、刀を抜かれて斬られている……!?)


 戦士は一合武器を交わすだけで、互いの実力を知るという。一方的ともいえる攻防ではあるが、それでもスピノはアトリの高い実力を肌で感じていた。


「成程。里亜殿と同じ痛みとはそういう事か」


 アトリはスピノの言葉に頷く。一週間、配信ができなきなる呪い。その期間も根拠のない事ではなかったのだ。むしろその期間を優先させる為に、他の条件を厳しくしたのだろう。もっとも、アトリに【制限呪力】の内容はわからないのだが。


「ならばその裁き、受けるとしよう」


 アトリは言うなり一歩踏み込み、持っていた刀を鞭の軌跡に構える。鞭が鞘に絡まり、動きを止められた。アトリはそのまま――指で鞭の棘に触れた。


「え?」


 鞭を止められて焦っていたスピノは、その行動に驚きの声を上げる。アトリの指先に小さな赤い点があるのが見える。棘で指先を傷つけ、出血したのだ。『この鞭で傷ついた』ことで【制限呪力】の効果が発動し、アトリに呪いが降りかかる。


「……っ、あ。


 呪罰執行! その咎が雪がれることを祈ります!」


 まさか自分から呪いを受けるなど予想外だったスピノ。その行動を理解するのに一瞬時間がかかり、我に返ってポーズを決める。おそらくコンテンツのシメ口上なのだろう。内心かなり動揺しながら、ポーズ自体は慣れている事もあり澱みなかった。


 アトリからすれば『一週間、配信できないぐらいだけ』『里亜殿も同じ状態なのだし』という軽い気持ちでスピノの呪いを受けたのだが、問題が二つあった。


 一つ。この事が配信されていたこと。


 そしてもう一つ。これはアトリは知らない事だが――


『こいつは使えるぜ』

『一週間あれば、人気を堕とすには十分だ』

『サムライガール、魔法少女に敗北!? って感じか?』

『力では勝てないが、情報戦なら!』


 アトリを攻撃しようとしている者達が隙を窺っていたことである。

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