肆:サムライガールはアンチに怒る

 花鶏チャンネルとぷら~なチャンネルとのコラボは続いていた。


 アトリは里亜が挑戦し続けるのをずっと見てコメントしているだけなのだが。それをコラボと言うのなら確かに続いている。


「上空のハーピーは……いません! 今移動すれば!」


 空を見ながらハーピーたちの隙を窺うトークン里亜2号(ぷら~なチャンネル公式呼び名)。岩場から身を乗り出し、少し離れた岩場まで一気に駆け抜ける。最後は飛び込むようにして転がり込み、砂埃を上げて岩場の影に隠れ――


「は、はろー」


 そこにいたヘビのような魔物と目が合った。長さ30センチほどのヘビだが、地面に伏したトークン里亜の首に噛みつくほどの勇猛さはあったようだ。その首筋に噛みつき、そのまま逃亡する。


「噛まれた! あ、これ毒だ!? ヤバイヤバイヤバイ!」


 即効性の毒を持っていたらしく、噛まれた部分が焼けるように熱い。そのまま地面を転がっているところをハーピーに見つかり、上空から襲われて――


「はうわああああああああああああああ!」


『二号、散る!』

『ひっでぇ』

『転んだらすぐに起きないとダメってことか』

『死因:毒でいいのか?』

『直接的な死因はハーピーだが、理由としては毒蛇だろうなぁ』


 本物里亜の悲鳴が配信に流れ、ぷら~なチャンネル側のコメントが流れる。


『なんか新鮮な感じ』

『アトリ様だと睨み合うとかないもんなぁ』

『噛もうとしたヘビをばっさり切ってるしなぁ』

『南無。これが普通なのだと改めて認識した』


 そして花鶏チャンネル側のコメントは、アトリの異常戦闘力に慣れた感覚を冷やされる形となった。


「あうあうあうあう。その、無理しなくていいのだぞ、里亜殿」


「ふっふっふ。大丈夫ですよアトリ大先輩。毒とか慣れっこです。こっちの体には毒は流れてませんから、もう大丈夫ですよ」


 トークン里亜が叫んだ悲鳴は、本物里亜も叫んでいた。同じ感覚を持っている同じ脳なのだから、反応が同じで当然である。死にそうな痛みの中、違う反応を演技する余裕などあるはずもない。


「せめてトークンからの痛みの感覚ぐらいは切ったほうがいいと思うのだが。結構憔悴しているように見えるぞ」


 トークンがどれだけ傷つこうが、本物の里亜は全く傷を受けない。しかし傷を受けた痛みは脳に届いており、痛みを感じているのは事実である。死ぬほどの痛みを感じた脳は相応に疲労する。リアルな悪夢を見たような憔悴が里亜を襲っていた


「心配ご無用でございます、大先輩! この痛みこそがこのチャンネルの再生数の要。すなわち私が生きている証なのです! 肉体ダメージはありませんからね。どんどん行きますよ!」


 心配するアトリを前に里亜は制止の手を向けて答える。この程度で止まっていては『すぐ死ぬ』系配信にならない。むしろここからが配信の面白い所なのだ。


「見えない所に何かがいるかもしれない。それに注意しながらどんどん行きますよ!」


 こうしてトークン里亜3号から25号の犠牲を経て、岩場エリアを突破する里亜。トークンがダメージを受けて消える度に本物里亜は『ぎゃあああああああ!?』だの『うっそだああああ!』だの『もうやだああああ!』等、乙女があげちゃいけない悲鳴を上げて視聴者たちを沸かせていた。


「ふっふっふ。ここからは岩の谷間を進んでいくみたいですね。ハーピーが飛ぶエリアは死角になっていますので、襲われることはないでしょう!」


 岩山を抜けた先は、強国と言っていいほどの深い谷間だ。はるか眼下には川が流れているのだろうが、里亜のカメラから見えるのは細い線にしか見えない。空を飛べなければ落ちれば死ぬのは確実だ。


『フラグだ』

『道細過ぎね?』

『歩けないことはないだろうけど、足滑らしたら死ぬぞ』

『ほかに道探したほうがよくね?』


「イヤですよ、あのハーピーエリアを戻るのは! 何度死んだと思ってるんですか!?」


『まだ25回ほどですが?』

『まだ二桁ですよ?』

『大丈夫。同じだけ死んでもまだ50だから』


 里亜がやられるのに慣れているぷら~なチャンネル視聴者は軽くそんなことを言い放つ。何か言いかけたアトリを里亜が手で制した。これも鉄板ネタなのだろう。この流れを止めないでください、と唇だけを動かして伝える。


「もう、里亜が落ちるわけないじゃないですか。ブールは山岳突破用のガリアンスパイクブーツ! アクセルコーポの一品ですよ! 足を滑らせるなんてありえません!」


 さりげなく企業商品の説明を怠らない。ある意味企業配信者の鏡であった。もっともそのブーツを履いての行軍はというと――


「道、細……ッ! ちょ、谷底から風が吹いてぴゃああああああああ!?」


「上から落石なんて聞いてないんですけどおおおおおおお!」


「足場が崩れああああああああああああああ!?」


「またへびぃぃぃぃぃぃぃ! ど、毒はマズい! あっち行って! ひぃぃぃぃぃぃ!」


 新製品のブーツで足を滑らせることはなかったが、トークン里亜26号から69号が儚く散る結果となった。


『落下怖えええええ!』

『岩場に叩き付けられたぁ!』

『川も底浅くて即死!』

『なんでそこでそうなるの!?』

『おおおお、悲鳴がガチすぎてやべぇ……』


 コメントもトークン里亜が死亡するたびに盛り上がる。そういう配信動画だと分かっているからこその盛り上がりだ。


「おお、なんとも言えぬ空気……。うむ、配信とは奥が深いなあ」


 その盛り上がりを前にアトリはコメントできずにいた。むしろ死に続けて悲鳴を上げる里亜をはらはらした感じで見守っている。


『アトリ様のこんな姿始めてみるよなぁ』

『助けに行きたいけど、助けに行くと向こうチャンネルの面白み潰しちゃうもんなぁ』

『アドバイスしようとしてどうしたらいいか困ってるアトリ様カワイイ』


 そしてそんなアトリを見て花鶏チャンネルは盛り上がっていた。アトリ本人は何もしていないが、そわそわしたり口を開いては咳払いしたりで落ち着きがない。それを楽しんでいるようだ。


「谷間を突破……です! あとは再度この岩山を……ハーピーの巣が見えてるじゃないですかやだー!」


 峡谷を抜ければ、そこは岩場とハーピーの巣であった。枯れ木を組んで作った寝床に数個の卵。そして卵を温めるハーピー。気付かれればこれまで同様襲われてしまうだろう。距離にすれば数十メートルだが、ハーピーの飛行能力を考えれば一足の間合いだ。


『そりゃハーピーの巣窟だからなぁ』

『巣があるのは当然だけど、なんでそこの道を引いちゃうのかなぁ……?』

『これはムリゲーじゃない?』

『ギブアップする?』


 ハーピーの機動力と爪の鋭さはトークン里亜が繰り返し殺されて証明している。里亜も目に見える場所にあるハーピーの姿に心が折れそうになっていた。しかし引き返すのも心が折れる。


 コメントされてるように、ここで諦めてもいいのだ。トークン攻略はどれだけ失敗してもやり直しがきくのが利点だ。そして諦めても問題はない。数字は十分にとった。企業商品宣伝もクリアしている。目的は十分に達しているのだ。だが――


「行きます。刺激さえしなければ、卵を温めていることもあって襲い掛かってこないかもしれません!」


 攻略配信者の意地が里亜を奮い立たせた。そして隣に大先輩と尊敬するアトリがいることもその意地を奮い立たせる要因となっていた。


「見ていてくださいね、アトリ大先輩! 里亜の忍び足で、問題なく突破して見せます!」


「うむ。無理はせずとも良いがやる気があるなら止めはせぬ。存分に奮うがいい」


「はい!」


 アトリの言葉に頷き、トークン里亜70号は岩場を進む。ハーピーを刺激しないようにゆっくりと。ハーピーから目を離さず、その挙動を見逃すことなく。


『あまり動かない、な?』

『寝てる……か?』

『モンスターの感覚を人間のそれと同じと考えるな。バレてるかもしれないと思って行動したほうがいい』

『気づかれてるけど、小さな虫だから見逃してもらえっている?』

『取るに足らない相手だから生存できるとか、ある意味すげぇ』


 足音を立てないようにゆっくりと、口元を布で抑えて呼吸音すら漏らさずに、水の中を歩いて進むようなゆっくりとした動き。1歩進んで3秒止まり、もう1歩進もうとしてハーピーが体を揺らしたので動きを止め。


『イケてる?』

『そのまま気づくなよ』

『ゆっくり……ゆっくり……』


 コメントもその空気に飲まれたのか、慎重である。そのまま5分ほど静かで緊張感あふれる時間が流れ――


 みぎゃああああああああ!


 そんな、まるで猫の尾を踏んだかのような鳴き声が響いた。いや、ではない。事実、トークン里亜70号は岩山に潜んでいた猫の尾を踏んでしまったのだ。


「きゃあああああ! 踏んじゃってゴメン!」


『はあああああああ!?』

『なんでこんなところにネコちゃんがいるの!?』

『ねこです』

『謝ってる場合か!? ハーピーに気づかれたぞ!』

『あ――』


 里亜が足を動かしネコに謝っている間に、ハーピーは翼を広げてこちらに跳躍していた。振り返る間もなくトークン里亜は地面を転がり、最後に見た光景は頭部に向かって振り下ろされる鋭い爪――


「ふぎゃああああああああああああああああああああ!」


 顔部分を押さえてのたうち回る里亜。眼球から脳へと爪が貫通したのだろう。トークンが消えてその痛みはなくなったが、それでもその衝撃は強く残っている。荒い息をしながら、どうにか起き上がる。


「あんなの無理いいいいいいいいい! もうギブアップしましゅううううううう!」


『はい。ギブアップ宣言』

『まあ、あれは無理だわ』

『よく耐えたと思う』

『ある意味二桁死亡で収まった』

『ハーピーマジ怖いな。あのエリアには近づかんとこ』

『言葉通り身をもってダンジョンの恐怖を教えてくれる里亜ちゃんに感謝』


 配信のコメントも残念と慰める声が多数である。だが、


『あーあ、クリアならずか』

『あそこまで時間かけて、内容はうっすいなあ』

『もっと悲鳴上げてくれない?』


 などと言ったアンチな意見もそこそこ見られた。


「えへへー。申し訳ありませーん。クリアならずの残念な結果でした」


 里亜は慣れているのか、その手のコメントを笑って返す。事を荒らすことなく流す。マニュアル通りのアンチ対応。


『残念なのはお前の配信なんだよ!』

『失敗して笑って済むなんて社会は甘くないんだよ!』

『謝ればいいとか女の腐ったような考え方だな!』

『底辺無能のすぐ死ぬ配信者のくせに、へらへらしてるんじゃねぇ!』


 そして相手が謝罪したことをいいことに、アンチコメントは加速する。


『言いすぎだろ』

『アンチ乙』

『配信の趣旨を理解していないヤツは帰れ』


 そして里亜の配信を楽しみにしていた人たちのコメントに火が付いた。これは炎上になりかねないと里亜はアンチコメントしたIDをブロックする。これでコメントは消えて、炎上も免れるはずだった。


「ほほう、では厳しい社会を送ってきた貴公らが挑めばいいではないか。さぞ素晴らしい攻略ができるのだろうな」


 が、その前に油を注ぐようにアトリが言葉を放った。ぷら~なチャンネルからはブロックできたが、コラボしている花鶏チャンネルから書き込みが飛んでくる。


『こんな言葉にマジになるなよ』

『失敗して笑われるのがこのチャンネルなんだろ?』

『むしろ同接数稼げるだけラッキーと思ってほしいぜ』


「本気になるとも。里亜殿の配信は某のとは違うが、里亜殿なりに本気で挑んだものだ。


 本気で挑む行為を笑い飛ばすなど無礼千万。名を名乗り、人としての道義を示すがいい」


 煽るコメントに静かに怒るアトリ。しかしアンチコメント達はそんなアトリを嘲笑うかのように告げる。


『はあ? ドウギとかわけわかんね』

『時代遅れの侍さんにはついていけませんね』

『なんで配信でリアル名前を名乗らないといけないんだよ。馬鹿じゃないの』


「はうわ!? では今日の配信はこれまで! 次回も見てくださいね!」


 安全圏から好き放題いうアンチコメント。この状況で彼らを特定することは不可能だ。アトリが更なる言葉を発するより前に、里亜は強引に配信を打ち切った。コラボしている花鶏チャンネルも、同時に配信が終了する。


「里亜殿、あそこまで言われて――」


「不快な思いをさせて申し訳ありませんでした、アトリ大先輩!」


 何かを言おうとするアトリに、里亜は頭を下げて謝罪した。その態度に怒りの矛先を治めるアトリ。


「……里亜殿。ああいった輩にはしっかりと対処したほうがいいと思うぞ」


「アンチもコメントなんです。里亜の配信を見てくれる人たちなんです。


 里亜はアトリ様みたいに有名配信者じゃありません。刀も使えませんし、機械も扱えません。こういう方法で笑ってもらわないと、数字が取れない底辺無能の配信者なんです」


 アトリの言葉に薄く笑って答える里亜。七桁も登録者数がいるアトリと自分は違う。無敵で無双のサムライと、すぐ死ぬ弱い里亜とは違う。才能あるアトリと、無才の里亜とは数字が違う。


「あは。せっかく考えてきたコラボ企画、無駄になっちゃいましたね。


 アトリ大先輩の配信記録に里亜が足を引っ張ってしまって、申し訳ありませんでした」


 自虐めいたどこか諦めたような微笑みを浮かべ、里亜は再び頭を下げた。


「いや……。こちらこそ、すまぬ」


 その姿を前に、アトリはただそう告げることしかできなかった。

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