参:サムライガールは『ぷら~な』里亜とコラボする

「こんに里亜リア~! 『ぷら~な』チャンネル、始まりまーす!」


 ダンジョン中層に、里亜の元気な声が響いた。服装はアトリに出会った時の修道女のような学校制服ではなく、インドの民族衣装を思わせるゆったりとしたものだ。チャンネル名の『ぷら~な』がサンスクリット古代インド語であることを考えれば、当然の格好である。


『こんに里亜!』

『こんに里亜! 今日も見てるよ!』

『こんに里亜! こっちの時間は夜だけど!』


 里亜の挨拶と同時にコメントが流れる。あの挨拶はこのチャンネルでは鉄板ネタのようだ。皆慣れたように同じ挨拶を返す。そして、


『新鮮な里亜ちゃんの悲鳴を補充しに来ました!』

『どんな死に様を見せてくれるか楽しみです!』

『死なない程度に死んでください!』


 里亜のスキルを知らなければ失礼且つ意味不明なコメントも流れてくる。スキル内容を知っているアトリでも、ちょっと眉を顰めるほどである。


「ここのところ寒くなってきましたが皆さんいかがお過ごしですか? 里亜は缶コーヒーを飲みながら過ごしています。ブラックを飲んだ時のスッキリ感が最高ですね。おすすめはアクセルコーポの『ベーベ・ルナグ』です! 一本行っとく?」


 天候の話で話題を始め、自分の近況と好きな飲み物を語る。そして自社製品の宣伝と流れるようなトークである。台本通りではあるが、それを演技と感じさせないのはキャラクターと鍛錬の賜物だ。


「今日の配信は中層からです! 視聴者さんからの情報で、ハーピーの巣窟があると聞きました! 今日はそこの探索です! 無事に突破して見せますよ!」


 里亜とアトリは岩山にある洞窟のような場所に陣取り、配信していた。下草程度の植物しかない岩ばかりの道。その上空をハーピーが飛んでいるのが分かる。


『ぷら~な』チャンネルの基本的な配信は、ダンジョンの難所を里亜が突破するというものだ。その場所は毎回変わり、割合は視聴者からの情報と企業が指定した場所が半々だ。


「そしてそしてぇ! 今日は里亜の大大大大先輩! 『花鶏』チャンネルのアトリ大先輩とのコラボ配信です! 下層を無双するサムライの剣技をとくとご覧あれ! アトリ大先輩、今日はよろしくお願いします!」


「ああ、うむ。今紹介に預かったアトリだ。先輩と呼ばれるほどの存在ではないが、コラボした以上は頑張ろう」


 配信開始でようやく喋るアトリ。こらぼとは言えメイン配信は里亜。今回は客という形なので喋るのを控えていた……わけではなく、どのタイミングで口を挟めばいいのかわからなかったので無言だったのである。


『おおおおお!? マジか!』

『アトリってあれだろ? 下層をソロで進むサムライ』

『そんな人が来たんだから、中層で死ぬことなんてありえないよなー(フラグ)』

『そうそう。今回はキル数ゼロに違いないぜー(フラグ)』


 アトリとのコラボに沸くぷら~なチャンネルのコメント。何やらフラグめいたことも言っている。


『ちょっと予想外のコラボだな』

『タコやん以外のコラボって初?』

『しかも中層? まあたまにはこういうのもあり?』

『いやいやいや。中層でも油断したら普通に死ぬからな!?』

『まてまてまて。油断しなくても死ぬ。アトリ様が異常なだけだから』


 そして花鶏チャンネルのコメントは、中層という安全な場所での配信に疑問符を浮かべていた。


 そんな疑問を待ってましたとばかりに里亜は指を立てる。


「皆さんご存じの通り、アトリ大先輩は刀一本で下層を進むサムライガール! 中層などお散歩するが如きでしょう。


 しかししかしそれかできるのはアトリ大先輩だけ! あの強さが当然と思っている人も多いと思います!」


 言った後で自分の胸を叩く里亜。


「そう、中層は怖い場所! モンスターの巣窟は危険だらけ! それを理解してもらうと同時に、そんな場所を威風堂々鎧袖一触で駆け抜けるアトリ大先輩のすばらしさを知ってもらいたいのです!


 題して『すぐ死ぬ里亜と無敵のアトリ先輩の比較動画!』です! 具体的には里亜があのエリアを死にながら突破し、その後アトリ様に挑戦してもらうという形です!」


 里亜が提案したのは、里亜とアトリが順番にハーピーエリアを突破するというものだ。同時に進めばアトリの剣技で無双して終わるのでコラボの意味がない。『弱い』里亜と『強い』アトリの両方の個性を生かすやり方である。


「そういうわけなので、某は一旦待機だ。先ずは里亜殿の手腕を御覧じるとしよう」


「よろしくお願いいたします! アトリ大先輩の前で無様を晒すなんてことはしませんよ!」


 ピースサインをしてアトリの言葉に答える里亜。その姿が一瞬揺れたかと思うと、里亜が分裂するようにもう一人の里亜が出現する。これが【トークン作成】で生まれたトークンだ。


「おお、聞いてはいたが本当にそっくりだな」


「はい。いろいろ訓練しましたから。その気になれば聖歌のデュエットもできますよ」


『本物』の里亜が頷いている間、トークン里亜はヘッドホンカメラの調整をしていた。『本物』里亜が装備している者はトークンにも装備されるようである。


「ちなみに一回で複数の分身とかはできないのかの?」


「無理です。トークンの操作は私の脳で行いますから。私自身も喋ったりリアクションとったりなので多くても2体が限界。戦闘行為などの複雑な作業はもってのほかです。


 そうですね。右手でマニ車を音楽に合わせて回転させながら、左手で一定速度で般若心境を写経しているようなモノだと思ってください。1体だけでもこの状態で、2体になると聖書の朗読が加わります」


「色々考えるから不可能なのはわかったが、何故宗教絡みの例えなのだ?」


 アトリの質問に手を振って答える里亜。トークン関係で聞かれる鉄板ネタなのだろう。答え方によどみがない。


『最初は1000から7を引いていくとかだったのになぁ』

『どっちもわかりにくいのはわかった』

『その内動画編集しながらゲームやるとかになる』

『それ、俺だわ』


 そしてそんなネタに反応するぷら~な側のコメント達。そうこうしているうちにトークン里亜の準備が済んだようだ。浮遊カメラを飛ばし、本人視点と俯瞰視点の二種類が楽しめる配信である。


「では行ってきます! アトリ大先輩、見ていてくださいね!」


 トークン里亜のヘッドフォンカメラで写された者が配信で使われている。アトリは手持ちのスマホでその内容を見ていた。自分が写っていることに、ちょっと物痒い。


「ではこちらはトークンの動きを見ながら雑談タイムです!


 唐突ですが、アトリ大先輩はハーピーについてどの程度まで知っていますか?」


「そう言えばあまり相手はしたことないなぁ。どこぞの神話に出てくる半人半鳥の女性魔物としか知らぬ。不勉強ですまない」


「いえいえ、一般的な解釈はそんな所ですよ」


 質問に満足に答えられずに謝罪するアトリ。そのアトリをフォローする里亜。


「大元はギリシア神話ですね。ラテン語『ハルピュイア』の英語読みです。神話によって様々ですが、食料や人を見たら襲いかかるといった猛禽類の特徴が濃いですね」


 立石に水とはこの事か、とばかりに答える里亜。ハーピーの巣窟に向かうことが決まり、急ぎ勉強したのだろう。配信に写らない範囲にこっそりカンペを置いているのだが、アトリは知らないふりをした。


「とはいえ、ダンジョン内においてのハーピーはそう言った伝承に似てはいますが、明確に非なる存在です。魔力により空気を風防のようにして空気抵抗を軽減し、上空から一気に降下して爪で相手を摑んでそのまま誘拐するか、あるいはそのまま押さえつけて殺します。


 そう、今みたいに!」


 トークン里亜から映し出される映像は、上空から迫るハーピーの姿。上空の点だったハーピーは僅か1秒でその凶悪な表情が分かるほどに迫り、両足のかぎ爪が広がったと思うと――暗転――


「ひゃああああああああああああ!」


 暗転と同時に本物の里亜が悲鳴を上げる。【感覚共有】でトークンが感じた痛みを自身も受けているのだ。肩を押さえているところを見ると、ハーピーの画技爪が両肩を貫いたのだろう。


「おおおお、だ、だ、大丈夫か!?」


「はひぃ……! がっつり肩を貫かれて即死! 皆さん、これがハーピーの恐ろしさです!」


 顔を青ざめながら、配信スマイルでカメラに向かって指を立てる里亜。


『うわ怖えぇ!』

『アトリ様で慣れてたけど、中層の魔物って普通に怖いわ!』

『そうだよな。これが一般目線だよな』

『ガチ悲鳴でビビった。聞いてたけどマジ絶叫系だわ』

『つーか、ハーピーの速度なんなの? 早過ぎね?』


 花鶏チャンネルのコメントは、里亜の死亡と悲鳴に関する感想である。そして、


『今日の初キルゲット!』

『キルマーク1』

『よい悲鳴を頂きました!』

『里亜ちゃん、喉が枯れない程度に死んでくれ!』


 そして里亜の悲鳴に慣れているぷら~なチャンネルのコメントは、恒例イベントとばかりにコメントが流れていた。


「はい! 里亜はまだまだ負けませんよ! 視聴者の中に探索者がいたら、ハーピーの避け方などを書いていただけると幸いです。


 せっかくなので聞いてみましょう。アトリ大先輩ならあの状況だとどうしますか?」


「ふむ……ギリギリまで引き寄せて斬る……というのは普通過ぎるか?」


「それが普通にできるのはアトリ大先輩だけです。そこに痺れる憧れるぅ!


 とりあえずあの場所は開きすぎているので危険ということが分かりましたね。急ぎ突破するか、或いは近くの岩陰に身を隠しながら生きましょう!」


 里亜が言うと同時に先ほどトークン里亜が倒れた場所から少し離れたところにトークン里亜2号が発生する。位置さえ脳内にイメージできれば、離れた場所にもトークンを置くことができるのだ。


「さあ、配信は始まったばかりです! どんどん行きますよ!」


『どんどん逝きますよ(誤字にあらず)』

『13秒ももったとは……今日は長生きできるかも?』

『ダンジョンの理不尽さを身をもって(直喩)教えてくれる優しい里亜ちゃん』

『目指せトークン殺害数2桁以下!』


 里亜の配信内容を知らなければ、異質ともいえるコメント群。


「むぅ……。配信とは奥が深いものだなあ」


 リアル死に覚え攻略。そんな空気に、アトリはただそう呟くしかできなかった。

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