弐:サムライガールはすぐ死ぬ系配信者を知る

「おねがいします! アトリ大先輩の刀で私を斬ってください!」


 両手を組んで祈りのポーズをして、その宗教系制服を着た少女はアトリに嘆願する。


「ちょ、ちょっと待たれい。いや落ち着いてくれ。ええと……これは何かのドッキリ配信とかか?」


「いいえ。配信はしていません。大先輩に向けて不意打ち配信するような失礼な真似はできません!」


「いや、十分不意打ちなのだが……」


 さすがのアトリも初見で斬ってくださいと言われたのは初めてである。確かに日本刀を持ってはいる(探索者許可書に武器所持許可が含まれる)が、こんなところで抜くわけにはいかない。


「そもそも大先輩とは如何なる事か? 某と貴方とは学び舎は違うように思えるが」


 アトリの通う学校の制服はブレザー制服だ。修道女を思わせるような制服ではない。そういうコスプレをしている可能性もあるが、制服の年季と着こなしからそれはないだろうというのはわかる。


「大先輩は大先輩です! チャンネル登録数120万人超え! ソロ探索配信ぶっちぎりの大先輩です! ああ、私も早くその領域に達したい……」


 恍惚とした目でアトリを見る少女。好意を向けられアトリは困惑し、何を聞けばいいのかわからなくなって、タコやんに助けを求めるように目を向ける。タコやんはピザをもぐもぐ噛んで飲み込み、ため息をつくようにその視線に応じる。


「あー。自分、『ぷら~な』チャンネルの里亜リアやろ?」


「え? あ、ああ!? そう言えば名乗ってませんでしたね、失礼しました!


 初めまして、アトリ大先輩! 私はアクセルコーポ所属の配信者『ぷら~な』里亜リア。お気軽に里亜とお呼びください!」


 タコやんに指摘されて自己紹介をする修道女風の少女――里亜。手を前に回し、深々と頭を下げた。


「おお、これは丁寧に。某は……企業に属していない風来坊のアトリだ。戦う事しかできぬ者だが、これからもよろしく頼むぞ、里亜殿」


「いきなり斬ってください発言は丁寧なんか?」


「まあその。それはなかったことにしたいというか」


 頭を下げる里亜に同じように頭を下げるアトリ。タコやんが半眼でツッコミを入れるが、アトリは困ったようにそう返す。しかし、


「ああ、そうです! その話ですよ、大先輩! 七桁チャンネルの剣技で里亜を斬ってください!」


 里亜は忘れるわけありませんとばかりに話を蒸し返す。アトリは困ったような顔をして、再びタコやんを見た。


「ええやん。斬れ、言うんやから斬ったったら」


 しかしタコやんから帰ってきた言葉は無情な一言だった。


「いやさすがにそういうわけには。確かに隙だらけで斬ろうと思えばいつでも斬れるし、ダンジョン殿を斬った時の感覚は未だにあるので人体を斬るのはちょっと興味はあるのだが」


「興味あるんかい」


 冷静に聞くと酷い発言をするアトリ。しかし積極的に斬ろうとは思わない。帯刀許可こそあるがそれはあくまで『ダンジョンで使用する武器を携帯する許可』であって、ダンジョン外で抜けば銃刀法違反になる。もっともそれを取り締まるDPUがアトリに実力で勝てるとは思えないが。


「問題ないで。ソイツの持ってるスキルは【トークン作成】や」


「とーくん?」


「この場合は『代替』の意味やな。要するに、ソイツは自分そっくりの分身を作り出すことができるんや」


「はい。その分身でダンジョンを進んでいくのが私の配信スタイルなんです!」


【トークン作成】……スキル使用者と同じ姿を持つ分身を作り出すスキルである。肉体強度は脆く強いショックを受けると霧散してしまうので、役に立たない弱スキル扱いであった。


 しかし里亜の配信はその『脆いトークン』だからこそ成立しているという。


「アトリ先輩のように刀でトラップや魔物を斬って進むのではなく、攻撃されたら消えてしまうトークンだからこそのドキドキハラハラ感。


 それを楽しんでもらうのが私のチャンネルの当初の流れでした!」


 たとえるなら、ホラーゲーム配信のようなモノだ。圧倒的な強者から如何に逃げ切るか。凶悪なトラップを如何に回避するか。絶望的な状況をいかに突破するか。それが『ぷら~な』チャンネルの目玉……だったのだが。


「ほほう。機知で難所を突破する。何とも素晴らしい事ではないか」


「でもダンジョンはそんなに甘くなくてな。ホラゲみたいに『どこかに抜け道がある』とか『攻略法が存在する』とかばかりやあらへん。むしろ気づいたら詰みのことばかりや」


「はい。なので私のチャンネルは『すぐ死ぬ』系になりました。『絶叫系』とか『やられ声系』とかそんな感じです!」


 出会い頭の罠に潰されて絶叫し、モンスターの不意打ちを食らって叫びながら逃げまどう。その様を魅せて楽しませるコンテンツになってしまったのだ。


「むぅ。それは――何とも無情よの」


 検索してショート動画を見たアトリは、その内容に何とも言えない顔をした。目の前で元気に喋っている少女がダンジョン内で突然の罠に絶叫し、モンスターに追われて必死に逃げる。


 トークンという分身なので血なまぐさくはなく、里亜のフォローも入りどこかコミカルな配信内容だ。ただ、本人を前にしてなんと言えばいいのかわからない。笑っていいやら慰めたほうがいいのか。


「あ、気にしなくていいですよ。むしろそちらの方が数字が取れるので開き直って方向性をシフトしましたので!


【感覚共有】でトークンと感覚を共有できるようにしたので、痛みも疲労も同調できてリアルな悲鳴と絶叫を上げれますので!」


【感覚共有】……それ単体では役に立たないが、使い魔やゴーレム、トークンと言った使役系スキルと併用することで使役している者が、見て聞いて感じたことをリアルタイムで感じることができるスキルだ。痛みもリアルに感じるが、当人の体は無傷である。


「あのリアルな絶叫はそういうカラクリか。トークン配信やのにリアリティ高過ぎやろ、って思ったわ」


「おかげでどうにか登録者数24000人です! タコやん先輩に手が届きそうですよ! 追い抜いて先輩呼びさせて見せます!」


 呆れたように言うタコやんに、里亜はガッツポーズを取る。チャンネル登録者数の多い方が先輩えらい。そんな価値観のようだ。それに気づいたタコやんは好きにしろとばかりに手を振った。


「つまらん価値観やな。登録者数は競うもんやあらへんで」


「アトリ大先輩に抱っこされてチャンネル数稼いだ人の言うセリフではありませんね。数は正義なんです!」


「それ言われると黙るしかないなぁ。まあ好きにし。先輩呼びはせぇへんけど」


 バチバチと睨み合う里亜とタコやん……どちらかというと里亜に絡まれてウザったそうにしているタコやん。その様子をどうしたものかとアトリは見ていた。どうにかしたいが、気のきいたセリフなど浮かびやしない。


「と、とりあえず里亜殿。座って話をしないか? ここはふぁみれす。食事をして歓談をするところだ。立ったままでは疲れるだろう?」


「いいえ、結構です。チャンネル登録者数5桁程度の私がアトリ大先輩と同席するなど不遜です。100万人を超えて初めて、ご同席させていただきます。


 私は身の程をわきまえないエクシオンの無礼者とは違うのです」


「礼節語るなら、自己紹介無しでいきなり斬ってくださいいうのは無礼なんちゃうか? トークンの出し過ぎで何でもかんでも特攻すればええとか脳筋攻略の極みやで」


 再び睨み合う里亜とタコやん。アトリは一瞬迷ってタコやんに言葉を告げる。


「タコやんが礼節を言うのはどうなのかと思うが。あの出会い頭のインネン付けは今思えば酷い発言だったぞ」


「それはそれ、これはこれや!」


 アトリの言葉にツッコミを入れながら、タコやんは里亜に言葉を続ける。


「話を戻すけど、その斬ってほしい発言もアトリにおんぶ抱っこされたいって事やろが。トークンを斬らせて、その痛みで絶叫するとかそんなコラボか?」


「ええ。今を時めくアトリ大先輩。それに斬られるなんてまずできる経験ではありません。数多のトラップに殺され魔物に雑に扱われてきましたが、アトリ大先輩の刀技は……なんというか美しいんです!」


 どこか恍惚とした表情で顔を赤らめる里亜。神に祈るように、両手を合わせていた。


「吊り天井の圧倒的な圧力とは違う。迫る壁の徐々に追い込まれる恐怖感とは違う。アロートラップのような冷たい攻撃とは違う。落とし穴のような重力を利用した痛みとは違う。火炎放射系の熱量とは違う。回転のこぎりや振り子ギロチンのような意思のない一撃とは違う。爆発系のような大味な罠とは違う。水牢のような作って放置という雑さとは違う。ガス系のような気が付くと動けなくなってるものとは違う。


 ゴブリンのような数の暴力による卑劣さとは違う。オーガのような粗暴な一撃とは違う。ゴーレムのような機械的な動きとは違う。アンデッド系みたいな恨みを持つ一撃とは違う。メデューサ系のような魔眼の理不尽さとは違う。スライム系のようなドロドロヌルヌルした気持ち悪さとは違う。獣系のような気づいたらやられていたそれとどこか似ている鋭く無駄なく研ぎ澄まされた動きなのです!」


「お……おう」


「そのやられ方を【感覚共有】が感じてるんやから、大したもんやな」


 自分のやられる様を赤らんだ顔で――それこそ好きな人に触れられているような恍惚とした顔で語る里亜に、これ深くツッコんだら駄目なんじゃないのかと危機を感じるアトリとタコやん。


「アトリ大先輩の攻撃はそう言った者とは違い、実に精練されているんです! 何度も何度も解析配信を見ました! あの一撃を! あの一閃を! 私の体で受けてみたい! あの美しい斬撃が産む想像すらできない痛み! それを感じてみたいんです!


 そしてそれを私の配信で流し、皆さんに知ってほしいんです!」


 キラキラと羨望の目で語る里亜。その表情はとても『そういうキャラを演じている』というふうには見えなかった。そうだったらよかったのになぁ、とタコやんは残念な目で里亜を見る。


「アトリチャンにおんぶ抱っこして配信数稼ぐよりも、その感覚を知りたいっていうのが主題なんか」


「当たり前じゃないですか! 確かにチャンネル数は増やしたいですけど、それはそれです!」


「そっかぁ……。それはまあ、うん。多様性ってそういうのも認める事やもんなぁ」


 何が当たり前なのか、というツッコミをタコやんはかろうじて堪えた。無礼な絡まれ方をした相手だが、それを黙るだけの慈悲は残っていたようだ。


「その、なんだ。その話は断らせてもらおう」


 そしてアトリは里亜のキャラクターとスキル内容を十分に理解したうえで、拒絶の意を示した。


「なんでですか、アトリ大先輩!?」


「いやちょっと怖いし」


「はい。未知なる場所への挑戦は誰だって怖いでしょう。ですが挑むことの重要性は下層を探索するアトリ大先輩なら理解できると思います!」


「そういう問題やないとおもうけどなぁ」


「おだまりくださいタコやん先輩。


 つまり、里亜に対する不安がぬぐえない。初見の里亜を信用できないとそういう事ですね」


 そういう問題でもないが、里亜が不安なのは確かである。この子、性格とか性癖的に本当に大丈夫なのかなぁ? という不安だが。


「ならば信用を得るために頑張る所存です!


 具体的には、里亜とコラボしましょう! 『サムライ無双系×絶叫系』! 新たなジャンルの誕生です!」


「え。お、おう。わかった」


 勢いに押されるままに、アトリは頷いていた。頷いてからこれどうしようという顔でタコやんを見る。


「自分、押しに弱いのは直したほうがええで」


「繰り返すが、タコやんがそれを言うのはどうなのだ?」


 こうして花鶏チャンネルとぷら~なチャンネルのコラボ配信が決まったのであった。

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