壱:サムライガールはファミレスで駄弁る

「自分、アレはないわ」


 七海アトリは目の前にいる人物に指さされ、ド直球に否定された。


 場所はダンジョン外のファミレス。土曜の昼下がりに『たまには一緒に茶しばかへん?』とメッセージを貰い、アトリも特に用事はないので出向いた次第である。その際、呼び出された人物にそう言われたのだ。


「お、おう。どこがナシなのだ、タコやん」


 ストレートな意見に鼻白みながら、アトリは真正面に座ってフライドポテトをパクパク食べている友人に問い直した。その後で食べかけていたうどんを食べきる。


 タコやん。


 ダンジョン三大企業『エクシオン・ダイナミクス』所属の配信者だ。機械工学に長け、背中に背負った機械から8本のアーム(タコやんやそのチャンネル常連者は『足』と呼ぶ)を用いて、戦闘・索敵・探索・採掘・罠解除などなど多彩な事を行う万能系配信者である。


 アトリとは色々騒動があって配信者の友人と言える関係になり、その立場からの意見である。


「封印された魔人とそれに一矢報いようとするゾウさんがおるんやから、共闘するなり詳しい話を聞くなりせぇへんとドラマが生まれへんやろうが! 強いヤツ見つけたら即戦いに行くとかそれはどうなんや?」


「待たれいタコやん。あの魔人は恐るべき強さだった。仮にあの像が命を賭して戦ったとしても、一矢どころか傷一つつけれなかっただろう。共闘したとしても言葉通り瞬殺されていたに違いない」


「そういう現実的な強さの話はどうでもええねん! ウチ等は配信者やねんから、多少の噓交えてでも見てる人を盛り上げへんとあかんのや! まあ、アンタにそんなトーク能力を求めるつもりはないけど、それでもや!」


 タコやんはフライドポテトでアトリの顔を指し、びしっと告げる。アトリの口下手……というよりは配信向きではない性格は十分に理解している。強い相手と戦う以外に興味はなく、昨今の流行にも乏しい。機械関係もろくに扱えず、撮影機器も宝の持ち腐れだ。


「カメラキャリブレーションどころかレンズの違いも分からへんし、マイクもデフォルト設定のまま。追尾のピントも甘々やし、そもそも本人視点のカメラで胸スマホはないやろ! もうちょい小型で高性能のカメラ買えるんちゃうんか!?」


「タコやんが何を言っているのかさっぱりだが、機械に関しての不得手を責めているのはわかるぞ」


「せやな。アンタにまともな配信内容を求めるのが間違ってたわ」


 朗らかに笑うアトリを前に、ため息をポテトと一緒に飲み込むタコやん。


「実際、そんな素人同然の撮影技術でもあそこまで人気が出るんやからヤボやわな。ほぼ毎日レベルで下層探索の配信するヤツなんか、アンタぐらいやわ」


「そうか? 他の配信者も下層に入っているのだろう? 何度か下層ですれ違ったことがあるぞ」


 注文タブレットに手を伸ばすタコやんに、アトリは首をかしげる。


 下層は広く難所ばかりだが、アトリだけが探索しているわけではない。アトリよりも前に下層に入った者達も沢山いる。実際、アトリの姉も下層の配信を行っていたのだ。


「下層に行く探索者自体は確かにおるわ。実際、各企業に2か3組は下層探索パーティがおるいう話やからな。


 でもそういう奴らは配信はせぇへん。余裕ないし、死ぬ所撮られるかもしれへんからな」


 タブレットをタッチしながらタコやんが答える。下層探索者はゼロではないが、そう言ったパーティが配信をする際は、注意を重ねる。もしその配信内で死亡した場合、企業にとっても虎の子のパーティを失ったとイメージダウンになりかねないのだ。


「あとはまあ……秘匿主義やな」


「ひとく?」


「自分の手の内は晒さへん、言うヤツや。情報戦においてカードの内容が分からへんのは有利に立てる。カードの一枚がバレてれば役が推測されて、それだけ対策も取られて不利になる。そんな感じか?」


「わからんな。そ奴らは何と戦うことを想定しているのだ? ダンジョンの魔物達が配信を見て対策を立ててくると考えているのか?」


 ますますわからないと眉を顰めるアトリ。タコやんはもったいぶるようにポテトを口にして、それを飲み込んだ後に答えた。


「人間や」


「にんげん?」


「正確に言えば、他の企業やな。三大企業は協力してダンジョン開発しているけど、お互い出し抜こうとしているのも事実や。露骨に殴ってくるようなバーサーカーやないけど、足ひっぱれる機会があるなら遠慮せぇへんのや。


 ま、ウチの足はたくさんあるから引っ張り放題やで、タコだけに。ま、うちの足引っ張ってもなんも出ぇへんけどな」


 言ってへっへっへ、と笑うタコやん。どこか自嘲めいたセリフ吐きながら、注文を終えたタブレットを元に戻す。コーラーを口にし、炭酸の感覚に酔いしれた。


「わからんな」


「まあ、アンタにはわからん範疇や。腹の探り合いなんて出来へんやろうからな」


「いやそちらではなく。確かにそう言った腹芸はできないが」


 アトリは注文するためにタブレットを手にして、何度かタッチして眉を顰める。欲しいものがどこにあるのか探しているのか、何度かホーム画面に戻っているようだ。


「何がわからへんねん? まさかとは思うけど、タブレットの使い方か?」


「流石にこれぐらいは……多分大丈夫なはずだ。すまほの延長だからな、うむ」


 本当に大丈夫かが不安になる返答である。タコやんは呆れたように肩をすくめた。


「わからないのはタコやんを引っ張っても何も出ないという事だ。それだけの機械を扱い、知識も十分あり、話術もできる。なんでもできるではないか。


 多才ともいえるタコやんなら、それこそ引っ張りだこなのではないか?」


 アトリの言葉に、タコやんは小さく体を震わせた。小さく口を開け、良く回る舌を止めて1秒ほど沈黙した。


「……あー。自分、上手いこと言ったつもりか? 引っ張りだことか」


「え? ……えーと、ああ、そういう。いやそういうつもりはなく」


 タコやんと引っ張りだこをかけたのか、と言われたのに気づくのに4秒ほどかかるアトリ。実際、そんなつもりはなかった。


「いやまあ、そうか。そういうネタもありだな。よし、今度コラボするときに使ってみよう」


「やめとき。アンタ、そういうの滑るタイプやから。天然ボケの方がまだキャラとしてウケるわ」


 ポン、と手を叩くアトリに手を振って否定するタコやん。タコやんの指摘は正しく、トークの為にボケようとするアトリは『今からボケるぞ!』と予備動作が見え見えなので面白くないのだ。


「それにアンタとのコラボはもういっぱいいっぱいなんや。しばらくはナシで」


 注文したピザを受け取り、口にするタコやん。チーズが熱いが、これぐらいなら食べられると一気に口にした。


「むぅ、何ゆえか? まさかこの前のコラボの際にファンガストロールとやらかしたことをまだ怒っているのか?」


「ホンマにあり得へんわ。なんで材木取るだけのコラボ企画であんなバケモノに出会うねん。エリア中がキノコまみれで胞子で呼吸もろくに出来へんで、挙句に全身キノコまみれの馬鹿でかい巨人に襲われるわ。


 ウチの新作ガジェットの披露会どころやなかったわ」


 理由を問うアトリに苦い顔をするタコやん。あの時は本当に酷かった。下見も十分にして、安全に安全を重ねた上でのコラボ企画。サムライの剣技と機械による伐採を比べるという流れにしたかったのだが、樹木あふれるエリアはキノコに汚染されていたのだ。


(いや、それはええねん。ムカついたけど数字は取れた。ハプニングぐらいはいつでもリカバリーできる。キノコまみれなのはどうでもええねん)


 口にしたマッシュルームの味に一瞬戸惑うが、食材に罪はないと飲み込むタコやん。キノコの食感が口の中に広がる。美味い。


(問題なのは、撮れた数字が馬鹿でか過ぎたって事や。正確に言えば、このサムライガールとコラボしたから数字がデカくなったって事や。


『アトリのツッコミ役』とか『寄生虫』とか『コラボやってるときだけ万バズする』とか言われるからなぁ……)


 タコやんのチャンネル『D-TAKO』の視聴者数は、配信者全体から見れば中堅を脱したぐらいだ。アトリに絡んでコラボした時に一気に跳ね上がり、それでタコやんを知ってもらって固定客をつかみ、登録者数30000人に手が届いたのだ。


『D-TAKO』のチャンネル内容は多岐にわたる。タコやんもソロ活動をするが、アトリを誘ったように他チャンネルとのコラボなどで複数名でダンジョン配信を行う。戦闘であったり、ダンジョン各所撮影であったり、罠解除指南だったり、採掘伐採だったり。それらをトークと新ガジェットで演出して行うのだ。


『どこにでも足を出すD-TAKOチャンネル』……そんな触れ込みでアレコレやっている。視聴者を飽きさせない工夫も凝らし、タコやん自身のキャラクターもあってウケはいい。


 だがそこに『戦闘一点特化の花鶏チャンネル』が現れたのだ。その圧倒的な戦闘配信で一気に人気を獲得し、企業配信者でも叶わないほどの人気を獲得している。その様子を、バズった時からずっと見ているのだ。


 人気を抜かれたこと自体は、実はどうでもいい。流行バズりは世の常だ。一発当ててそのまま突き抜けるか、あるいはその一発で終わるか。それは当人の努力次第。実際、タコやんはその流れを利用した。


 問題は、ことである。


『アトリってサムライ凄くない!?』

『まさに戦闘の天才。修羅羅刹っていう奴だね』

『戦闘のだけでバズるほどの才能だよな』

『コラボしてるタコやんは――』

『何でもできるけど、それだけだよな――』

『なんていうか――』


「器用貧乏、か。きっついなあ」


「? どうしたのだ、いきなり?」


「なんでもあらへん。とにかくコラボはないって事や。だいたい下層になんかよう行かんわ。ウチの実力じゃ、即退場やで」


 手を振って話を終わらせようとするタコやん。アトリは『そんなことはないと思うが』……と言おうと口を開いた瞬間、


「あ、あの! すみません!


 そこの方、花鶏チャンネルのアトリ大先輩ですね!」


 いきなり声をかけられて、アトリとタコやんはそちらの方を見た。黒を基調とした学生服だ。宗教系の学校なのだろう。胸元には銀色のネックレスに聖印のようなものがついている。制服を見る限りはアトリの通っている学校ではないので、先輩呼ばわりされるのは疑問符である。


「あ、うむ。そうだが」


 アトリも配信で有名になったこともあり、街中やこういう店で声をかけられることも珍しくない。迷惑ではあるが、無下にするほどアトリも高慢ではない。


「おねがいします! アトリ大先輩の刀で私を斬ってください!」


「お、おう!?」


 ――ただこんなことを言われるのは初めてなので、さすがのアトリもドン引く様にのけぞっていた。

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