序:サムライガールは下層を進む
<ダンジョン>騒動から一か月。七海アトリの復帰宣言から二週間が経過した。
「うむ。では今日もダンジョン下層に挑むとしよう」
ここ最近のアトリのダンジョン配信は、下層攻略ばかりだった。
中層よりも罠も魔物の強さも凶悪になる下層。現在、下層の配信を行う配信者は十にも満たない。慎重に調査と準備を重ね、それでも命を落としかねないエリア。
そこを毎日と言っていいペースで配信しているのである。
『YAAAAA! サムライガールの配信だあああああああ!』
『待ってました!』
『今日はどんな配信になるか楽しみだぜ!』
『いつもの本人視点で楽しませてもらいます!』
そんな花鶏チャンネルの人気は右肩上がりである。これまでは企業のトップクラスしか生きて帰れないとされていたダンジョン下層エリア。そこを企業の支援なく
「うむ、皆の挨拶が追いきれないが、多くの者が見てくれることに嬉しく思う。口下手で戦う所しか見せられない配信なのに、飽きずに見てもらえるのは感謝の極みだ」
脳内に流れるコメントに言葉を返すアトリ。実際、アトリの配信はトークはほぼ皆無の戦闘オンリー配信だ。圧倒的な刀の技量でダンジョンを突き進む。基本コンセプトはそれ……というよりはアトリのキャラ的にそれ以外は無理なのだ。
『口下手でも構いません!』
『そのキャラがいい!』
『むしろ俺達はアンタの戦闘を見に来ているんだ!』
しかしアトリの配信を見に来ている者達は、そんなアトリだからこそ見に来ているのだ。他に類を見ない戦闘技量を魅せるチャンネル。その動きは生配信では何が起きたか理解できるものがおらず、映像を解析してようやくわかるレベル。しかもそれを誰かが真似することなどまず無理なレベルだ。
『うむ、下層の敵をばっさばっさと斬る様は爽快だ』
『問題は誰も参考にできない事だけどな!』
『だなぁ。あの動きを再現しろというのは無理すぎる』
『フェイクを疑われるのも無理ないわ』
当初、アトリの配信はあまりの技術によりフェイク動画扱いされていた。交差しながら人間大モンスターを切り捨て、4mほどの巨大なゴーレムを腕を走って登り、上から切り伏せる。複数パーティでどうにか攻略できるボスレベルを単独で切り伏せる。そんなの誰が本当だと思うのか。
『どんな敵でも切り伏せるその技量に惚れたんだ!』
『っていうか、下層の強さを切り捨てるってだけでもドラマだろうが!』
『うむ、それだけで面白い! そのまま突き進んでくれ!』
固定ファンはアトリの戦いを見に来ているのだ。
「うむ。ではその期待に沿うとしよう。未だ姉上に届かぬ技量だが、失望させない程度に励むつもりなので宜しく」
浮遊カメラに一礼して、転送門に入る。軽い浮遊感の後に目の前に広がるのは、木造の船。普通の船と違うのは、巨大な翼が船の脇腹から生えていることだ。船自体は竜骨から真っ二つに割れており、動くことはない。
そして破壊された飛行船が青い空間の中に複数浮かんでいるのが見える。重力はあるのだが、船が下に落ちる気配はない。そして下を見ても底は見えず、空を飛ばない限り落ちれば元に戻れないのは誰の目にも明らかだ。
『飛行船の墓場だな』
『そっか。前の配信ではここで飛行巨大イカと切り結んだんだっけか』
『八艘飛びをリアルで見ることになろうとは思いもしなかったぜ』
『少年皇帝の幽霊は成仏できたのかな?』
『動く鎧騎士の忠誠心に敬礼!』
コメントは前回の配信の感想であふれていた。下層探索中に足場のないエリアにたどり着き、そこで少年の幽霊に頼まれて34本の足を持つ空飛ぶ巨大イカ(大きさ20m)と戦ったのだ。足の一つ一つが意思を持つかのように動き、また複数足を使用した多重積層構造魔法陣による魔術を行使し――
「うむ、未知の呪いを使う難敵であった。思い起こすだけで胸が躍ってきたな。平衡感覚を失い、精神を封鎖するとは実に素晴らしい。精神を鍛えてなければ、そのまま魂の牢獄とやらに囚われていたところだったな。
いやはや下層の魔物は恐るべしだ。惜しむべくは魔石が虚空に落ちていったことだな」
そしてアトリはそれに勝利した。尽き果てた飛巨大イカは霧散して魔石になったが、空中にいたこともあってそのまま魔石は下に落ちていったのだ。
その後、少年の幽霊がこの船団を率いた国の皇帝でお礼に聖剣を授けると言ったが、『某、西洋剣は不得手ゆえ』という理由で断りコメントで総スカンを食らったのだがそれはそれである。
『姉上の西洋剣の扱いを見たら、とても真似などできるモノではなくてなぁ。気が付いたら剣を突きつけられて、もう何がなんやらだったのだ』
『刀使うんだから剣も似たようなモノだろ!』というコメントに対し、頬を掻きながらアトリが答えたのはそんな言葉だ。相対して1秒後、手品を見ているかのように刀を押さえられて剣が突きつけられているのだ。なにがおきたのか理解すらできなかった。
閑話休題。前回の配信では船の中に在った転送門を使って帰還したのだ。船の中に石柱があるのはシュールだが、もはや誰もツッコまないほどによくあることだ。博物館めいたエリアのトイレに門があった時は、さすがのアトリも言葉がなかった。
その場所を記録し、そこからダンジョン配信開始である。アトリは飛行船の残骸を跳躍して進み、『陸地』らしい場所を見つけてそこに到達する。
「あいや待たれい!」
そこには大きさ5mほどの巨大な象の像があった。
誤字ではなく、ゾウをモチーフにした金属の像だ。インドのガネーシャを思わせるゾウの頭を持つ人型の像。複数ある腕には斧や独鈷所のような武具を持ち、太い足で地面を踏みしめてアトリを見下ろしている。
『ガネーシャか?』
『チャウグナー=フォーン?』
『そういうゴーレムっぽいな』
コメントの多くは立ちふさがった相手の特定であふれる。アトリはそれを意識しながら相手に問いかける。
「ふむ、某に何用か?」
「ここより先は我が世界を破滅に追いやった魔人が封印されし場所。
しかしその封印はもはや風前の灯火だ。その身惜しければ立ち去るがいい!」
武器を持っていない手を突き出し、制止のポーズをするゾウゴーレム。
『あー、そういう世界と繋がってるのか』
『どういう事?』
『ダンジョンて多重世界を取り込んでるって説があるのよ。パラレルワールドとか異世界とかそんな感じ』
『異世界転生ならざる、異世界が転生してきたってか』
先の<ダンジョン>騒動から、ダンジョンには様々な考察が生まれていた。よくわからない上位存在の意志がこの世界を飲み込もうとした。飲み込まれた世界がダンジョン内のエリアになっている。そんな説だ。
『企業はこぞって否定しているけどな』
これらの考察をダンジョン三大企業は黙殺している。取るに足らない戯言という態度だ。それがこの考察の正しさを示しているのだ、と息巻いている者もいれば確かに与太話だと肩をすくめる者もいる。
「ふむ、警告痛み入る」
ゾウゴーレムの言葉に、頷くアトリ。
「これより我が神力を暴走させ、魔人に一矢報いる。しかし奴に致命傷を与えるには至らないだろう。危険ゆえ遠くに離れて――」
「ところで――」
決死の覚悟を示すゾウゴーレムに、空気を読まずに質問するアトリ。
「その魔人は強いのだな」
『あ。』
『スイッチはいった』
『やべえ』
そしてその声色とこれまでの経験から、この先何が起きるかを悟った常連達。
『へ? なんなの?』
『ああ、逃げずにガネーシャさんと共闘するのか。さすがサムライガール!』
『義を見てせざるは勇無きなり! さすがサムライ!』
『インドと日本の共闘だ!』
これは花鶏チャンネル初見もしくはまだ歴の浅い同接者のコメントだ。これから始まるだろう共闘に心を躍らせ、手に汗を握っている。今のうちにトイレに行ったり、飲み物とお菓子を用意し始める。
『だったらよかったんですけどねー(棒読み』
『逃げないのは間違ってないよな』
『あ、画面から目を離すなよ』
そんなコメントが流れるのとほぼ同じタイミングで、
「ならば斬らせてもらおう」
唇を笑みに変えたアトリが、ゾウゴーレムの横を抜けて走り出す。魔人が発しているだろう肌を震わせる鋭い殺気。それに向かって岩肌の大地を駆けて進んでいく。
侵入者防止用のトラップなのだろう。壁から槍が迫り、天井そのものが落ちてくる。壁がスライドして防壁となり、紋様が蠢き光線を放つ。小さなヘビが降り注いで襲い掛かり、油がバランスを崩す。
アトリはそれらを一瞥し、刀を振るい回避する。切り裂き、乗り越え、飛び越え、滑りこみ――足を止めずに殺気迸る方向に進む。進むたびにアトリの笑みと日本刀は鋭くなっていく。
「ここか」
4割綻んでいる紋様を切り裂いた。概念的な存在である『神力』を物理的な刀で切り裂き、その中にいる影のような人型と相対する。
「魔人殿とお見受けするが、相違ないな」
「クハハハハハ! いずれ破れる封印だが、自ら解放するとは愚かだな。しかも63の浮遊都市を堕としたギャロキャバァの名を知らぬとは!
いいだろう、その愚かさを魂に刻んでやる!」
「うむ、いざ尋常に勝負!」
魔人ギャロキャバァの腕と、アトリの刀が交差する。ぶつかったと思ったら魔人は3mほど後ろに下がり腕を振るって衝撃波を放ち、アトリは円を描くように足を運んですぐに肉薄する。
『なになになになに!? なんでいきなり戦ってるの!?』
『動き速すぎ! 何が起きてるの!?』
『え? 共闘するんじゃないの!? って言うかトイレ行ってる間に何が起きたの!?』
『浮遊カメラが追いきれてないとかどんだけ! 魔人もアトリさんも何がどうなってるの!?』
『こういう時って『世界を守る!』とか『正義の刃ここにあり!』とかいろいろ語ったりするんじゃないの? なんでそういうの無しで戦ってるのさ!』
困惑するコメント群。半分が唐突な展開に驚き、半分が戦闘の動きが追いきれないというものだ。
『いや、アトリ様に強い敵がいるって言えばこうなるのは自明の理だよなぁ』
『天然バーサーカーだもんなぁ。話とか関係ないよ』
『アトリ様にそんな気のきいたセリフを期待しちゃいかん』
『戦闘が見えない雑魚視点を楽しむ。それがこのチャンネルの醍醐味だ』
『すでに解析班は動いている。10分ぐらいすればスロー動画が上がるぞ』
『一応言うと、アトリ様の浮遊カメラはアクセルコーポの最新モデルで、それでも追いきれない戦闘だからな』
『タコやんのカメラワークが如何に優れていたかってことだよな』
そして花鶏チャンネルに慣れた常連は、『いつものことだ』とばかりに落ち着いていた。アトリのセリフと微笑みを見た瞬間にスタンバイし、ここが最大の盛り上がりだと腰を据えたのだ。
「瞬時に数歩分の空間を渡り、肉体の硬度を自在に変更できる。近距離から遠距離まで対応可能な形状変化。そして純粋な戦闘能力! 成程、見事!」
「バ、バカな!? このギャロキャバァが防戦に回っている、だと!? こんな金属の棒切れごときに……! 空間転移しても斬られるなど、初めてだ……!」
「さあ、その程度か? いいや、まだまだ奥があると見た。さあ、その力を某の前に見せるがいい!」
「ふ……! まさか矮小なモノ如きに本気を出さざるをえんとはなぁ!」
「そうでなくては面白くない。某も興が乗ってきたぞ!」
魔人ギャロキャバァとアトリの戦いは、この後2時間ほど続く。巨大化したギャロキャバァに対してその体を舞台にアトリが飛び回り、無数の流星とばかりの攻撃を切り裂いて反撃し、世界を砕く魔術を精神を集中させて切り裂いて――
「……ふ。まさかこのギャロキャバァが戦いで満足する日がこようとは、な……」
アトリの刀を胸に受け、魔人は光の粒子となって消え去った。ダンジョンの法則に従い、消えた後には魔石だけが残る。
「良き戦いであった。この戦い、某のよき糧になるだろう」
アトリは魔石に向かい一礼し、その後にコメントがサムライガールの勝利を讃えた。
――とまあ、これが最近の花鶏チャンネルの流れである。
戦闘を魅せる右肩上がりの下層探索チャンネルだが、人気が出ればそれに応じて反発する者もあらわれる。人気者を叩くことに快楽を覚える者は多い。
『戦ってばかりで面白くない』
『女なんだからもう少し色気だせ』
『トークがないからキャラが甘い』
『早く深層に行けよ』
アンチはどんな場所にでも湧くのである。
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