弐拾:サムライガールは迷惑配信者に礼を言う

「………は?」


 お腹を殴打して地面に転がるしろふぁんは、アトリの言葉にそう答えた。痛みでろくに喋れないこともあるが、あまりのことに何を問い返せばいいのかわからない。


(は? 普通の刀? 下層のレアアイテムでも妖刀でもないってことか?)


「あの……本当です、しろふぁんの旦那。【鑑定】しましたけど、ただの刀です。1万EMぐらいの……その鞘もそんな感じです」


 刀を手にガエシが呟く。無敵の強さを持てるレアアイテム。売ればいくらになるかと下心を出して価値を調べたら、その結果が出たのである。


『しろふぁんざまああああああwwwwwwwwww』

『うわ、あれだけドヤ顔してたのにこれかよ!』

『笑えるwwwwwwww』

『まあアトリ様の本人視点で見てたから無事なのはわかってましたがねww』

『いや、結構怖かったぞ。100近い【魔弾】が追尾してくるんだから! 軽く絶望したわ』

『弾幕を鞘一本で的確に弾いていくのを見た時は、マジでゾクリとしましたが』

『しろふぁんに襲われるとこうなるってのはわかった。それは認めんとな』

『企業からの援護射撃乙だが、この結果はもうどうしようもなかろう』

『ドヤ顔説明からの一撃殴打。即オチ2コマ現実版』

『新たなネットミームの登場の瞬間を見た』

『【悲報】ドヤ顔しろふぁん、一撃でやられる』

『【悲報】対策メタ張っても勝てなかった(メタれてなかった)』

『しかも相手は手加減していた模様』

『先日の様式美の話がなかったら、秒で決着ついてたんじゃないか? これ?』

『ああ、タコやんとの会話でそんなこと言ってたなぁ』


 コメントもお祭りムードである。アトリの胸ポケットにあるスマホ撮影画面から見ていた者達はアトリの無事を知っていたが、それでも迫る弾幕を前に恐怖していており、コメントできなかったのだ。


「ふ……ふざけるな! なんでだ……じゃあなんでそんなデタラメな力があるんだ!


 スキルシステムを持っているわけでもなく、レアアイテムがあるわけでもねぇ! 貴様の強さの理由はなんだ!?」


 蹲った状態のままで、しろふぁんが叫ぶ。そんなはずはない。そんなに強いはずがない。そんな力があってたまるか。絶対何か裏があるはずだ。そうでないとおかしい。


「強さ……むぅ、某は大したことはしていないのだが。


 ランニングに、素振り、瞑想、すり足、発声練習を毎日こなしたぐらいだぞ」


「ふざけんなぁ! 普通の事じゃねぇか! そんなことであの強さが得られるか! うごごごごご……!」


 指折り毎日行っているトレーニングをあげていくアトリ。しろふぁんはお腹を押さえながら叫び、叫んだ痛みでお腹を押さえる。


「そうは言われてもなあ。姉上から言われた基礎を繰り返してきただけで、姉上以外との戦いはダンジョンに入ってからが初めてだからなんともいえぬのだ。


 参考にならなかったのなら済まない話だ」


 しろふぁんの態度に頬を掻くアトリ。嘘は一言も言っていないのになあ。信じてもらえないなら仕方ない、とばかりに話題を打ち切った。


「しろふぁん殿と言ったか。これで戦いは終わりとさせてもらうが良いか? 再戦するのならいくらでも受け入れるが、その状態では無理だろうしな」


「クソ……! 今日の所はこの程度にしてやる!」


「そうか。礼を言う。良き戦いであった」


 無様に惨敗して地面に転がりながらいけしゃあしゃあと言い放つしろふぁんに、アトリは深々と頭を下げた。


『は?』

『え?』


 しろふぁんの態度に怒りのコメントを送ろうとした者達は、アトリの行動に面食らった。


「良き……戦い、だと……?」


「うむ。某の武器を奪い、一気呵成に攻め立てる。戦いの機を逃さぬ見事な作戦であった。相応に練られていた戦術を感じさせる。加えて魔弾というのか? 戦意も鋭く狙いも正確無比。見事であったぞ」


 あまりのことに、呆けるしろふぁん。卑怯だとかそう言った罵りを想像していただけあって、肩透かしもいい所だ。


『うーあー。そう言われたらもうしろふぁん責めるのはだめだよな』

『だなあ。アトリ様がそれで納得しているのなら仕方ない』

『罪を憎んで人を憎まずか』

『卑怯だのなんだのと言っても、それも戦いだしな』

『聖者でも相手にしているつもりか?』


「沙汰を受けた後に再戦を望むのならいくらでも受けよう。


 某も鬼ではない。盗難の罪過として指三本。暴行未遂の方は睾丸を一つ潰すだけで許してやろう」


 刀の鞘を手にして、アトリが頭を下げた時と変わらぬ口調で物騒なことを言う。相手に礼儀を尽くすのと同等の精神性で、指三本と睾丸を潰すと平然と言い放っているのだ。


「ちょっと待てええええ! なんでそうなるんだ!?」


「? どうもこうも他人の物を盗もうとした者の指を砕き、婦女子に乱暴を抱こうとしたものはその象徴を潰す。至極まっとうな罰則だと思うのだが?」


「あの、もしかしてあっしもですか……?」


「当然だろう。共犯なのだから」


 けろりとガエシも同罪だと告げるアトリ。ガエシは本気を感じて腰が抜けた。ぺたりと尻もちをつき、顔面蒼白になって首を振っている。


『ひでぇ!』

『いやいやいやいや落ち着こう!』

『なんだこの江戸時代裁判!』

『江戸時代でももう少し慈悲はあったんじゃないかな?』

『個人的にはさっきの謝罪は興ざめだったけど……その、なんだ。エグイのはやめて』

『誰かこの子に現在の裁判を教えてあげて!』

『ちょっとしろふぁんに同情するわ』

『【悲報】しろふぁん、許されたと思ったらサムライ裁判が待っていた』

『だからこの子に戦いを挑むのはやめろって言ったのに』

『むしろ命があるだけ温情。活人剣だな』

『活人とは一体? その秘密を知るために、我々はアマゾンの入り口に旅立った』


 脳内に流れる批判的なコメントに納得いかないという顔をするアトリ。


「DPUだ! そこにいる者達全員動くな!」


 そんな状況の中、スピーカーでの大音響が響く。紺色の制服を着た屈強な人たちだ。DPU。Dungeon Police Unit。ダンジョンで起こる問題を解決する公安機構だ。とはいえその実態は、


『へ? DPUがこんなに早く来たのか!?』

『予算不足で人手不足なのに、行動速くない?』


 如何に公安組織とはいえ広いダンジョン内を警邏などできるはずもなく、基本後手後手で事後処理組織と言われている。逮捕権はあるが、迷宮犯罪の抑止力としては弱い。少なくとも、配信中に行った通報が間に合う事はまずないというのが一般認識だ。


「中村しろふぁん及び、曇天ガエシ! 集団暴行などの罪で拘束させてもらうぞ!」


「げげぇ!? DPUのくせに動きが早すぎる! 事前に知られてたってことかよ!」


「ある筋から通報があったのだ。中村しろふぁんが七海アトリを襲撃するとな。そしてそれに曇天、お前が絡むと!」


 ガエシを拘束しながらDPUのリーダーが笑みを浮かべる。その通報を行ったのはアトリの叔母であるヒバリである。個人的なコネとツテなどを駆使して後手後手に動くDPUをせっついて動かしたのだ。その理由はもちろんしろふぁんやガエシの拿捕。そして、


「あと七海アトリ! 裁きは司法が行う! しろふぁんに暴力行為を行えば、その時点で罪過を背負うことになるからな! それは止めてくれと頼まれてるんだ!」


 アトリの私刑阻止である。ヒバリはそこを重点的にDPUに言い含めていたようだ。DPUはそんな馬鹿なと笑っていたが、アトリの言葉から本気を悟って慌てたとか。


「むぅ、解せぬ」


 アトリは納得いかないと不満げに頬を膨らませるが、逆らおうとは思わない。自分に対し戦意を抱かない相手には基本的に従順である。


「触るな! 弁護士を呼べ! インフィニティック・グローバルのアルベリク・セルヴァン先生だ!」


 DPUに拘束されながら、しろふぁんは叫ぶ。企業お抱えの弁護士。どんな状況でも無実までもっていく敏腕弁護士。これまでどんな迷惑配信をして訴えられても、問題なく解決してくれた切り札。


「残念だが、拒否された」


「なに?」


 予想外の言葉に目を丸くするしろふぁん。


「指名した弁護士に連絡を取ったが、キミの弁護を拒否された。件の配信者はインフィニティックの契約を打ち切られているので、受任拒否するとのことだ」


「インフィニティックの契約を打ち切られている……だと? 契約、打ち切り……」


 しろふぁんは自分の足元が崩れていくのを感じていた。社会的な足場。それかなくなったのだ。そんな馬鹿な。ありえない。これから俺はどうすればいいんだ? どうなるんだ? ありえない。これは夢だ。そうに決まっている。


 現実逃避するが、事態は秒単位で進んでいく。転落していく未来。企業配信者という立場を失い、罪を背負い、それを償ったとしてもネットには惨敗の記録が残される。もうダンジョン配信者としての活動はできないだろう。笑われながら、生きていくしかない。


(いやだ)


 そんなのは耐えられない。


(俺は誰もが求める配信者なんだ)


 自己顕示欲が肥大する。しかしもうその立場には戻れない。


(俺は無敵の魔弾使いなんだ)


 コネと時間をかけて魔石を集め、最高のスキルシステムを構築したのだ。


(おれは、わるくない)


 肥大したプライドが、現実から目を逸らす。悪いのは俺じゃない。なら誰だ?


(わるいのは、あのおんなだ)


 ひゅー、ひゅー。呼吸が荒い。


(あのおんなをころせば、ぜんぶもとどおりになる)


 どくん。どくん。心臓がうるさい。


『七海アトリを屈服させるほどの力。欲しくありませんか?』


 インフィニティックの会見の後に送られたメッセージ。怪しいと思いつつその取引に応じたしろふぁんは、一つのデータを転送された。


『これは未知のスキルです。効果は魔法系スキルの強化になります』


 それだけなら不要と切り捨てたしろふぁんだが、続いたメッセージに驚きを隠せなかった。



 深層。下層のさらに下にあると言われた階層。そこに行けた者は誰も帰ってこなかった……とされている場所。しかしそれはあくまで言われているだけだ。


 怪しさもあり使用を控えていたが……こうなってしまえばもうどうでもいい。どれだけ怪しかろうが、あの女を殺せるならどうでもいい。


(スキル起動)


 しろふぁんの脳波を受けて、スキルシステムが稼働する。DPUは抵抗の意思ありと複数名でしろふぁんに拘束系スキルを施して動きを封じた。そしてしろふぁんのスキルシステムを取りあげて強制終了させ――るより前に、


 ビシ! ビシビシビシッ!


 しろふぁんを中心に、世界に亀裂が走った。

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