拾玖:サムライガールは迷惑配信者と戦う

 しろふぁんは籠手のような形状をしたモバイルに手を触れ、そこにあるシステムを起動させる。


 スキルシステム。魔石内部に含まれるモンスターのスキルを抽出し、データ化して人間に使用できるようにしたものだ。この籠手はそのシステムがインストールされたモバイルである。システムを起動させることで、着用者は魔物のスキルを使用できるようになる。


【魔弾】……魔法使い系モンスターならおおよその魔物が持っている基本的なものだ。純粋な魔力と呼ばれるエネルギーを生み出してぶつけるスキルで、威力は高くないがコストパフォーマンスの良さが売りである。


【誘導弾】……生み出した魔法に追尾機能を与えるスキルだ。相手が素早く動けば避けられるが、それでもあるとないとでは命中率が段違いである。


【二重詠唱】……魔法スキルの効果を二度発生させるスキルだ。一度の魔法使用で二回分の効果があると言ってもいい。下層のリッチーから入手出るスキルで、レアリティが高い。


 インフィニティックの迷惑配信で数字を稼いでいるしろふぁんは、得た金と信頼とコネを駆使して、これらのスキルを購入していた。【魔弾】以外は一般に出回ることのないモノだ。


 スキルシステムを起動した瞬間に、体内を駆け巡る奔流。自分に人間以外の力が宿る感覚。人を超えた超越感。しろふぁんはこの感覚が大好きだ。クズどもとは違う事を知らしめてくれるこの感覚。


 スキル。それを持つ者は、人間の持つ能力を凌駕する。強化スキルを持てばアスリートの肉体能力を凌駕し、格闘家を赤子のように扱える。魔法スキルを持てば、学生でも銃器を持つ兵士に対抗できる。


「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラアアアアアアアアアアアアアア!」


 高揚感のままに、しろふぁんは両掌をアトリに向けて突き出し。そこから【魔弾】を解き放つ。同名のスキルは魔石から抽出を重ねるごとに強くなる。そして【魔弾】スキルを持つ魔物はたくさんいるから、その魔石も入手しやすく抽出もしやすい。


 しろふぁんが持つ【魔弾】の強さは、インフィニティック内でも最大レベルになっていた。威力も高く速度も速い。しかも一度のスキル使用で生み出される弾丸の数は20を超える。そしてそれは【二重詠唱】の効果でさらに増す。


『おいおいおい! シャレになってないぞ!』

『本気で撃つ奴があるかバカ!』

『しかも装備奪ってからとか卑怯にもほどがあるだろうが!』

『なんちゅー弾幕! こいつ、こんなにすごかったのか!?』

『このスキル構成ガチすぎる! しかもかなり強化されてるぞ!』

『企業の資金で魔石集めて、強化したのかよ。いくらぐらいかかってんだこれ!?』

『軽く見積もっても億単位のEMだぞ……。日本円に直せば数百億……』

『企業配信者で中層ソロ最短記録保持者は伊達じゃないってことか……』

『逃げ帰ったとはいえ、下層まで行けたのは確かだからな』


 光の弾幕。そう表現していいほどの【魔弾】がアトリを襲っていた。


「クソサムライ! お前の強さの秘訣はあの刀だ!」


 魔弾を放ちながらしろふぁんが叫ぶ。


「テメェはこの前の配信で言ってたよな。あの刀は姉……<武芸百般>鳳東からもらったものだって!


 つまり! あの刀は鳳東が使っていた下層のレアアイテムのお下がりなんだよぉ!」


『え!?』

『あ、そう言えばそんなことを言ってた!』

『下層まで潜った<武芸百般>が、妹に武器を渡したってことか?』

『確かに恐ろしい切れ味だったけど』

『下層のテトラ骨切れたのも、そういう事なのか!?』


「レアアイテムの中には装備している奴に肉体強化を与えるモノもある! パワーやスピード、動体視力を増すヤツもな!


 さらに言えば、妖刀と呼ばれる類は魔物そのもので、人間の魂を食らって乗っ取るっていう話だ! コイツのバケモノじみた強さはそう言った類なんだよ!」


 冷静に考えれば、すぐにわかる話だ。


 ただの学生。しかもスキルを持たない女が、自分より体格の大きいオーガやゴーレムを斬れるはずがない。大人でも数名がかりで挑まなければ勝てないミノタウロスやサラマンダーと戦えるはずがない。下層ボスのムカデアシュラと切り結んだり、時空の向こうにいる相手に攻撃などできるはずがない。


 つまり、トリックがある。


 アトリの特異性は<武芸百般>鳳東の妹であるという事。そう考えれば、この結論は自然に導かれた。サムライコスプレも刀をもって不自然ではないことをアピールするカモフラージュなのだ。


「こいつはズル女チートだってことだよ! チャンネル登録者100万人を騙した詐欺師! 騙されてたやつらはバァカでしかねぇがな! 全く、草生えるぜ! 少し考えればすぐにわかる事なのになぁ!」


 しろふぁんの弾幕は止まらない。哄笑をあげながら、更に弾幕の密度は増していく。此処が勝機とばかりに限界まで弾丸を産み出し、アトリに向かって解き放つ。


「結局最後に勝つのは頭がいい奴なんだよ! 真面目にダンジョン攻略するよりも、こうやって数字が取れることをしているほうが最終的に儲かって勝てるんだ!


 見ろよ。今の同接者は60万を超えてるぜ! それだけこの女の惨めな姿が期待されてるってことだぜ!」


 しろふぁんがこっちと呼ぶ配信。それは曇天ガエシが運営している裏配信サイトだ。犯罪行為も配信可能な違法サイトである。今浮遊カメラが配信されているのは『【R18】サムライガール、中村しろふぁんに惨敗! そして……』……そんな題名の配信だ。


『うわ最低』

『お前マジで最悪だな!』

『60万人の同接者もな!』

『DPU! 仕事! しろ!』

『通報連打! 間に合わんだろうけど!』

『あ、そうか。しろふぁんが自分の配信チャンネルを使ってないのは、初めから犯罪行為をする気満々だからってことか!』

『どういうこと?』

『こんなのをインフィニティックのロゴつけて配信すれば即契約打ち切りになるからな。表向きは無関係を装うつもりなんだろう』

『はああああああ!? 何言ってんの!? 今ここで配信されてるじゃん!』

『今俺らが見ているのは花鶏チャンネルで、犯罪行為が写ればBANされるのは花鶏チャンネルなんだよ……』

『証拠として残らないってことか……』

『そして裏配信サイトでデジタルタトゥーとして残る。最悪だ!』

『そしてしろふぁんはいつものインフィニティック所属の弁護士に守られる』

『これを庇うとかインフィニティック最悪じゃん!』

『ほぼ真っ黒なグレー。それを無実にするのが三大企業だからな』


 花鶏チャンネル側のコメントが沸く。しろふぁんの犯罪行為を知りながら、しかし何もできない。企業の強大さに歯ぎしりするしかないのだ。


『アトリチャンレ〇プ配信はここですか?』

『やれやれ! しろふぁんやっちまえ!』

『戦うヒロインが負け、そして散る。それに滾る!』

『準備完了! 何時でもやってください、しろふぁんの旦那!』

『手錠とクスリキボンヌ!』

『カワイソウでないとヌケない!』

『拙者、悲鳴も上げれぬほどボロボロなモノでないと満足できぬサムライ』

『それがし、抵抗する姿にそそり立つサムライ。貴殿とは相いれぬようだな』


 そして裏配信側のコメントは、本当に最低だった。欲望に塗れたコメント共に、同接者はどんどん増え続ける。


「ひゃははははははは! 酷いもんだぜ! でもそれも全部お前が悪いんだからな、クソサムライ! ズルしてバズったせいでこういう輩を引き寄せたんだ!


 登録者数100万人? 時速18万人同接者? 上層から中層まで1時間? 全部全部ズルした結果だってバラされた気分はどうだ! 騙して築いたものが一瞬で崩れ去って、しかもその全てが悪意を持ってお前に襲い掛かるんだ。ザマァ!」


 すぐにバレる嘘をついて多くの人を騙し調子に乗っていた愚か者。それに気づいて真実を明るみにし、罰を与える。そして罰を受けて信頼を失ったサムライは多くの者に恥をさらすことになる。


 裏配信された映像は永遠に残るだろう。摘発されて消したとしても、誰かがコピーを持っている。ネット上の誰かが拾い上げ、またどこかで拡散される。永遠に消えることのない傷。永遠に晒し続けられる恥。


 まさに、痛快な物語。それを為したしろふぁんは笑みを浮かべていた。脳内でアドレナリンが止まらないように、【魔弾】の勢いも止まらない。


「そっちの同接者も20万人を超えたか? 公開処刑にはちょうどいいよなぁ! そろそろ裏配信者達がお待ちかねの時間と行こうか!


 いい声で鳴いてく――」


「様式美だったか? 確か相手の口上中に攻撃してはならないらしいな」


 声は、弾幕の中から聞こえてきた。


「なぁ!?」


 しろふぁんは弾幕の中を進んでくるサムライガールの姿を見て驚きの声をあげた。その手には、刀の鞘が握られている。迫る【魔弾】の嵐を鞘を振るって弾き飛ばしながら、こちらに迫ってくる。


(待て待て待て待て! あの弾幕を鞘だけで弾いて塞いだっていうのか! まさかレアアイテムは刀じゃなく鞘の方だったってことか!?


 しかもあの口ぶりじゃ、俺が喋り終わるまで待機していたってことか! 全力の追尾弾幕だぞ! 総計5億EM近くかけたスキル構成だぞ! それを手加減して塞いだだとおおおおおおお!?)


 しろふぁんは避けるという意識さえ抱く間もなく――


 ドン!


「ふぐぅ!」


 アトリの持つ鞘は、しろふぁんの腹部を殴打する。しろふぁんは体をくの字に曲げ、そのまま地面に蹲った。


「れああいてむ? ようとう? というのはよくわからないのだが。


 姉上からもらった刀は市販されている普通の物だぞ」


 地面に転がるしろふぁんは、そんな事実を耳にしていた。

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