拾捌:サムライガールは迷惑配信者に襲撃される

 タコ焼きパーティの翌日、アトリはダンジョン入り口前で浮遊カメラを起動していた。いまだその手付きは素人が抜けていない。主電源の場所を説明書を見ながら確認し、押す前に再度説明書を見てから押す。


「えと、これか? いや待て、これでよかったよな?」


 もたつきながら、浮遊カメラを起動させる。ふわりと宙に浮くカメラに視線を向けて、戸惑いながらカメラに顔を向けて口を開くアトリ。


「ええと、配信開始だ。これで大丈夫? なのか?」


『大丈夫でーす!』

『待ってました!』

『機器の扱いになれていないアトリ様カワイイ!』

『機械オンチキャラエモい』

『そのままのアトリ様でいて!』

『↑ 貴様らぁ、士道不覚悟!』

『とはいえ、萌える気持ちは理解できなくもない』

『うむ、あっしも最初はそうだった。誰もが通る新技術の道』

『いや、浮遊カメラぐらいは今時普通に使えるもんじゃね?』

『戦いに特化して、他がポンコツ! だからこそのアトリ様!』

『↑ おま、斬られるそ!? むしろ斬られろ!』


 配信開始と同時に多数のコメントが流れる。同接者も開始10秒で1万人を超え、さらに増え続けていた。あまりのコメントが脳に流れ、軽くめまいを起こすアトリ。


「ぬぉおお!? まあ、なんだ。機械の扱いになれぬのは某の不器用さゆえ。謝罪するしかない。それで議論を押さえてくれ。


 あと、エモい? よく分らぬがワビサビみたいなものか? うむまあ、心の想起を表してくれるのなら、嬉しい限りだ」


『エモいはワビサビ!?』

『定義としては、侘びは趣ある姿に感じる心の動き。寂びは静寂に感じる心の動き。つまりエモいと同意!』

『江戸の佳人はエモいを理解していた!?』

『萌えも理解していた節がある。リソースは民なんとか書房』

『いつの世も、心の想起に奮える創作者は後を絶たぬという事か』

『え? そんな話なの?』


「さて、今日は下層から始める予定だ。あそこは空気も敵意も段違い。某も存分に楽しめそうだ。あわよくばボス? それと戦えれば僥倖よ」


『気合入ってるなぁ』

『気合っていうか斬愛?』

『誰が上手いことを言えとwwwwwww』

『くっそwwwwwww』

『いやまあ、普通は下層ボスに挑むとかかなりの行為なんだけどな。企業配信者でも準備と訓練の配信動画いれて、そこからの突撃だし』

『何で日帰り配信で下層ボスまで行く気満々なんですかね?』

『それがサムライでござる』

『然り。武士道とは斬ることと見つけたり』


 そんなコメントを見流しながら、アトリはダンジョンに向かう。入り口を囲むように作られた建物の前で、


「クソサムライ! テメェの天下も今日までだ!」


 茶髪の男に大声をかけられる。何者だと首をかしげるアトリ。


「俺の名前は中村しろふぁん! テメェに苦汁を飲まされた男だ! 知らねぇとは言わさないぞ!」


『しろふぁん?』

『は? 何してんのコイツ? 待ち伏せ?』

『他人の配信に割り込むとか常識なさすぎじゃね?』

『まあコイツに常識なんてないけど。インフィニティックの迷惑配信者だし』

『でもこいつのチャンネル配信してないよな? え? どういうこと?』

『とりあえず通報した』


 しろふぁんの自己紹介に困惑するコメント達。配信者の常識として他人の配信に割り込むのはタブーである。偶然割り込んだ場合は仕方ないが、明らかにアトリの配信に待ち伏せしていた。


 そういう迷惑行為をする配信者はいる。実際、しろふぁんもそう言った配信をいくつか行っていた。しかし、今はしろふぁんチャンネルは動いていない。


「いや知らぬ。有名人なのか?」


 記憶を探るが知らないと答えるアトリ。実際、アトリは一度もしろふぁんと顔を合わせていない。最初の邂逅ではしろふぁんはテトラ骨を切り裂くアトリを見て逃げ出していた。アトリもテトラ骨との戦いに集中していて、逃げるしろふぁんなど目にも留めなかった。


「うぐ……!」


 その答えにイライラゲージが加速するしろふぁん。こっちは一方的に苦しめられているのに、相手は何も知らない。なんてひどい奴なんだ! 100%しろふぁんの自業自得で逆恨みなのだが。


『しろふぁんざまあwwwwww』

『知らんのかいwwwwww』

『アトリ様ナイス対応!』

『しろふぁんからすればトラウマ刺激されるは、中層ソロ記録を破られるは、アトリ様には恨み骨髄でござるからな』


「良くわからぬが、某が何か迷惑をかけたみたいだな。とらうま? 心の傷に触れたのなら謝罪するぞ」


「うるせぇ! 同情するな! 憐れむな!」


『アトリ様ナイス対応!』

『ナチュラルだからこそ酷いwwww』

『やべえwwww』


 頭を下げそうになるアトリに手を振って拒絶するしろふぁん。欲しいのは謝罪じゃない。ペースを乱されていることに気づき、啖呵を切り直す。


「もう一度言うぞ! テメェの天下はここまでだ! ここでこのオレがテメェを倒して、負けた貴様の末路を配信して、貴様が弱い事を証明してやる!」


『は???????』

『アフォなの?』

『え、何言ってんの?』

『ちょ、やめとけやめとけ!』


 アトリを倒す。その言葉を聞いて、コメントは一色に染まる。それは配信に割り込んで喧嘩を売るという非常識行為を止めるのではなく、


『お前アトリ様の強さ知らないだろ!? 殺されるぞ!』

『いくらなんでも無謀すぎる! まだ若いんだから自棄になるな!』

『しろふぁん、自殺願望なの?』

『他人の配信に割り込んでミンチになるのは、確かに迷惑配信だけど……』

『なむ』

『お前のことは死ねばいいと思ったことはあるけど、本当に死なれると後味悪いんでやめてくれ』


 しろふぁんの命の心配をするコメント一色に染まった。


「コメントうるせぇぞ! オレが負けて、しかも殺されるとかどんな心配だ!」


 コメントに怒りの言葉を返すしろふぁん。アトリの生配信を脳内ディスプレイで確認しているのだろう。


『お前、アトリ様の配信見てないのかよ……』

『この子は斬るぞ。マジで斬るからな!』

『あの笑みは本当にゾクっと来るんだからな!』

『今のうちにドゲザしろ! 早く!』


 アトリの戦闘シーンを見ている者達や、雑談配信内で戦いに滾るサムライスマイルを知る者達は、こぞってしろふぁんの心配をする。もっとも、それをネタだと思っているのかしろふぁんは無視を決め込んだ。


「些か事情は飲み込めないが。某を倒したいということは理解した。周囲に人気が無いのも、その準備という事か?」


 大声でしろふぁんが叫んでいるのに、野次馬がやってこない。明らかに人払いがされていた。


「察しがいいな、クソサムライ! 人を雇って邪魔が入らないようにしたんだよ!」


 雇ったのは曇天ガエシと呼ばれる元配信者。犯罪行為などを配信する裏サイトを経営する男だ。ガエシの伝手で反社会的な人たちを集め、褒められたものではない方法で周囲の人を追い出したのだ。


「へっへっへ。準備は整いましたぜ。しろふぁんの旦那」


 下卑な笑いを浮かべて、頭皮のない男が建物の影から現れる。複数の浮遊カメラを宙に浮かべ、アトリとしろふぁんを撮影する。曇天ガエシ。これから彼のサーバーでこの戦いを撮影するのだ。――この戦いで負けたアトリがどうなるかまでを。


(ひっひっひっ、人気絶頂の実力配信者が無残に負けて男の欲望に屈服する。デカい数字が取れそうなお題目で。宣伝もばっちりしたし、同接者もどんどん増えてきていますぜ。


 ついでにあっしもそのおこぼれに預かれれば……あの女、若くて張りのいい体してそうだしなぁ。いひひひひ!)


 ガエシの目的は、これから始まるアトリの敗北ショーを配信すること。栄光から叩き落されて、無残に汚される女体。その落差に興奮する者は多い。それが今注目を浴びているサムライガールならなおのことだ。


「しかし某の弱さを証明か。なんとも言えぬなぁ」


「澄ましているのも今のうちだ! お前のデタラメな強さの秘訣はとっくに見抜いているんだ! メッキがはがれて無様に負ける姿を配信されやがれ!


 無残に負けたお前のチャンネルなんざ誰も見やしねぇ! そしてお前を倒した俺は数字もゲットして企業内の評価も上がる! 下層に行けるなんか嘘っぱちで、元通りに戻るんだよ!」


 頭を掻いて呟くアトリに、しろふぁんは大声で叫んで返す。しろふぁんからすれば、アトリがいるから自分の存在が目立たず、そして企業も下層突破というクソ目標を立てたのだ。この女が無様に惨めに負ければ、それもなくなるはずだ。


『お前の人気が戻るとかそういうことはないんじゃないかな、迷惑ダンジョン配信者』

『企業から何か言われたのか?』

『インフィニティックの下層突破宣言と関係あるの?』

『全部しろふぁんの妄想じゃね?』

『そもそもアトリ様に勝てる前提なのがもう……』


 そしてコメントは冷静だ。しろふぁんの言葉が支離滅裂で当人以外は理解できないこともあるが、アトリが負けるわけがないという信頼があった。


「さあ、とっととその刀を抜きやがれ! その瞬間から勝負開始だ!」


「気は乗らぬが、某にも責任の一端があるというのならやむなしか。


 よかろう。しかし抜かせた以上、覚悟はあるとみるがよいか?」


 柄に手をかけ、刀を抜き放つアトリ。しろふぁんが頷けば、即座に斬りかかるつもりだ。しろふぁんまでは4歩ほど。1秒で斬れる。


「今だ!」


「あいよ、旦那!」


 しろふぁんの合図にガエシがアトリに向かって手をかざす。白い光がアトリの刀に向かって飛び、アトリの持つ刀をガエシの手に引き寄せた。


「なんと」


【盗む】系スキルの一つ【磁力光線】だ。金属系のアイテムをこちらに寄せるスキルを使い、ガエシはアトリの手から刀を奪い取る。


『は?』

『え?』

『刀盗まれた!?』

『おいおいおい! タイマンじゃないのかよ!?』

『いくらなんでも卑怯じゃないのか!』


 いきなりの事に避難のコメントが沸く。しかししろふぁんはどこ吹く風とばかりに笑い、勝利宣言する。


「はん、一対一なんて言ってないからな! 卑怯と罵りたければ罵れ! ダンジョンは自己責任なんだよ!


 これでオレの勝ちだ! 死ねええええええええええ!」


 しろふぁんの持つスキルシステムが光り、手のひらに淡い光を放つ弾丸が生まれる。攻撃系魔法スキル【魔弾】。低威力ながらもコストパフォーマンスがよく、しろふぁんはこれをマシンガンの様に乱打することで魔物を圧倒する戦闘スタイルだ。


 避け切れない弾幕の嵐が、刀を持たないアトリを襲う――

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