拾陸:サムライガールは世の流れを知らない
『インフィニテック・グローバル、ダンジョン下層突破宣言!』
Webニュースの大一面を飾ったのは、インフィニティックのCEO自らが告げた一大事業だ。
これまで、限られた探索者しか立ち入らなかった下層。魔物も罠も中層を遊びと言わしめるほど凶悪なエリア。そのエリアをさらに進んだ深層にたどり着いて、生きて帰ってきた者は未だいない。そんなエリアへの到達を宣言したのだ。
『アダム・アシュトンCEOは下層エリアにある魔石からのスキルを抽出し、これまで以上にスキルシステムの強化をすることを宣言しました。下層モンスターのスキルを転用できれば、下層突破および深層探索も夢ではないとのことです』
この後はCEOの発言を抜粋したものが挙げられている。反応も好評的で、深層にあるであろう未知の物質や魔石などへの期待が高まっている。下層のアイテムを持ち帰るだけでも経済が揺れるのだ。そのさらに下となれば、もはや経済価値が変わるだろう。
「まったく。スキルシステムを信用しすぎだな、あそこの社長は」
七海ヒバリ――アトリの叔母はタブレットに写されたニュースかを見て、苦笑した。淹れたコーヒーを口に含み、息を吐く。仕事前の一杯は格別だが、この爽快感はそれだけではない。姪が起こした快挙に喜んでいた。
下層。あまりの凶悪さにこれまで忌避された区域への注目。その流れを作ったのは、間違いなくアトリの配信だ。
下層突破を為した者は少ないが、ゼロではない。記録に残っているのは『ロイヤルナイト』『エンジェルアロー』そしてアトリの姉が所属していた『ワンスアポンアタイム』。どの探索者パーティも、移動門を通った瞬間に通信が途絶え、そして消息を絶った。
どのパーティもその時代における麒麟児たちが集った集団だ。彼らなら下層突破も不可能ではない。その期待に応えた者達は、ダンジョンに消えていった。物悲しくもあるが、それだけ深層に期待を寄せる声は大きいのだ。
現在、下層を安定して探索できるパーティは少ない。各企業、2パーティいるかいないかだろう。そこから得られる下層の魔石や物資は貴重で、そして効果が高い。中層の魔石やアイテムが子供だましに見えるほどだ。
そのさらに下にある深層。そこにあるアイテムを独占できれば、企業の三すくみ関係から頭一つ出れる。ともすれば、ダンジョンを独占できるかもしれない。危険を冒してでも、下層を突破して深層に向かうのだ!
企業はこれまで幾度となく下層突破を試みた。そのいずれもが、残念な結果に終わった。いずれその挑戦も下火になり、探索者も中層を主な活動の場としていた。
「その流れを変えるとはな。大したもんだよ」
くっくっく。と笑うヒバリ。その視線の先には、先日のアトリの動画があった。空間を割いて中層に這い出てきた下層ボスのムカデアシュラを切り裂いた動画だ。大反響を生んだ配信だが、企業にはさらに別の衝撃を与えた。
『これはこれは』
『ソロで下層ボスを倒したとは。下層諦めムードを見事に吹き飛ばしてくれたね』
『マズい流れを生んでくれたな……』
『スキルを持たないモノが下層ボス退治の快挙を為すとは。これはスキルシステムに泥を塗られたよ』
『しかし鳳東の妹とはな。姉妹そろって大したものだよ』
『姉の方は下層のアイテムを無数に持つからと言い訳できたが、刀一本でそれをやってのけるとは。……さてさて、どう情報操作したものか』
各企業の思惑が想像できる。インフィニティックの公式発表ほど大きくはないが、アトリの影響で各企業は下層に向けて注目しているのが見える。
エクシオンは下層で取れるアイテムや鉱石などを集めるために、大々的に鑑定スキルや採掘スキルを持つ魔石を購入するキャンペーンを始めた。ビッグアイやフライウォッチャー、ビックモールや穴掘りゾンビなどの魔石を高額購入する事を喧伝した。
アクセルコーポは地上帰還を始めとしたアイテムのまとめ売りなどを始めた。これまでは上層のみ、しかも入り口付近で活動する配信者が多かったが、アトリのムカデアシュラ討伐配信以降は本格的に探索するモノが増えたのだ。その為需要が高まり、『探索者セット』として必要物資ワンパックを売るキャンペーンを開始した。
ダンジョンの動画配信も中層探索系が増えた。上層常連者が少し無理をして中層まで潜り、無理しない程度に戦って帰還する。自分のステージより少し背伸びしてみるというムーブに火が付いたのだ。生命の危険こそあるが、本来望まれていた探索者の形が注目を浴びてきていたのだ。
「叔母様、何を笑っているのだ?」
「ああ、大したことじゃない。皆がやる気になっているのを見て、嬉しいだけだ。
まあ、その分仕事は忙しくなるがな。今日も帰りは遅くなりそうだ」
アトリに声をかけられて、タブレットを閉じるヒバリ。アクセルコーポの社員としては忙しさが増していくのを肌で感じる。だが悪い感覚ではない。
「了解した。今日はタコやん殿の配信に付き合うので、私も帰りは九時ぐらいになりそうだ」
その言葉を聞いて、ヒバリは笑みを浮かべる。毎日ダンジョンに潜ってモンスター斬り一辺倒だった姪が、ダンジョンよりも友人の配信に付き合うようになるとは。
「ああ、予告してたな。たこ焼きパーティだったか。ムカデアシュラを倒した快挙を祝うという奴か」
「うむ。私はそこまでしなくてもいいと言ったのだが、タコやん殿は『こういう時はパーティや! タコパや!』と聞かなくてな。そのまま押し切られた形だ」
はぁ、とため息をつくアトリ。強引に誘われたところはあるが、それでも断り切れない辺りは人付き合いの良さである。少なくとも一定の信頼はあるのだろう。
(関西弁でマイペース。金にうるさいという批評はあるが、そこまで悪人でもない。企業配信者だが、そこまで企業理念にべったりというワケでもない。
年齢も近いようだし、いい友人じゃないか)
というのはタコやんに対するヒバリの評価である。念のためとばかりにDーTAKOチャンネルの動画を見て、その内容から評判ほど悪い人間ではないという評価を下した。
(まあ、アトリの人気にあやかろうとしているのも確かか。若干の打算ぐらいはかわいいモノだな)
同時にタコやんの目論見も見抜いていた。そんな評価は表に出さす、ヒバリは口を開く。
「いいじゃないか。たこ焼きパーティ。存分に食って来い。向こうの奢りなんだし」
「気遣いは不要と言ったのだがな。強引に奢りに押し切られたよ」
「あちらの誘いだ。そこを気にするのも失礼だというものだよ。そういうモノだと思って奢られておけ」
「そういうものなのか。奥が深いなあ」
うんうんと頷くアトリ。
「そうそう、そのムカデアシュラだが5000万EMを超えそうだぞ。
どの企業も欲しがっているからな。まだまだ値段は釣りあがりそうだ」
ヒバリはメッセージ通知欄を見て、そんなことを言う。魔石の価値を決めるのは三大企業のエクシオン・ダイナミクスになる。そこのオークション担当者が他の企業と話し合って、最終値段を決定するのだ。
希少な魔石であるということもあるが、時空を切り裂いたり他者のスキルを奪ったりできるスキルはこれまで類を見ないモノだ。そういう意味でスキルシステムに秀でたインフィニティックは喉から手が出るほど欲しいだろう。アクセルコーポも時空を割いての移動は移動門の作成が可能になるかもと息巻いている。
「おお、そんなにもか。どこかの誰かに役立てばいいがばあ」
魔石の保有権を有するアトリは、どこ吹く風とばかりにそう返した。正直なところ、魔石自体には興味がない。ムカデアシュラとの戦いは胸が滾ったが、その遺骸ともいえる魔石の価値には興味を持てなかった。得られる金銭もだ。
「欲がないな。5000万EMもあれば、働かずに過ごしていけるぞ」
5000万EM。日本円に直せば60億円ほどだ。個人で持つには、大きすぎる額である。
「それこそ望まぬよ。私は姉上に追いつかないといけないからな。
叔母様には世話になっている。生活費の足しにしてくれ」
アトリは興味がないとばかりに手を振る。衣食住があり、学校にまで行かせてくれている。そしてダンジョンに行くことも許可してくれた。それ以上に臨む事はない。
「そんな事を気にするな。大人は子供のために頑張るものなんだよ」
「いやいや。私は世話になっている身、自分の生活費ぐらいは稼がねばな」
生活費どころか新居を購入できるレベルの金額である。
「そうか、まあ受け取っておくがな。欲しければいつでも言え」
呆れたようにヒバリは話題を打ち切る。この手の話題は過去に何度もやっていて。アトリは頑固に同じことを繰り返してお金の受け取りを拒否した。なのでヒバリは口座を作り、そこにアトリが稼いだお金を手を付けずに振り込んでいる。いずれアトリにお金が必要になった時、すぐに渡せるように。
「うむ、では行ってくる」
家を出るアトリの姿を見ながら、ヒバリは嬉しそうに微笑んでコーヒーを口にする。しばらく前までは姉の背中を追い続けていたが、出会った友達と遊ぶ程度には他のことに興味がわいたのだ。
「良きかな良きかな。ああいう若い芽を守るのが大人の役目だな」
コーヒーを飲みほして、ヒバリも仕事に移る。リモートで出来る案件をこなし、必要とあらば現地に足を運ぶ。タブレットで情報を確認する中、仕事とは関係ないメッセージを確認する。
『中村しろふぁんが怪しい動きをしています』
何のことだと思って、メッセージの続きを見るヒバリ。
『インフィニティックの企業配信者、中村しろふぁんが元配信者の
『ガエシは表沙汰にはできないガチ犯罪動画を配信する裏サイトを立ち上げています。しろふぁん氏がガエシに接触したのは、そう言った裏配信動画を創る可能性があります』
『しろふぁん氏は七海アトリ氏に恨みを持っているらしいので、もしかしたら先輩の姪に何かを仕掛けるつもりなのかもしれません』
『推測でしかない事で申し訳ありませんが、念のため報告させていただきました』
ヒバリはメッセージに感謝を返し、二秒ほど考えてタブレットを操作し始めた。
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