▼▽▼ 中村しろふぁんは追い込まれる ▼▽▼

 インフィニテック・グローバル(Infinitech Global)。


 エクシオン・ダイナミクス(Exion Dynamics)。


 アクセルコーポ(Axel Corp)。


 この世界において、この三大企業の名前を目にしないということはない。建築物や食料、電気は水道などを始めとしたインフラには必ず三大企業が係わっている。


 ダンジョンがこの世界に現れた時、多くの企業と国家がダンジョンを独占しようとした。しかしそのほとんどが凶悪なダンジョンの悪意と暴力を受け、消えていった。


 ダンジョン抗争を制したのが、後に三大企業と呼ばれるこの三社だ。


 近代兵器での攻略など始めから度外視し、魔石から抽出できるスキルシステムを開発してモンスターと同レベルの戦闘力を持つ者を生産する。訓練期間2週間で軍の兵士を超える存在を産み出せるのだ。


 その動きはものだったと言う。物資の貯蓄やロビー活動なども含め、ダンジョンと共存するための業務が十数年前から展開されていたとまで言われている。


 そして三大企業はダンジョンを軸に更に拡大していく。ダンジョンを軸としてさらに世界に影響を与えていく。


 アクセルコーポはインフラを整えた。ダンジョン顕現時に地上は時空嵐により寸断された。空間そのものに厚さ数ミリの亀裂が走って世界は分割されたのだ。如何なる物質も、その壁を超えることはできない。光や電波さえも通さぬ時空嵐の壁は、言葉通り世界を分割したのだ。


 そんな環境の中、アクセルコーポはダンジョン内を通してインフラを世界中に繋げた。石油や電気などのエネルギー、食糧などの物資、電波などの通信。それらはすべてダンジョン内を通して運ばれた。皮肉なことに国境がないこともあって利権に左右されず、運搬はダンジョン顕現前よりスムーズであるという。


 エクシオン・ダイナミクスはダンジョン内にあるアイテムを調べ上げ、開発した。事、移動門のマーキングシステム開発はダンジョン攻略を大きく進めた。使い捨ての地上帰還アイテムや、ダンジョン内の成分を利用した医薬品の開発。それらは多くの病人を救った。


 何よりもダンジョン内は様々な鉱石が手に入る。レアアースやレアメタルと呼ばれる希少物質が多く取れ、電子機器の開発に大きく貢献した。また、未知の鉱石なども発掘され、それらが浮遊カメラや脳内コメント表示などの新開発につながったという。


 インフィニテック・グローバルは魔石から抽出した力を利用した武器防具、およびスキルシステムの開発に力を注いだ。先も言ったが、スキルシステムを保有している者は様々な力が手に入る。


 格闘系スキルを持っているだけで有段者を赤子のように扱えるほどの強さを得て、魔術系スキルを持つ者は無手で重火器を超える弾丸を放てる。感知系スキルを持つ者は空気の流れから不意打ちを察し、創作系スキルを持てば思うがままに物を創れる。


 企業はこれらの技術を一部ではあるが公開し、販売している。しかし基本的には高額だ。さらに言えば、一般販売している物は劣化版で、正規品はそれぞれの企業の社員や企業に利益をもたらす配信者に与えているという。


 その三大企業の一つ、インフィニテック・グローバル。中村しろふぁんはそこに所属するダンジョン配信者だ。白い弾幕を無数に浮かべ、雨あられに撃ち続けるスキル構成。純粋な戦闘力で言えば、企業内でも十指に入るほどである。


「くそ! ようやく謹慎が解けたっていうのに!」


 しろふぁんは自室のPC前で愚痴を言っていた。配信者全員に対するリモート会議があるということで、ダンジョンに潜れずに待機しているのだ。


 面倒くさいから出ずにいてやろうかと思ったが、しろふぁんのスケジュール調整をしているマネージャーに強い口調で止められた。


「ダメですよ! 今回はCEO自らが出席するんです! 参加しない配信者の資格をはく奪するって言ってるんです! あの人は本気でやりますよ!


 30分だけですから、お願いします!」


「けっ、社長に逆らえないサラリーマン気質かよ! あーあ、そんな情けない大人になんかなりたくねぇな! クソ社会の歯車が偉そうにするんじゃねぇ!


 お前なんか、俺が数字を出さなかったらどこかに飛ばされるんだろ? 俺が配信で稼いでやってることに感謝するんだな!」


「感謝してます! その、ですから今日のリモートだけはお願いします!」


 下手に出るマネージャーをさんざんいびり倒し、最終的には幾ばくかのEMおかねを貰うことでしろふぁんは承諾した。いい小遣いだぜとその時は嬉しく思ったが、実際にリモートで時間を拘束されるとなると苛立ちが募る。


<時間だ。リモート会議を始めよう>


 13:00ちょうどになった瞬間に、リモート会議が始まった。画面に映る顔のほとんどはインフィニティック・グローバルに所属する配信者達だ。世界各国の配信者がいるのか、人種も年齢も性別もさまざまである。


<殆どの人は初めましてになるな。インフィニテック・グローバルCEO、アダム・アシュトンだ。


 このリモート会議は翻訳アプリで各国の言語に変換されて通達されている>


 最高経営責任者Chief Executive Officer。ざっくり言えば、企業方針に従って会社運営を行う責任者だ。文化によって異なるが社長が経営などの特定分野のみの責任者であるのに対し、CEOは会社全ての運営責任者である。


 インフィニテックの場合、『ダンジョン攻略』という経営戦略をまとめる社長がいて、その上にCEOがいる形である。他にも『スキルシステム』『販売』『流通』『製造』なども同様の組織図となっている。


<ダンジョン探索者の皆様には世話になっている。様々なアイテムの採掘、配信を通しての宣伝、徘徊する魔物を退治しての安全確保及び魔石収集。どれも感謝する事ばかりだ。


 今回はキミたち配信者全員にプロジェクトを与える。ずばり、下層突破だ>


 アダムの言葉に配信者達の困惑の声がざわめく。


<下層!?>

<なんでいきなり!?>

<ムリムリムリ! 死ぬ!>

<俺、中層どまりなんだぜ!>

<ワタシ、アイドル系なんですけど……>


 困惑の内容は様々だが、下層の恐怖が原因なのは共通していた。


<静かに。今はキミたちの発言は許されていない>


 そんな困惑を押さえるように、アダムは告げる。タイミングを見計らった一言。鋭い言葉に主導権が奪われる。


<先日、日本でこのような動画がアップされた>


 画面に映るのは、花鶏チャンネルの動画だ。中層移動門に現れた下層ボスのムカデアシュラ。数多の巨大な武器を刀で受け止め、空間を渡る相手を一刀両断した。


 誰もがその偉業を前に声も出なかった。初見の者は創作を疑い、映画の宣伝と勘違いする。しかしそれが生配信なのだと知らされ、言葉を失った。


 しかも相手は当時のインフィニティック最強最大を誇ったパーティであるワレキューレ騎士団を倒したムカデアシュラだ。それを倒した相手に称賛を惜しみ、感謝を告げ、祈りさえ捧げる者もいた。


 ただ、しろふぁんは怒りで顔を赤く染めている。


(あのクソサムライの動画じゃねえか! あり得ねえあり得ねえあり得ねえ! あんなトンチキ女の動画がなんでここに出てくるんだよ!)


 日本に住むしろふぁんは、SNSなどを通して嫌になるぐらいにアトリの活躍を聞かされていた。自分が手も足も出なかったテトラ骨をあっさり切り裂いた女。恥をさらすように逃げ出した配信。


 そして何よりも、この時の配信がものすごく人気が出ている事実。得意の迷惑配信よりも再生数が多く、そのせいもあって消すことができなかった。


<彼女はスキルもなく、迷宮災害で出没したムカデアシュラを倒したという。


 問題はそこだ。インフィニティックが誇るスキルシステム。それを持つキミたちができないことを、彼女はやってのけたのだ。これはスキルシステムの存在意義……ひいてはそれを使ったキミたちの存在意義に関わってくる>


 画面越しに移るアダムは、配信者達を責めるように鋭かった。存在意義がない者に支援するつもりはない。言外にそう告げるアダム。冷たくあるが、ビジネスとはそういうモノだ。


<いやでも……>

<下層突破はさすがに無理だよ>

<あそこは異次元だからなぁ>


 配信者達がすくみ上るのも無理はない。上層でもゴブリンの群れに出会えばスキル持ちでもやられかねない。中層の厳しさは誰もが身をもって知っている。下層はその中層をどうにか突破した者を絶望に叩き落すほどの苛烈さだ。


<無論、私も下層の厳しさは理解している。今のスキルシステムでの突破が困難なのは認めよう。


 なのでまずは下層探索だ。下層に存在する魔石からスキルを抽出し、戦力を蓄える。そして機を見て下層突破のチームを構成したいと思っている>


 その反応を予想していたかのように、アダムは提案レベルを下げた。下層突破ではなく、下層探索。難色を示していた配信者も、要求レベルが下がって悩みだす。下層に入って、魔石を一個とって離脱する。細心の注意を払えば、何とかなりそうだ。


 もっともこの流れもアダムが想像していた通りである。最初に大きな要求を出し、相手が委縮したところで本来の提案をする。ドアインザフェイスと呼ばれる交渉術だ。


(けっ。下層なんざやってられるかよ。数字出してEMかね稼いで、下層に行けるチームから魔石やアイテムを買えば誤魔化せるだろ)


 しろふぁんはそんなことを思いながら鼻を鳴らす。数字を出せばどうにかなる。これまで通り数字を出して、裏取引すればどうにかなる。


<君たちの勇気ある行動を期待するよ。


 このプロジェクトに伴い、配信者の規則を改変させてもらおう。具体的には配信内容の厳選だ。モラルに反する配信を行う者は契約を打ち切りさせてもらう>


(…………は?)


 しかし次の言葉に目を丸くするしろふぁん。モラルに反する、だと?


「ど、どういうことだ!? モラルに反するって、具体的にどういう配信がアウトなんだ!」


 思わず叫ぶしろふぁん。此処で発言が来るとは思わなかったのだろう。アダムは少し不快な顔をする。


『中村君、叫んじゃダメえええええ!』


 マネージャーからそんなメッセージが飛んでくるが、気にしている余裕はない。


「俺の配信は法律に違反していないぞ! 法律の先生も問題ないって言ってる! モラルとかあやふやなことを言って、契約を打ち切ろうとかしてるんじゃねだろうな!」


 契約。


 企業配信者は三大企業のどれかと契約し、配信を行っている。資金援助や様々な装備の融通などの特典があるが、一定の数字を出さないと契約は打ち切られる。年間配信数。チャンネル登録者数。再生数。その数が多ければより良い装備や資金が得られるシステムだ。


 数字さえ出せば、契約は打ち切られない。そのはずだったのに――


<翻訳のミスかな? 言語は日本語か。モラルという単語は正しく伝わっている?>


 アダムは笑顔でそう言った後で、表情を厳しくした後で告げる。


<モラルに反する、の一言で理解できないのなら配信はやめた方がいい。法律とモラルは違う。倫理や道徳に疎い獣が、インフィニティックの看板を背負うなどあってはならないんだよ>


 ばっさりと、しろふぁんの言葉を切り捨てた。


<法の不遡及に従って、過去の配信に関しては言及しないでおこう。


 今後のしろふぁん君の配信に期待しているよ>


 そして笑顔で話題をしめられる。これ以上は聞かない。議論もしない。その空気を突き出し、しろふぁんを黙らせた。


「クソが! クソが! クソが! クソが! クソが! クソが! クソが! クソが!」


 リモート会議はその後大きな問題もなく終わるが、しろふぁんは周囲の物に当たり散らしながら叫んでいた。マネージャーがいろいろメッセージを送ってくるが、そんなの目にも止まらない。


「迷惑配信するなってことか! 楽して数字が取れてたのに! モラルとかくそくらえ、数字さえあればいいだろうが! なんでその方針を覆すんだクソ!」


 迷惑配信で数字を稼いできたしろふぁんは、その気持ちよさもあってかそれ以外の配信に手を付ける気はない。


「クソ! こうなったら中層ソロ最短記録配信で注目を浴びるか」


 中層ソロ突破。中層入り口から中層ボス打破までの時間を示す配信だ。しろふぁんはインフィニティック内での最速記録を保持していた。


 もっともそれはソロとは言い難いやり方だ。


 雇った探索者に先行させて罠を解除してもらい、モンスターを駆除してもらう。怪しまれない程度に罠とモンスターを残し、配信としての華も残す。中層ボスも動きが遅く魔法に弱いという、しろふぁんの持つスキルシステムと相性がいいボスが出るタイミングを計っての挑戦だ。


 言わゆる『やらせ』であり、それを指摘するコメントもあったがそれらはすべて無視した。しつこいモノはスタッフや信者を煽って黙らせた。数は正義だ。真実なんかに意味はない。誰もが虚構の娯楽を求めているんだ。今回も、上手く行く。


「しろふぁんさん、それは……無理です。


 攻略配信ではありませんけど、七海アトリがダンジョン入り口から中層ボスのサラマンダーを一時間で倒しています」


 しかしその提案は、マネージャーに却下される。


「はぁあああああ!? い、入り口から中層ボスを一時間だと!? し、しかもサラマンダー……嘘だろ!?」


 驚くしろふぁんに、マネージャーは切り取り動画のURLを送る。最初は『嘘くせぇ』『ありえねぇ』と叫んでいたしろふぁんだが、動画内のアトリの尋常な動きに言葉を奪われていく。


「………クソっ!」


 ダンジョン探索者だから。動画配信者だから。そしてズルをしたことがある人間だからわかる。これは嘘じゃない。自分がやったようなズルじゃない。正真正銘、自分の実力で走破したのだ。


 この動画に比べれば、しろふぁんの『やらせ』な中層最短記録動画などチンケなものだ。もうこのネタは使えない。そもそも一時間なんて、ズルにズルを重ねてもしろふぁんにはできやしない。


「クソ! どうすればいいんだ……!」


 頭を抱えるしろふぁん。迷惑配信もダメ。突破動画もダメ。普通の攻略動画? そんなの没個性過ぎる。これまでの悪印象もあり、いきなり普通に戻っても白い目で見られるだけだ。


「それもこれも、あの女のせいだ……!」


 しろふぁんの怒りは、一人の女に向けられる。


 七海アトリ。あの女と関わってから、碌な目に遭ってない。CEOもあの女の動画を見て方向変換した。中層突破記録も上塗りされた。何もかも、あの女のせいだ。しろふぁんの怒りは、短絡的にアトリに向けられる――


 しかし、あのサムライを殴るなどできるはずがない。自分が勝てなかったテトラスケルトンウォーリアを難なく倒し、ムカデアシュラを斬るバケモノだ。何をしても勝てる気がしない。


 だがあの女をどうにかしないとこの苛つきは収まりそうにない。目をそらそうとSNSを見てもあの女の話題ばかり。苛立ちは募り、最大限までに達しそうになった所に一通のメッセージが届く。


『七海アトリを屈服させるほどの力。欲しくありませんか?』


 しろふぁんは歪んだ笑みを浮かべ、そのメッセージを開いた。

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