拾伍:サムライガールは一意専心に刀を振るう

 剣戟が響き、紫色の血飛沫が舞う。


 ムカデアシュラの持つ武器が乱舞し、ダンジョンの床に亀裂が入る。


 血飛沫は猛毒。煙は皮膚を焦がし、直で浴びれば骨まで溶かす。床に広がる染みでさえ、踏めばそこから浸食してくる罠となる。


 振るわれる武器は下層で生み出される一撃必殺の武具。中層の宝箱に入っている武器を軽く凌駕するモノばかり。その一つが市場に流れれば、武器市場は大きく荒れる。威力も希少度も値段も桁違い。


「はっはっはっ! 素晴らしいぞ! 素晴らしい殺意だ! 某を殺したくて仕方ない。気を抜けば意識を持っていかれそうなほどの気迫だ!


 某もそれに応じなくてはならぬな!」


「フシャアアアアアアアアアアアア!」


 刀を振るうアトリと、ムカデアシュラ。そして刀と武器が交差する音が響く。ムカデアシュラからすれば、アトリの刀など針一本でしかない。刺されれば痛いが、それで命を奪われるものではない。対してこちらは一撃当たれば原形をとどめず相手を潰せるものばかり。


 突然変異のモンスターが持っていた空間の孔を開くスキル。それを得たムカデアシュラは歓喜した。門番の任務を放棄し、新たな世界に現れた。そこにいたゴーレムを食らい、稲妻の力を得た。


 目の前の小さき存在。それを食らおうと思ったのは、小腹が空いたという程度でしかない。それを食らおうとしたら――牙を斬られた。思わぬ反撃に驚くが、同時に歓喜した。


 この小さき存在は強い。そして強い者は強いスキルを持っている。以前自分に挑んだ小さき者達を食らったとき、数多くの武器に関するスキルを得た。こ奴もきっとその類だ。


 スキルを食らう。それはムカデアシュラにとって本能的な行動だ。お腹が空いたから食らう。そんな衝動のままにアトリを食らおうとする。


 だが、食らえない。小さきモノのくせに、強い。そしてこちらは傷ついていく。小さき傷が、少しずつ積み重なっていく。


「ギガアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 苛立ちが募る。食いたいのに食えない。痛いのが重なる。潰れろ、壊れろ、動くな、抵抗するな、食われろ!


 獣の怒り。蟲の怒り。捕食者の怒り。その怒りを小さき存在にぶつけるも――


「良い。良いぞ。それでこそ滾る!」


 その小さき存在は怯えることなく音を発する。食われる者のくせに、小さき存在のくせに、苛立たせるのも大概にしろ!


「な、なんやこれ!?」


 突然の揺れに叫ぶタコやん。ムカデアシュラが現れた時のように、空間そのものが揺れたのだ。ムカデアシュラは足を広げ、振るわせる。100近くある足が蠢くたびに、まるでシーツにシワを作るように空間がいく。


「移動門、なんかこれ?」


 空間に生まれた無数の孔。ダンジョンの各階層を結ぶ移動門に似た光。それが空間に生まれていた。孔の数は軽く数えただけでも50は超える。


「シャアアアアアアアア!」


 ムカデアシュラはその孔の一つに飛び込む。すると別の孔からムカデアシュラが現れ、更に別の孔に飛び込む。また別の孔からムカデアシュラが現れ、また孔に入って消える。


『どういうことだよこれ!』

『わかるか! 穴同士が繋がっていて、入るたびにそこから現れるってことか?』

『百足の体がキモイ。何mあるんだよ』

『っていうか、どんどん加速してないか。これ?』

『穴に吸い込まれる力で加速して、その勢いのまま出てきてまた吸い込まれる力で加速して。その繰り返しで加速しているんだ!』

『この速度で襲われたら、どうなるんだよ……』


 コメントが絶望に染まっていく。魔物に殺される所を撮られる。それはどんな配信者でもありえる可能性だ。それを画面向こうの娯楽として受け止める同接者もいるが、今回はそれだけでは済まない。この脅威が地上に現れるかもしれないのだ。


 そして、


「後ろや!」


 十分に加速したムカデアシュラが、アトリの死角から襲い掛かる。


「むっ!」


 アトリはそれを日本刀で受け止め――ることを放棄して、大きく横に飛ぶ。しかしそれを予期していたかのようにムカデアシュラは別の孔に入り、また死角からアトリを襲う。


『やべえぞこれ。あんなのどうしたらいいんだ!?』

『空間に穴をあけるってだけじゃなく、あんな攻撃もするとか手の打ちようがない!』

『本体は空間の孔の中に入っているし、攻撃してくるときは超高速。詰んだ』

『あの速度で襲われて回避できるのはすごいけど、限界があるだろ!?』

『逃げろ逃げろ逃げろ! もう無理だ!』

『ここで逃げても誰も責めないから! むしろこの情報だけでも十分だ!』

『っていうか、足止めた!?』

『諦めたの!? それともどこか怪我したの!?』


「――――」


 加速しながら襲い掛かるムカデアシュラの攻撃にアトリは足を止める。肺の空気を吐き出し、瞳もどこかではなく焦点を合わせない状態になっている。正眼の構えのまま、意識だけは静まり返っていた。


 …………。


『阿斗里、一意専心いちいせんしんって言葉を知っているか?』


 アトリの胸に去来すのは、姉である七海亜実ツグミの言葉。尊敬する姉。強い姉。両親を失い叔母に養われることになった時、生活費を稼ぐためにダンジョンに潜ることを決意した姉。


<武芸百般>と呼ばれるようになったツグミはあらゆる武器に通じる達人だ。アトリはそれをずっと傍で見ていた。その修行を、ダンジョン配信を、全部見て育ってきた。その姿にあこがれ、自分もそうなろうと修行を重ね……しかし姉には届かない事を悟った。


『いちい、せんしん?』


 才能の無さを嘆くアトリに、ツグミはその言葉を授けた。


『一意は一つの事に心を注ぐこと。専心は心を集中すること。一意専心というのはただひたすらに一つの事に集中することだ。


 ただひたすらに刀を振るうんだ。一つ振っては確認。一つ振っては確認。何度も何度も繰り返して積み重ねるんだ。アトリにはその才能がある』


 その言葉を信じて、アトリはただ刀を振り続けた。姉がいなくなっても、ずっとずっと。いつか姉に追いつけると信じて、刀を振り続けた。


 …………。


 そして今も、


 刀を振り上げ、


 そして降ろす。


 アトリに迫るムカデアシュラ。ムカデアシュラの加速はもはや目では追えないほどになっていた。重量を考えれば、列車に匹敵する速度と破壊力。触れるどころか掠るだけでも命はない。


 そのムカデアシュラが真正面の孔から現れて、アトリに迫る。


「某が刀は一意専心に降り続けたもの」


 刀を振り下ろしたまま、アトリは口を開いた。


 その横を、真正面から両断されたムカデアシュラが通り過ぎていく。


『え?』

『ムカデ斬られてる!?』

『どういうことだよ!』

『ワケわかんねぇ!』

『出てきた瞬間には切られてたぞ!』

『多分だけど……空間の向こう側にいるムカデアシュラを、斬った……?』

『できるのかよそんなこと!?』

『でもそうとしか思えない……』

『さっきの素振りは、そういう事なの……?』

『いや待って。物理的な距離とかおかしくない!? 速度も重量も段違いなんだけど!』

『斬撃を飛ばすスキルはあるけど……』

『それを素でやったの……しかも空間の向こうにいる相手に?』

『しかも、あのデカさのムカデを両断する斬撃とか……』

『ありえるのか……?』


 花鶏チャンネルとD-TAKOチャンネルのコメントが、共に疑問符で占拠される。こんな戦闘、あり得るのか? これまでの常識を完全に覆すアトリの剣技。しかし生配信である以上、嘘ではない。しかもコラボであるので、カメラのごまかしもあり得ない。


 ムカデアシュラが光の粒子となって消える。そして光が消えて魔石がカランと地面に落ちたのを確認し、アトリは刀を納めて頭を下げた。


「良き戦いであった。ムカデアシュラ殿のおかげで某も一歩成長できたぞ」


 言って頭を上げるアトリ。アトリが魔石を拾っても、コメントは沈黙していた。誰もが非常識すぎるアトリの剣技に心奪われて何も言えないでいた。


「何しとんねんお前ら! 勝利を讃えんかい! サムライガール、アトリちゃんの大凱旋や!


 やったで! マジアンタ凄いわ! ウチ感動した!」


 ハッとなったタコやんが叫び、拍手する。その瞬間にコメントも一気に沸いた。


『一本!』

『勝者、七海アトリ!』

『Excellent!』

『勝ったああああああああああああああああああ!』

『今回はマジでやばいと思った!』

『鳥肌もんだよこれ!』

『何で収益化してないのさ! こんなのスパチャものだよ!』

『ちくしょう! こんなの見せられて感動しない奴なんていねぇよ! 俺もダンジョン攻略に向かう!』

『アトリ様にはかなわないけど、俺も真面目にダンジョン攻略するぞ!』

『もう入り口付近で安全策なんてやめた! 無茶しない程度に挑戦してやる!』

『ワレキューレ騎士団の仇を取ってくれてありがとう!』

『敬礼!』

『同時接続者、18万人……また伝説を塗り替えたぞこのサムライ』

『それもあるけど、ソロで下層ボスを倒したっていうのが新たな伝説だよ!』


 勝利を讃えるコメント。喜びのコメント。アトリに感化されたコメント。配信開始から一時間足らずなのに18万人の同接者という、ダンジョン配信史上でも類を見ない数字。そして下層ボスを一人で切り裂いたという強さ。


「うむ。労いの言葉、感謝するぞ」


 そんな伝説的偉業を為したアトリは、それを気にすることなくコメントに対して頭を下げた。その様子がさらにコメントを沸かせることになる。


「おおっと、すまんなタコやん殿。ごーれむを狩りに来たのにこの顛末。


『こあ』は手に入らなかったが、約束通り魔石は譲ろう」


 言ってアトリは落ちていた魔石をタコやんに差し出す。


「ちょ、おま!? それムカデアシュラの魔石やんか!?」


「うむ、他に渡せるものもないからな。移動費のお返しになればいいのだが」


「アホか!? 下層ボスの魔石なんか、レア過ぎて値段付けられんわ! 中層までの移動費なんか端数でお釣り出るちゅうに! そんなもん受け取れるか!」


 受け取れません、とばかりに手を振るタコやん。誰も倒したことのないモンスターの魔石だ。値段をつけようとするなら、企業間での話し合いが必要になる。アトリの言い値がそのまま値段になり、そして後の魔石相場も決まるだろう。


『金にうるさいタコやんが拒否して草』

『でもこれはしゃーないwwwwww』

『そもそもこれを受け取れるほど悪人じゃないしwwwwww』

『タコやんは筋を通すからな。金に汚いけど』


「うるさいで自分ら! 黙っとき!


 移動費の報酬なら十分もろたわ。アンタの戦いを撮影して、同接者たっぷり稼いだしな。おかげで過去最大数や。登録者も一気に増えたしな」


 親指立てて喜びを表現するタコやん。実際、アトリの戦いを高性能のカメラで納めた行為は大きい。そのおかげでD-TAKOチャンネルは一気に数字を増やしたのだ。


「おお、そうなのか。タコやん殿がそれでいいのなら、よしとしよう」


「自分の方もかなり増えたんちゃう?」


「そうなのかのぅ。帰ったら確認するか」


「なんでそこまで数字に無頓着やねん……」


 アトリの言葉に理解できないと肩をすくめるタコやん。


 こうして花鶏チャンネルとD-TAKOチャンネルの初コラボは大成功に終わった。


 SNSのトレンドも『アトリ』『タコやん』『迷宮災害』『ムカデアシュラ』『一刀両断』『滾る』『サムライはクレイジー!』『狂戦士』などアトリに関するものが1週間近く圧巻することになる。


 花鶏チャンネルも登録者100万人を超え、その人気は未だに上り続けていた。とはいえアトリ本人は『ようやく、今の姉上のチャンネル数に追いつけたか』という程度でしか気にしていないが。


「これはこれは」


「マズい流れを生んでくれたな……」


「しかし鳳東の妹とはな。姉妹そろって大したものだよ」


 そしてアトリの戦闘動画が多く世間に広まり、大きな変化を生むことになるのであった――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る