拾肆:サムライガールはムカデアシュラと戦う
『ちょ、待て待て待て! 戦う気か!?』
『確かにテトラ骨三体倒せる実力なのは知ってるけど、この大きさはマズい!』
『下層ボスってだけでも、テトラ骨よりも強いのは確実だぞ!』
『そもそもワレキューレ騎士団の武器スキルを食って、ここでトルマリンゴーレムの魔石も食ったんだ! 強さも段違いだぞ!』
『バーサーカーにもほどがある!』
『ジャパニーズサムライはクレイジー!』
アトリのコメント欄が一斉に驚きのコメントをあげる。言っていることは様々だが、その内容は『とっとと逃げろ』である。あとは『お前は頭おかしい』か。
「うむ。先ほどの一撃、精練された一撃だった。テトラスケルトンウォーリアの技量に加え、あのムカデが持つ怪力も加わっている。複数の武器を同時に使えるのもまた見事。
さらには雷撃か。これはこれは良き戦いになりそうだな」
『だめだああああああああああ! 完全にやる気になってるよアトリ様!』
『何この人!? 話には聞いてたけど本当に何者なの!?』
『おいおいおい! コイツ下層のボスだろ! タコやん下層に潜ったのか?』
『ツブヤイッターから飛んできたけど、マジで大災害じゃねーか!』
『通報! いや、このサムライを通報するんじゃないけど!』
コメントの混乱は加速する。タコやん側のコメントも混じり、コメントの収束はつきそうにない。他のSNSからも配信を見に来るものが増え、接続数は一気に10万を超え、さらに増加中である。
「アンタ、コイツと戦ったことあるんか!?」
「まさか。下層の探索は幾度か行ったが、移動門までは届かずだ。少し下層での戦いに興じすぎて、気が付けば帰還時間だったからな。
このような相手がいるのなら、一気に進めばよかったな」
「戦ったことないんか! 情報なしで挑むとか本気でヤバいわこのサムライ!」
頭を抱えるタコやん。とはいえ、喰った相手のスキルを食らう特性がある以上、どんな攻撃をしてくるかなど図りようもない。今わかっているのは武器スキルがいくつかと、トルマリンゴーレムを食らって奪った雷撃能力。
「武芸の祖である俵藤太には遠く及ばぬが、これでも武を嗜む身。大百足の退治ぐらいはできぬとな。
さて、おぬしは三上山を何巻き出来るかな?」
「シャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
アトリの口上と、ムカデアシュラの咆哮が重なる。それが戦いの合図になった。
時空に空いた穴を支えにするように鎌首をもたげ、頭からアトリに突っ込むムカデアシュラ。そのアゴは大きさ6mのトルマリンゴーレムを砕く力を持つ。人間など、挟まれた瞬間に背骨ごと両断されるだろう。
仮にそれを避けても、足が持つ武器がアトリを襲う。下層攻略を目指したワレキューレ騎士団が持っていた各種武器スキルと、下層エリアで発掘される巨大で強力な武器。ムカデアシュラのパワーにスキルの技量が乗れば、岩すら両断できる。
アトリは迫る突撃を避けない。ムカデアシュラの顎がアトリに迫る。顎で切断されるか、或いは重量で押し潰されるか。
ムカデの顎が地面を叩き、土煙が上がる。土煙が晴れた場所に、アトリの姿はなかった。
『うそ、アトリ様はどこ!?』
『いない……! 潰されたか……』
『あるいは食われて丸呑みされたか……』
「阿呆! 避けとるわ!」
通夜ムードになる同接者達に、タコやんが叫ぶようにして答える。
『は?』
『本当だ! 避けてる!』
『え? 本気で見えなかったんですけど!』
『今何がどうなったの……?』
アトリの浮遊カメラや裾のスマホカメラによる本人視点ですらわからない動き。同接者はあまりの動きについて行けず、困惑のコメントを返す。
「あのサムライ、ぶつかる瞬間まで相手を誘って回避したんや! しかも避けながらムカデの牙を一本斬りおった!」
戦場から離れたところにいるタコやんが説明する。そのタコやんも、見えたとは言い難い。しかしそうとしか思えない結果が目の前にあるのだ。抜刀したアトリの姿と、そして顎を斬られたムカデアシュラ。そして少し離れたところにあるムカデの牙。
「まずはその牙、斬らせてもらったぞ」
「ギシャアアアアアアアアアアアア!」
エサと思った相手が、とんだ刃を持っていた。それに気づいたムカデアシュラは武器を用いてアトリを疲弊させる戦術に変える。風を纏った弓を放ち、大地の重さを持つハンマーを振るう。
巨大な体を駆使して振るわれる剛の一撃。その武器を的確に扱う技量。同時に雷撃を纏った体から放たれる稲光。それらがアトリを襲う。しかし、そのどれもがアトリに届かない。
「強い! 鋭い! そして数も多い! 武器の質も技量もこれまで感じたことのないものだ! 鋭い雷光も震えるぞ!」
その攻撃をアトリは刀を振るって受け、躱し、そして攻撃を返している。対格差を考えれば、大人と子供よりも大きな重量差。ムカデアシュラからすれば先ほど食らったトルマリンゴーレムよりも小さな存在。なのに、倒せない。
「手出しはするなよ、タコやん殿! コイツは某の獲物だ!」
「手なんか出せるか! タコだけにな!」
「おおっと。では足を出すでないぞ。うっかり切り裂いてしまうかもしれないからな!」
背中越しに声をかけられ、タコやんは反射的に返す。アトリの表情は見えないが、タコやんには声の質からその表情が想像できる。
(あの笑いや。三日月のような、日本刀のような……。脊髄に冷たい針を刺されたような感覚を与えるあの笑み)
画面の向こう側からはわからないだろうこの感覚。この場にいる者しかわからない鋭さ。戦に興じる狂戦士の笑み。その冷たさ。おぞましさ。恐怖。狂気。それが細く鋭い刃となって、脊髄を通過する感覚――
「どうした、その程度か? 数多の戦士を食らい得た技量がその程度とはな! ほら、隙ありだ!」
数多の巨大武器に襲われてもなお、アトリには反撃する余裕がある。武器を振るうタイミングが見えているかのように先んじて動き、刀を振るう。目線、腕の動き、武器の向く先。それらを総合的に判断し、隙を見つけ、刀を振るう。
言葉にすればアトリのやっていることはその繰り返しだ。コンマ1秒で情報が目まぐるしく変わる戦いにおいて、相手の動きから次の行動を予測する。こちらの動きで相手を誘導し、隙を作って斬る。それがどれだけ難しいか。
「イギャアアアアアアアア!」
アトリの刀がムカデアシュラの甲羅を割く。その度にムカデアシュラは奇声を上げ、怒りの感情と共に人体以上の長さと質量を持つ武器をぶつけてくる。
『何がどうなっているのか全然わからん!』
『浮遊カメラですら追いつけないとかどんだけか!』
『本人視点カメラのら動き分けるんじゃないか?』
『無理無理無理! 見えねぇよ! 動き早すぎてなにがなんやらだ!』
『おい、こっち見ろ。タコやんがカメラ設置した! これなら何とか見える!』
『マジだ。タコやんナイスカメラワーク!』
「ウチは配信される側で、撮る側やないんやけどな!」
タコやんは背中から生えた足の数本に高画質カメラを装着し、残った足で壁などを移動しながらアトリの戦いを撮影していた。タコやん自作のカメラでどうにか『映像』になるレベルで撮れる動きだ。
(見える、ゆうかどうにか追えるってレベルやけどな。浮遊カメラの自動追跡じゃ無理やでこれ。ウチも経験で動きを予測しておってるにすぎへんからな!
【並列思考】スキルでカメラワークと移動を別思考でやってるからできるんやで、これ!)
機械の足を駆使して立体的に位置取りし、アトリの動きを予測してカメラを配置して撮影する。並行して複数の思考ができるスキル【並列思考】で『撮影』と『移動』の二種類の脳波命令を機械の足に出し、かつ配信者としての戦闘経験があるからこその撮影だ。
「ギガアアアアアアアアアアアアアアアア!」
ドゴン! ドゴン! ドゴン!
ムカデアシュラが吠える。顎の一本を失ったせいか、不快な金切り声だ。咆哮と同時に周囲に雷撃を落とし、アトリを感電させようとする。狙いは甘いが数は多い。叩き付ける稲妻が空気を震わせる。
『何だこの雷!?』
『トルマリンゴーレムの攻撃だ! 自分を中心に稲妻を出す範囲攻撃……なんだろうけど』
『この大きさと量はアリエナーイ! トルマリンゴーレムの比じゃねぇぞ!』
『タコやんの避雷針なんか、一発でショートするぞ!』
『ヤバイヤバイヤバイ!』
『これはさすがにアトリ様も危険なのでは!?』
『今北産業なんだけど何がどうなってるのこれ!?』
『安心しろ! 最初から見てる俺もワケがわからん!』
『ゴーレムコアを狩りに来たら、下層ボスとタイマン張るとかなんなんだよこれ!』
『は? これ下層ボスなの? なんで?』
『↑ それは誰もが聞きたい』
「ウチも聞きたいわ! なんでこんなことになっとんねん!」
コメントにツッコミを入れるタコやん。超バズったサムライガールにあやかろうとしたら、迷宮災害レベルのトラブルに見舞われたのだ。詮無きことだが、愚痴りたくもなる。
「素晴らしい! これほどの苛烈さを持っているとはな! 数多の戦士を食らい、魔物を食らい、その貪欲さをこちらに向けろ! その全てを斬ってくれようぞ!」
轟雷の中、アトリの声が響く。稲妻の乱舞を潜り抜け、ムカデアシュラの腹部に刀を突きたてる。そのまま走って傷を広げ、一気に引き抜いた。紫色の血飛沫が地面を濡らす。
『斬ったぁ!』
『かなりの出血だ!』
『いや待て。モンスターに血は流れていない! あいつらは魔石を核にして魔力と呼ばれるエネルギーで動く存在だ!』
『じゃああの血は何だ!?』
『そういう攻撃だ! 触れた個所を溶かす毒液!』
『【腐食毒液】のスキルだ! 斬攻撃に対するカウンター!』
『直撃すれば骨まで溶けるぞ!』
「アンタ、その血に触れたらアウトや!」
「だろうな。きな臭い香りがしたのだ。勘で避けて正解だったという事か」
刀についた血を振り払うアトリ。非生物に影響を及ぼすかどうかはわからないが、どろりと粘性のある紫色の血液は、あまり気持ちのいいモノではない。
『やべえええええええ!』
『今わかっているだけのスペックでも各種武器の【武器適正】スキル。【轟雷一身】【腐食毒液】……』
『自主的に空間の孔をあけた正体不明のスキルも追加だ!』
『この巨体とパワーだけでもワレキューレ騎士団を全滅させたんだぞ! しかもこんなにスキルがあるのかよ!』
『こんなのが地上に出たら、どうしようもねえな』
『逃げるが大正解!』
『なんでこの子は逃げないの!?』
アトリがムカデアシュラを一方的に傷つけているように見えるが、実際は薄氷の上を歩くようなものだ。体躯の差もあり、アトリは一撃食らえば殺される。そしてその攻撃手段はムカデアシュラが食らったスキル数だけある。まだ見せていない未知なスキルもあるかもしれないのだ。
「そりゃまあ……勝てる、思ってるんやろ?」
コメントの一つに疑問符交じりに答えるタコやん。
『勝てる? は?』
『このバケモンにポン刀一本で勝てると思ってんのか?』
『バカなの? 頭悪いの?』
『足止めしてくれるのは嬉しいけど、勝つビジョンが全然見えないぞ、このムカデ』
『デカい。稲妻放つ。武器強い。斬ったら毒液まき散らす。マジで何なの?』
コメントはアトリの無謀さにあきれる者がほとんどだ。残りはムカデアシュラの強さに絶望している。
(ウチかて信じられへん! こんなん、どないせいいうやねん!)
ムカデアシュラが奮わす空気を直で感じながら、タコやんは撮影を続ける。本能は逃げろ逃げろと警鐘を鳴らしている。脳波で動く8本の足は思うだけで逃亡の為に動いてくれる。なのに――
(なんやこれ。逃げたいのに、逃げたくあらへん。此処でこのサムライを見捨てても文句なんか言われへん。戦って死ぬのが幸せって顔してるんやから、巻き込まれんように離れるのが一番やのに)
逃げずに戦ったのはアトリの選択だ。それを見捨てて逃げても、人道的に責められることはないだろう。なにせ自分の命がかかっているのだ。
なのに、タコやんは唾を飲み込み拳を握る。危険な戦場から逃げずに、食い入るように戦いを見ていた。
(あかんわ。これを見逃すとか、オモロない! 配信者として、D-TAKOチャンネルのネタとして、無視できへんわ!)
下層ボスに挑むアトリ。戦うサムライの姿に、タコやんは魅了されつつあった。
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