拾弐:サムライガールは関西弁配信者に詰められる

「アンタが七海アトリやな! ちょっとツラ貸しぃや!!」


 丸メガネ。白衣。背丈はアトリよりも頭一つ小さい女性。顔立ちからわかるが、アトリと同年代なのだろう。


「確かに某は七海アトリだが。さて、どちらさまかの?」


 首をかしげるアトリ。何処かで会ったという覚えはない。記憶力は悪くはないつもりだ。


「ウチの名前を知らへんとはモグリか、或いは相当な田舎モンやな!


 しゃーないから名乗ってやるわ。ウチはD-TAKOチャンネルのタコやん! ダンジョン三大企業エクシオンのダンジョン配信者や!」


 D-TAKOチャンネルのタコやん。そう名乗った少女がポーズを決めると同時に、背負っている機械から8本の機械アームが展開された。それぞれのアームに銃器やドリルなどの武装が存在し、それぞれが独立したように動いている。


「でぃ、たこ?」


「時代遅れのサムライ様にはこのハイセンスなチャンネル名はわからんようやな。DungeonーTAKOでもあり、DexterityーTAKOでもありDumplingsーTAKOたこやきでもあるんや!


 とりあえず気軽にタコやんとでも呼べばええで。うちも適当にアトリって呼ばせてもらうわ」


 首をひねるアトリに、気安く言って頷くタコやん。同接者にもそう呼ばせているという。


 アトリは知らないが、エクシオンのD-TAKOチャンネルと言えば軽快な関西弁トークと機械アームを使った戦闘や罠解除で有名な企業配信者だ。様々な発明品などを使ったりエクシオンの商品を使ってのダンジョン攻略などを行う中堅配信者である。


「して、そのタコやん殿は某に如何なる用事なのだ?」


「やんと殿を混ぜんな! オレサマチャンみたいでイライラするわ! タコやんだけでええ!


 アンタ、この前の配信でゴーレムコアを斬り割いたやろ!」


「確かに切り裂いたが、それがどうしたというのか?」


 アトリの言葉に、タコやんはアトリを指さして言葉を続けた。


「ホンマ何してくれんねん! あのコアがあればウチのアームの性能がアップしたのに! アンタがあれを市場に流してくれたら、うちがそれを買い取ってお互いウィンウィン! アンタはEMぜに稼げて、ウチは足回りがアップ!


 あ、足っていうのはこの機械の事な。うちの足なんや」


 タコやんは背中の機械から延びている機械アーム……レッグ? をワキワキと動かす。モバイルなどを使用した遠隔操作ではなく、脳波を受けてコントロールされているブレインマシンインターフェース技術のようだ。


「なんと。それだけの機械腕……足? それを動かせるとは見事見事。名のある学士のようだな」


「当然や。ウチはエクシオンに支援してもらえるぐらいの超天才やしな。持ってるスキルスロットは少ないけど、それを補う数でカバーする知的ガール! それがD-TAKOことタコやんや!」


「おー。大したものだ」


 ポーズを決めるタコやん。それを見て、拍手するアトリ。


「って! 話逸らすなや! 


 逸らしたのはウチやて? そないなことはどうでもええねん!」


 そして一人ボケ一人ツッコミをした後で、本題とばかりに腕を組むタコやん。


「アンタにはウチが損した分のお返しをしてもらわなあかんねん! 具体的にはゴーレムコアを狩るための手伝いや!」


「あいや待たれい、タコやん殿。ダンジョンで得た品物をどう扱うかは狩った者にあるという一文がある。つまりごーれむこあ? それをどうするかというのは某に権利があるわけだが」


 アトリが言う一文は、ダンジョン探索者の誰もが目にする一文だ。ダンジョンで得た者はその探索者に権利がある。アトリがゴーレムコアを破壊しても、咎められる理由は何一つない。


「だからやんと殿を混ぜるなって……もうええわ、好きに呼べ! そして細かいことを気にしたらあかん! それにお互いに得のある話やし、最後まで聞きぃや!」


 しかしタコやんはそんなことは承知の上で……というか、強引にそれを無視して話を進める。


「ウチは下層入り口からそう離れてへん移動門に通じる場所にマーキングしてあるカードがある。これを使えば比較的安全に下層への移動門まで行けるんや。アシ代はウチが持ったる! タコだけに、な!


 そしてこの時間帯の下層移動門番人はトルマリンゴーレム! 電気を纏うゴーレムや! 電気対策さえすれば勝ち筋は見えてくる! コイツを倒してゴーレムコアゲットするんや! どや、ウチと一緒にゴーレム狩らへんか?」


「むぅ。しかしゴーレムを倒しても『こあ』とやらが必ず手に入るとは――」


「細かい事はええ! 聞きたいのはやるかやらんかや! イエスかハイかOKかどれか選ぶんや!」


「それはどれも同じでは?」


「つまり了解って事やな! 契約成立や!


 ほな、今日はうちに付き合ってもらうで!」


 親指立てて強引に話をしめるタコやん。アトリは茫然と頷いていた。流されるままではあったが、アトリとしても損がある話ではない。


「まあ、こちらとしても下層へのまーきんぐをしたいのだから、移動門への近道ができるのは渡りに船。そう思うと悪くはないのか?」


「せやなぁ。なんで毎回律儀に上層から回ってるのかよくわからんかったわ。まさかマーキングも知らへんとは思わんかったで」


 アトリの言葉に手を振って答えるタコやん。


「なにぶんこういう技術には疎くて。すきるだったか? その存在を知ったのもつい最近でな」


「ホンマ、あの生配信は衝撃的やったわ。あれだけ動けるのにスキルなしとか」


「まだまだ姉上には届かぬよ。姉上ならそれこそ上層から下層まで某の五分の一の時間で突き進むしの」


「いや、さすがに盛り過ぎやで自分」


 そんなのあり得ない、とツッコミを入れるタコやん。さっきまで因縁をつけていた相手にそこまでできるのは、性格なのだろう。


「嘘ではないのだがなあ。


 しかしいいのか? さっきも言ったがそのゴーレムを倒しても『こあ』が出るとは限らぬぞ。無駄足になるやもしれんのに。しかもマーキングした先に移動するのもタダではないのだろう?」


 エクシオンのマーキング施設に来て、アトリは初めて移動サービスが有料であることを知ったのだ。登録自体は探索者資格を持っていれば無料だが、移動の度に料金を取られる。しかも結構高額だ。


「かまへんかまへん。ゴーレムコア出ぇへんかっても、トルマリンゴーレムの魔石が取れれば採算は取れるわ。気にすることやあらへん」


「むぅ、しかし中層移動は一人20万EMだぞ。それを出させるのは……」


「……アンタ、その60倍ぐらいするコアを無造作に切り裂いやんやけどな」


「まあ、その」


 ゴーレムコアを斬ったことはアトリの信念の問題で後悔こそしていないが、具体的な数字を出されてしまうと目を逸らすぐらいはしたくなる。


「ワケわからんわ。あんだけモンスター斬って魔石稼いで、20万EMで驚くとか。


 自分、稼いだお金どうしてんねん?」


「主に生活費と刀の研ぎだな。これまで世話になった姉上と叔母様に返金しているところだ」


「……はぁ?」


 何とはなしに聞いたことに、予想外の言葉が返ってきた。タコやんは眉をひそめ、脳内で計算する。打算ではなく、経済的な計算を。


(武装の維持費はわかる。むしろ探索者の収益のほとんどは武装や怪我の補填に消える。ウチのもメンテと開発でEMゼニかなりかかるからな。刀を研ぐのとかよくわからへんけど、それなりにEMゼニかかるのは納得するわ。


 でも生活費はさすがにないやろ? サラマンダーの魔石だけで十数年は過ごせるで。どんな生活しとんのや!)


 もしかしたら叔母とやらに搾取されてるんじゃないだろうか。そんなことを考えるタコやん。


「あかんで! 自分、お金に関していろいろ甘すぎる!」


「お、おう? うむ、その辺りは叔母様にも指摘されててな。『世間を見なさすぎだ』とまで言われて。


 浅慮なのは自覚しているが、どこから手を付けていいやら」


 いやはや困ったものだ。頭を掻くアトリに、タコやんは指さし断言する。


「わかった。アンタ、戦う以外は無能やろ」


 はっきりきっぱりと、アトリのパーソナリティを指摘した。


「む、無能……!? そ、そこまで言われるのは……」


「さっきの雑談配信見て、法律に詳しい人がおるのはわかったわ。


 せやけどアンタ自身はかなり間の抜けた子や。年齢相応の無防備が見えるで。つまらん詐欺師に引っかかって、いいように利用される未来が見えるわ」


 自分より背の低いタコやんに詰め寄られて、タジタジになるアトリ。そこまで言われるのは如何なものか。そう思いはするが、世情に疎いのは事実だ。言い返すこともできない。


「よっしゃ! ウチが直々に教育したるわ! しばらくウチがついてマネジメントしたる! ええ感じに育てたるから安心しぃ!」


「ええ感じ、とは?」


「細かいこと気にしたらあかん! 要はウチについてたらどうにかなる言う事や!」


 強引に話を打ち切るタコやん。実際細かい事は考えてはいないのだろう。というよりは、


EMぜにに疎いとか、ホンマもんのカモネギやん。甘い汁吸おうとするやつらが寄ってきて、騙されるのは目に見えとるわ。そんなんさすがに許せへんで)


 アトリの独特の甘さを見抜いたのか、生来の世話好きなのか。ここで放置してはいけないという気質がタコやんを動かしていた。


(当然、マネジメント料は貰うけどな。バスった人気にあやかってウチも宣伝させてもろて、いろいろ稼がせてもらうぐらいはええやろ)


 まあ、善意だけではないのだが。むしろそちらがメインなのかもしれない。


「そうと決まれば、早速コラボ配信の準備や! 新星侍ガールと、天才ガジェット美少女のコラボ! トルマリンゴーレムのコアを求め、二人の配信者がいま手を結ぶ! これや!」


「おお、よく解らぬが凄そうだの」


「いや、アンタの事やからな。そっちのチャンネルも設定よろしくしたってな」


「せってい?」


「アンタ、そういうの疎そうやなあ。


 先ずはチャンネルの配信設定からテーマを開いて――」


「てーま? 開く?」


「うわ、そこからか!? ああ、もうスマホ貸しい! カメラの方もや!」


 想像以上のSNS音痴に驚くタコやん。アトリは頭をかきながらスマホと浮遊カメラを渡し、タコやんは個人情報を出来るだけ見ないようにしながらコラボの設定を整える。


 そして――


「痒いところに足届く! アンタらのDーTAKOチャンネルが来たったで!


 今日はなんとスペシャル企画! 今をときめく侍ガール、七海アトリちゃんとの緊急コラボ配信や!」


「あー。ええと、そういうことだ。今日はたこやん殿とのこらぼ? そういうことになった」


 軽快な挨拶をするタコやんと、どう見ても流されているのがわかるアトリの態度。


『は? 緊急コラボ?』

『D-TAKOとアトリのコラボ?』

『どういう接点やねん、これ?』


 アトリとタコやんの同接者は、挨拶より先に疑問のコメントを打ち続けた。

 



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