拾壱:サムライガールは通知に難儀する

「叔母様、こ、こ、これはどういうことか!」


 ダンジョン攻略配信、翌日。


 アトリはスマホの通知を見て、慌てたように叔母のヒバリに詰め寄った。


「何の事だ?」


「も、ものすごく通知が来ているのだが!」


 アトリのスマホは常に通知が来ていた。さすがにうるさくなって通知をOFFにしたが、気が付くと100単位で通知が来ているのだ。


「チャンネル登録者にチャンネルへのダイレクトメール。ああ、ツブヤイッターの登録もしたんだったか。こちらもすごいもんだな」


「叔母様が登録しろと言ったのではないか! おおお、どうしたらいいのかわからん! 全員に言葉を返せばいいのか!?」


 人生初の超バズりに戸惑うアトリ。自慢ではないが、スマホの操作は得意ではない。フリックで文字を打つのも時間がかかる。たまり続ける通知すべてに目を通し、全てに言葉を返すとなると一日では終わりそうにない。


「おちつけ。先ずは深呼吸だ」


「う、うむ。急いては事を仕損じるという奴だな」


「通知内容を確認するが、いいな?」


 ヒバリはアトリの為に緑茶を淹れる。それを飲んで一息ついたことを確認し、ヒバリもコーヒーカップを傾ける。アトリの許可を取って、スマホの通知内容を確認するヒバリ。しばらくして、ヒバリは頭を掻きながら答える。


「結論を先に言えば、全てに返事する必要はない。この手の通知の大半は返事を期待していない挨拶みたいなものだ。『これからもよろしく』とか『昨日の配信見ました』『これからも頑張って』と言ったモノだな」


「むむ。だとしたら尚更返事をしたほうがいいのでは?」


「それは配信の時に一括で返すんだ。『皆の激励、しかと受け取った。これからもよろしく』とでも返しておけ」


 ヒバリは通知を確認しながらそう返す。実際、通知内容は激励や今後の期待が多い。これらすべてに律儀に返していけば、それこそ心労で潰れてしまう。真面目なのはアトリの美徳だが、それで精神を病んでしまえば逆効果だ。


「それは些か不誠実なのではないか?」


「多数に囲まれた際の手段として、一対一を全員分繰り返すのではなく多対一での最善手を取るだろう。それと同じだ」


「なるほど。得心した」


 思い悩むアトリにヒバリはアドバイスをする。物騒なアドバイスだが、アトリには効果てきめんのようだ。それはどうなんだ、と思いながらヒバリは通知の中のいくつかに目を止める。


『私達のパーティに入りませんか?』


『ミーの傘下に入れてやろうではないか?』


『オレのオンナにならないか?』


 態度はともあれ、内容としてはアトリを探索者として仲間に加えたいというものだ。配信を見て戦力に加えたいと思った探索者達だ。アトリの実力を思えば、勧誘はまっとうな判断である。……ナンパはともかく。


「時にアトリ。これまで一人でやってきたわけだが、これを機会に誰かと組んでみる気はないか?


 昨日の配信を見て、仲間に勧誘したい旨の通知がきているが」


「ふむ? 私を倒せるほど強い猛者なら考えるが。そういう者がおるのか?」


「ないな」


 断言するヒバリ。アトリの強さは知っている。あの強さ以上の探索者など数えるほどしかいないだろう。そう言った者達が打診していないことはチェックしている。


「では論外だな。轡を共にするなら、相応の強さが必要だ。できうることなら、一戦交えてみたい。命のやり取りの末にわかることもあろうて」


 刀の柄に手をかけ、薄く笑うアトリ。その姿を見て、ヒバリは心の中でため息をついた。数日バズった程度じゃこの性格はどうにかできそうにない。


「とはいえ、叔母としてもネットで一方的に知った相手と出会いたい、なんて言われれば止めるしかないがな。相手の素性もわからないし、危険すぎる。


『パーティ勧誘はお断り』的な一文を配信サイトに書いておけ」


 言いながらさらに通知内容を確認する。おおよその内容はアトリに肯定的だが、ごくわずかには否定的な言葉もある。


『フェイクサムライ』


『どこの企業の回し者だ』


『スキル使ってるくせに、ウソツキ!』


『負けて〇ね!』


『女のくせに生意気だ!』


 度の過ぎた罵詈雑言は運営に通知し、アトリの目に入らないように削除してブロックする。10000人いれば2人ぐらいはこういう奴はいる。この手の悪意に姪を晒すつもりはない。


「通知に関してはオフにしてスルーしろ。少しぐらい見てもいいが真に受けるなよ。事、悪意あるメッセージなんかは目に止めるな。


 それよりは今後どうするかを考えろ」


「今後?」


「正確に言えば、今後の目標だな。


 このまま変わらず入り口から走って行く動画を続けるか、あるいは本格的に下層探索を開始するか」


 下層。


 前も言ったが、地球上に数多あるダンジョン入り口から入って、三つ目の階層を指す。上層でも十分死亡率が高いが、中層に入ればその数字は跳ね上がる。下層はそんな中層など前座であったとばかりにハードルが上がる。


 住まうモンスターは強度もパワーも増し、罠に気づくこともできずに死ぬものは多い。順路も複雑化し、環境も様々だ。熱波が天井や壁から放出されるエリアから、地面が氷結化したエリアになることもある。物理法則が歪み、それまでの常識がまるで通じなくなるのだ。


「下層か。確かにあそこの戦いは滾るな」


 何度か――学校が休みの日に半日かけてダンジョンを進むことがあるが、その時に下層まで到達し、そこで戦いに明け暮れたことがある。ボス戦を除けば敵の強さは桁が違う。覚悟も殺意も攻撃手段も何もかもが違う。


「できることなら下層を主に探索したいが、如何せん時間がなくてな。勉学をおろそかにするわけにもいかん」


 問題は探索時間の確保だ。文武両道を目指すアトリとしては、ダンジョン探索のために勉強の時間をおろそかにはしたくない。学校を終えて最寄りのダンジョン入り口に移動したとしても、やはり2時間が限界だ。


「なら移動門にマーキングをすればいい」


「まーきんぐ?」


 聞き慣れない単語に首をひねるアトリ。


「ダンジョンの各種移動門に専用のマーキングデータを入れることで、入り口から潜った時にその移動門に移動できることができるエクシオンのサービスだ。


 各ダンジョン入り口にエクシオンのマーキング施設があるから、そこで登録してマーキング用のカードを貰えばいい。次回からはカードをもって最後に通った移動門まで移動できるぞ」


「おお、便利なものがあるんだなぁ。大したものよ」


「前にも教えたけどな。その時は『走るのも修行』と言って聞かなかったくせに」


「いやその、うむ。確かに修行ではあるのだが、そろそろ質を上げていこうかと」


 叔母の追及を受けて、目を逸らすアトリ。本音は下層魔物の強さを知って、そこに真っ直ぐいけるならいいかもしれないと思ったわけだが。


「よし。その方針で行くことをすぐに公表するんだ。学校から帰ったら雑談配信でその事を告げろ。


 冒頭の原稿ぐらいは書いてやる。適度に雑談した後でダンジョン配信。入り口でカードを貰って下層まで進んでマーキングだ」


「お、おう……。しかし叔母様、性急すぎやしないか? その、少しばかり機を見てからの方がよいかと思うが」


「機を見るというのならまさに今だよ。鉄は熱いうちに打て、だ」


「むぅ、そういう感覚はないからわからぬの。まだまだ修行不足という事か」


 テキパキと今後のことを決める叔母を見ながら、当のアトリはどちらかというと呆然としていた。自分がそこまで注目されているということに気づいていないのである。


「そういう事だ。慣れている者に任せて、学校に行ってこい」


「おおっと、もうこんな時間か。では行ってくるぞ」


 時間を確認し、家を出るアトリ。その間もヒバリは様々な準備に対応していた。


……………………


…………


……


「初めましての方は初めまして。既知の方はまた見てくれて嬉しいぞ。七海アトリの雑談配信を始めよう」


『いえああああああ!』

『待ってました!』

『サ ム ラ イ !』


 そして雑談配信開始。その日は先日以上に学校で色々な人に詰め寄られ、少し疲弊したアトリ。そうなるだろうと予測していた叔母の差し入れ、高級茶葉による玉露で心を落ち着かせてから、配信開始である。


「先ずは通知に関するお知らせを。


 皆の激励はしかと受け取った。温かい言葉を受けて、元気を頂いたぞ」


 ヒバリの作った原稿のままに読み上げるアトリ。『これでいいのかなぁ?』と首を傾げた後に言葉を続ける。


「色々勧誘されているが、現在はパーティ及び企業に入る予定はない。最低でも某に勝てるだけの実力者でなければ、共に歩む気はない」


『渋っ!』

『アンタに勝てる配信者って、どんだけだよ!』

『事実上のソロ継続宣言かな』

『企業からの勧誘あったのね。当然と言えば当然か』


 納得するコメント。アトリと戦える配信者などどれだけいるか。


「また、誹謗中傷に関しては度が過ぎたと判断した発言は、容赦なく法的措置を取っていくつもりだ。過度な悪意的コメントを行った52名の方々に関して、既に弁護士と相談中……ということになっている」


『は?』

『うそだろ?』

『判断が早い』

『エクシオンのAI裁判は公平で隙がないからな。震えて眠れ!』

『ざまあwwwwwwww』

『メシウマ!』


 コメントのごくわずかは迅速な法対応に驚き、残った9割はそれを見て反応する。コメントが一気に沸いた。


「なお、この『なっている』というのは実は某は知らぬことで。この手の事に聡い叔母様に任せてある。この件に関してコメントや通知などを渡されても反応できないのであしからず。法的な話し合いは弁護士などを通じてお願いしたい。


 ……これでいいかの。とりあえず通知に関しては以上だ」


『見事な対応です!』

『叔母GJ!』

『未成年配信者にはこういう保護者がいないとダメだよね!』

『速いのは剣技だけではなかった!』

『士道不覚悟は切腹でござる!』

『情報開示待ったなし!』

『いやぁ、まさかダンジョン開始前からスカッとするなんてな!』

『逆に言えば、僅か1日で50人近くもそういう輩がいたというのは何ともはや』


 原稿を読んだだけなのに、ここまで沸くコメント達。アトリは『悪意あるコメント』を知らないが、とてもそういうことを言う人たちには思えなかった。


「さて。今日もダンジョン探索を生配信していく予定だ。今日はまーきんぐ? それを持って下層の移動門まで行くつもりだ。


 それを使えば次からは下層から開始できるという。すごい事よ。某には想像もできない。技術者というのは素晴らしい人達だ」


『おお、ということは次回から本格的に下層探索!』

『むしろ今までなんでそれをしなかったのかが不思議』

『いや、普通は下層にマーキングなんかしないから。あそこはシャレにならないから』

『でもアトリ様ならいける!』

『配信待ってます!』


 温かいコメントに送られる形で雑談配信は続き、そして終わりを告げた。


 ……………………


 …………


 ……


「さて、今日も向かうとするか。良き戦いがあればいいがな」


 アトリはいつも使用するダンジョン入り口まで移動し、エクシオンのマーキング施設を見つける。そこに向かい手続きをしようとしたところで、


「アンタが七海アトリやな! ちょっとツラ貸しぃや!」


 丸メガネをかけて白衣を着た少女がアトリに向かい、そんなことを言ってきた。

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