捌:サムライガールは中層を進む

 移動門を通った瞬間に襲い掛かる浮遊感。


 自らが光の粒子になり、銀河を渡る感覚。詩的にそう表現する配信者もいるが、その描写もあながち間違いではない。ダンジョン間における階層は別の空間にあるともいわれている。


 もしかしたら移動門を通る存在は毎回物質の最小限単位に分解され、約10万光年銀河の広さを移動しているかもしれない。そもそも物理的――三次元的な移動であるかどうかも証明できないのだ。


 とはいえ、原理が不明だからその技術を使用しないというわけではない。エンジンの原理が分からないから車に乗らないというものはいないし、三角関数が分からずともGPSを利用した地図を利用する。世の中はそんなものなのだ。


 原理不明の移動門を使い、中層に移動するアトリ。転送された先は白い大理石のような物質で構成されたエリアだ。天井の高さは8mほど。人間には高すぎる天井だが、逆に言えばこれだけの高さが必要なものがここにいるという事だ。


 キシャアアアアアアアア!


 宙をはばたく赤い蝙蝠。ブラッドバッドと呼ばれる血を吸うモンスターだ。十数単位で群れるモンスターで、宙を舞うため近接武器では攻撃が届かない。


 ゴガガガガガ!


 そして蝙蝠の近くには大きさ6mほどの白い人形がいた。人型ではあるが胴部分が大きいずんぐりとした白い石。ホワイトロックゴーレムと呼ばれる岩の人形だ。見た目通りに堅く、そして大きさ相応にパワーもある。


『うわ、ブラッドバッドとホワイトロックの赤白コンビか!』

『転送していきなりこのグループに会うとかついてないなぁ』

『え? なんか厄介なの?』

『ブラッドバッドは小柄で空を飛ぶから遠距離攻撃でも当てにくい。その上数も多いから対処が厄介なんだよ』

『加えて、ホワイトロックはデカい上に堅い。鈍器系の武器ならそれなりにダメージは行くけど、そうなるとブラッドバッドは対処しずらい』

『高速飛行系と、パワータンク系。このコンビネーションがクソ』

『ブラッドバッドは【血吸い】持ってるから体力も回復するし、ホワイトロックは【剛打】があるからな。スキルを使った短期決戦が基本』

『中層三大鬼門の一つ。出会ったら逃げるのが吉』


 コメントが総出でブラッドバッドとホワイトロックゴーレムの厄介さを告げる。


 巨大でパワーのあるホワイトロックゴーレムに手間取っているとブラッドバッドに集中砲火を食らう。ブラッドバッドを遠距離攻撃で狙えば、ホワイトロックゴーレムに手痛い攻撃を食らう。


 コウモリがゴーレムを宿るための岩場にしているのか、この二種は同時に現れることが多い。そして出会った配信者たちを容赦なく吸血するか、剛腕で沈めるかしていた。これらの事がよく配信されることもあり、中層では有名な厄ネタとして扱われていた。


 もちろん厄介な相手から逃げることは恥ではない。それはダンジョンを探索するモノからすれば常識だ。無策無謀に挑むことは勇気ではなく、愚行。そして愚行の結果、命を落とす者は後を絶たない。


「ほほう、三大鬼門か。他には何があるか教えてほしいものよの」


 言いながら刀の柄に手をかけるアトリ。そしてそのままブラッドバッドとホワイトロックゴーレムのいる方に歩いていく。

 

『部屋に擬態して入ってきた者を捕えるルームミミックと、オーガの部族宴会場』

『宴が鬼門かよwwwwwwww』

『お前あの恐ろしさ知らないだろ! 『バッカスバカバッカッス!』が酒飲みバトル挑んで、ゲロまみれ配信になったんだぞ!』

『相手の酒に洗剤を混ぜる戦略と【純水化】を使ってアルコールを薄める作戦ズルを使っても勝てなかった最悪の配信でしたね……』


 さすがにそれは挑めんなぁ。未成年だし。アトリはまだ知らぬ中層の鬼門に身を引き締める。ダンジョンとは奥深きものよ。表情を引き締め、歩を進めた。


『待て待て待て。なんで挑もうとしているんだこのサムライ。刀から手を放せ!』

『刀だと届かないだろうが! あと岩も斬れないだろうが!』

『せめて遠距離武器を持て! 或いは魔法系スキルとか!』


 歩を進めるアトリにコメントが飛ぶ。逃げろ、無理、勝てない。刀では遠距離攻撃ができないから。おおよそそんなものだ。そんなコメントにアトリは、


「届くぞ。足場ならあるではないか」


 そう一言返して、ホワイトロックゴーレムに向かって走る。一斉に迫るブラッドバッドと、そして拳を振り下ろすゴーレム。


『突撃しやがった!』

『俺達の説明聞いてなかったのか!』

『せめて片方を引き寄せるとか!』


 慌てるコメント群。コウモリの牙で血を吸われるか、或いはゴーレムの拳に吹き飛ぶか潰されるか。数秒後の悲劇を前に心配と絶叫に似たコメントが流れる。


「ここか」


 抜刀するアトリ。迫るコウモリに向かい刀を振るい、迎撃していく。切り刻まれるコウモリは数体。しかしそれで刀の間合いは見切ったのか、一旦離脱してすきを窺うように滑空する。隙あらば襲い掛かる。アトリはそんな獣の意思を感じていた。


 そして2秒遅れて振り下ろされるゴーレムの拳。【剛打】と呼ばれる拳系の攻撃力をあげるモンスタースキルにより強化された一撃。真っ直ぐに振り下ろされた一撃はダンジョンの床を穿つ。盾を持つ屈強な男であっても一撃何とか耐えるのが限度。


「ほら、足場だ」


 アトリはゴーレムの一撃を受けるでもなく、躱すでもない。振り下ろされた拳に合わせて跳躍し、その腕を走って昇っていた。


『は!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?』

『え? 何それ!』

『ゴーレムの腕に乗って、走ってる!?』

『そこは! 足場! じゃねえええええええええええええ!』

『なるほどー。たしかにあしばですねー(棒』

『普通そんなことできないから!』

『できとる、やろがい!』


 驚きのコメントが流れるが、それはまだ序の口。ホワイトロックゴーレムの肩まで登ったアトリは、肩部を足場にして刀を振るう。ゴーレム周囲を飛び回るブラッドバッド。刀の届く位置にいるモンスターを切り刻んでいく。


「この高さまで登れば刀でも届く。問題あるまいて」


 ブラッドバッドもこんな方法で高さを克服するとは思わなかったのだろう。アトリの攻撃に対応が遅れた。コウモリ達は慌てて離れるが、それを追うようにアトリは跳躍し、距離を詰めて切りかかる。


「臨機応変。機に臨み、変化に応じて戦う。姉上ほど上手くはないが、この程度なら某もできるぞ」


 地面に着地し、刀を振るうアトリ。数秒遅れて、斬られたブラッドバッドが魔石化して地面に落ちた。小さく淡く光る魔石がカランカランと地面を打つ。


『いやいやいやいやいや! 何そのデタラメ殺法!』

『本当に遠距離攻撃なしでブラッドバッドの群れを半壊させやがった!』

『次に赤白に出会ったら俺もやろう。無理だけど』

『↑ 素直でよろしい。ちなみに俺も無理。回れ右するわ』

『ゴーレムの腕を走って昇るとかも無理だけど、最初のブラッドバッドを武器で斬るとかも怖くて無理。アイツラ、失血して倒れても吸い続けるもんな……』

『迫るコウモリの群れを突破し、ゴーレムの腕を避け、その上を登って走り、そこでコウモリを斬って、更には追いかけて飛び降りながら斬った……?』

『あの、推測だけど飛び降りた高さ5mもあるよ』

『なあ、これ本物だよな?』

『繰り返すが、マジ配信』


 浮遊カメラ。アトリ視点のカメラ。その両方がアトリの行動の難易度を示していた。CG映像でも見ているかのような動きだ。ダンジョン攻略の基本――安全第一、危険は避けろ――をぶち壊す配信である。


 否、その常識は依然として存在している。危険を避けるのは当然だ。だが、アトリにとっては万人が『危険』と思う事であっても、難なく突破するだけに過ぎない。


『まだだ! まだホワイトロックゴーレムが残ってる!』

『早く離れろ! 潰されるぞ!』

『【剛打】の乗ったゴーレムパンチとか骨も残らんぞ!』


 ホワイトロックゴーレムは祈るように両手を合わせて、右手と左手を重ね合わせる。そのまま拳を振り上げ、アトリに振り下ろす。ダブルスレッジハンマー。


「問題ない」


 アトリは刀を下段に降ろした状態で、ホワイトロックゴーレムから目を離さずコメントに言葉を返す。


 ピシン!


 ゴーレムの振り上げられた腕は、肘辺りが切断されてそのまま後ろに飛んた。連鎖するように胴が斜めに切れてズレていき、頭部も流れるように地面に落ちた。


「既に斬ってある」


 腕と胴と頭部が斬られ、そのまま物理的に崩れて落ちるゴーレム。その音に怯えるようにブラッドバッドの群れ逃げ出していた。


 ブラッドバッドが視界から消え、そしてゴーレムが光の粒子となって消えるまでアトリは残心を怠らず、ゴーレムの魔石の存在を確認してから刀を納めて一礼した。


『うっそだろろろろろ!?』

『いつ斬ったんだよ!』

『そりゃゴーレムの腕を走って昇り、飛び降りている間……なんだろうけど』

『え? 確かに刀振るってたけど、え? マジで?』

『ザコ視点を味わう日がこようとは』

『解析班、早く来てくれー!』

『刀のリーチ的に、登りながら斬って、飛びりざまに反対側を同じように斬ったって事……だよな?』

『HAHAHA! 走りながら腕と胴をを斬って、肩まで登って頭を斬って、飛び降りながら同じ個所を寸分たがわず斬ったって? アンビリーバボー!』

『KOOL! SAMURAI! FANTASTIC!』


 例によってアトリの礼が終わるまでは黙っていたコメントが、一気に騒ぎ出す。アトリの剣に驚く者、推測して解析する者、そして純粋に喜ぶ者。様々だ。そして、


『あ……もしかしてあれ、ゴーレムコアじゃないか?』


 コメントの中に、ゴーレムがいた場所に落ちている魔石以外の存在に気づく声。


『おおおおおおお! マジだ! レアドロップキター!』

『相場だと1200万EM! どの企業でも高く買い取ってくれるぞ!』


 レアドロップ。モンスターを倒した際、低確率で魔石以外の物質が発生する事がある。その物質をレアアイテムと言い、それを得ることをレアドロップという。


 ホワイトロックゴーレムのレアドロップは『ゴーレムコア』。ゴーレムを動かす核である。相応の技術力と資金があれば自分に忠実なゴーレムを作り出せるとまで言われている。


「ふむ。つまりごーれむとやらの心臓と言ったところか」


 アトリはコメントからゴーレムコアの事を知り、


「まだ生きているのなら、介錯仕ろう」


 それを拾い上げてそのまま宙に放り上げて、


『は?』

『え?』

『ちょ』


 抜刀し、斬った。斜めと横。ゴーレムコア4つに分断され……光の粒子となって消えた。


「これで完全に命脈を断ったという事だな。よしよし」


 満足げに頷くアトリ。相対したのにまだ生きている。心臓が残って活動している。それがアトリには許せなかった。それだけの理由だ。


『アホかあああああああああああ!』

『何つーことをしたんだよおおおおお!』

『えええええええ!? ゴーレムコア、斬ったぁ!?』

『もったいねええええええええ!』

『1200万EMが光に消えた!?』

『ナンデ!? サムライナンデ!?』


 しかしコメントはそれを理解できず、大騒ぎになった。もったいない。何してんのこのサムライ。おおよそそんなコメントだ。


「むぅ、解せぬ」


 アトリはそんなコメント群に不満げに眉をひそめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る