漆:サムライガールはコメントに答える
「良い戦いであった。汝の命、無駄にはせぬよ」
ミノタウロスの遺体ともいえる魔石に向かって頭を下げるアトリ。
コメントもその礼を前に沈黙する。背筋を正し、心からの礼。その場限りの土下座やいい加減なことを言う謝罪会見とは違う。正しい姿勢から行われる礼節は、それだけで人の心を奪う。
そしてアトリが頭をあげると、
『一本!』
『おおおおおおおおおお!』
『勝負あり!』
『黙祷!』
『ヒュー! これ本当にフェイクじゃないよな!』
『ない。浮遊カメラとスマホのリアルタイム二重撮影だ。これでフェイク創れる技術者はいない』
『収益化してたら絶対スパチャだぞこれ!』
コメントが一斉に湧き出す。その全てが、アトリの勝利を祝っていた。
「おお、放置して済まぬな。さすがに戦いのさなかに答えるのは難しかったので」
『いや普通無理だし!』
『むしろ戦いに集中してくれ!』
『コメントに気を取られて死ぬとかやめてくれ!』
コメントに答えられなかったことを謝罪するアトリだが、コメントの返事はおおむね好意的だ。コメントを気にしながら戦える状況ではないのは誰もが分かる。
ただ一人はそうは思わなかった。
「うむぅ。しかし姉上は戦いながら答えていたからな。大したものよ」
他ならぬ、アトリ本人である。
自分が最も尊敬する姉。その配信では戦闘しながらコメントに返信していた。それでいて、戦いに支障もなかったのだ。
『あねうえ?』
『いや無理無理。そんなバケモノ配信者は『ぴあ&じぇーろ』か『タコやん』ぐらいだぞ』
『しかも『ぴあ&じぇーろ』は双子のスイッチ型で前衛後衛交代しながらコメント返信するタイプ。『タコやん』は移動と攻撃を機械に任せて自分は喋るタイプ。ガチ近接でコメント返信しながら戦える配信者なんていないよ』
『一応いるけどな。『ワンスアポンアタイム』の
<武芸百般>
数年前にダンジョン配信界隈を風靡した女性の配信者だ。近接戦闘を主にした戦闘スタイルだが弓矢銃などの遠距離攻撃にも長けるえば彼女、とばかりにわかりやすい説明をしており、今でも参考動画として扱われるほどである。
「おお、それだ。姉上はその名前を使っておったぞ」
アトリの姉の名前は七海
『……は? <武芸百般>の妹?』
『うええええええええ!? 確かに面影がある!』
『マジかああああああああああ!』
驚きのコメントがアトリの脳内に流れ、
『あ、でも『ワンスアポンアタイム』って確か……』
『……深層に潜って行方不明……だよな』
『三年前の話だ。これは……』
『その、ウカツだった』
一気にコメントが通夜ムードになった。
ワンスアポンアタイム。<武芸百般>鳳東、<登録王>トーロック・チャンネルーン、<化け蟹>カルキノス、<無形>もふもふわっふるん。この四名による実力派ダンジョン探索パーティだ。それぞれがチャンネルを持っていたが、あくまで収入を得るため。ダンジョン探索こそが彼らの本懐だ。
ワンスアポンアタイムはそれまで突破不可能とされていた下層ボスを倒し、その下にある深層の存在を明らかにした。そして深層に続く移動門をくぐり……帰ってこない。電波も届かないのか、無事を知らせる配信もない。
それが3年前。それ以降、下層を突破できたものはいない。深層も、その存在以外は何もわかっていない状態だ。
「おお、姉上の活躍は皆も知っておるのか。妹として誇らしい限りだ」
だが、そんな事実をないかのようにアトリは嬉しそうに頷いた。
『え? あの』
『そりゃ配信界隈で<武芸百般>を知らない人はいないだろうけど』
『その、お姉さんのことはご愁傷さまというか』
『お姉さんの遺志を継いで頑張ってほしいというか』
『亡き姉の傷を堪えて頑張る』アトリに対して、そんな労いのコメントが飛ぶ。しかし、
「ご愁傷様? 遺志? いやいや、姉上は生きておるよ。あの姉上が死ぬはずがない。遺体も見つかっておらんしな」
そんな意見は聞く耳持たないとばかりに、アトリは言い放った。
『……これは』
コメントが止まった。皆が息をのんだのだ。
ダンジョン。そこは一歩間違えれば死ぬ異空間。モンスターに殺されることもある。罠にはまって、動けなくなり衰弱死する者もいる。カメラに映らない角度からの攻撃で、配信者同士での抗争で死ぬこともある。
現在進行形で難所ともいえる下層。それよりも下の階層に潜り、3年間音沙汰がないのだ。遺体こそ見つかっていないが、死んだと考えるのが普通である。
「姉上が死ぬ? はっはっは、あり得ぬあり得ぬ。某よりも強くたくましいからなあ。深層とやらで今も刀を振るっておるだろうよ。いや、弓か? 斧か? 槍か? 姉上は何でも使えるからなぁ」
アトリは姉の事を思い出し、からからと笑う。通夜状態のコメントなど意に介さない。そもそもそんな空気を読めるような性格ではない。
『いやでもこのサムライの姉なら、ワンチャンあるのか?』
『鳳東からスキルシステムを譲渡されてるとか?』
『確かにあの配信はすごかった。戦いながら自分の動きの解説もしてたしな』
『そういうスキル持ちなのか?』
『確かにそれは聞いてみたい。どうなのその辺』
「? 姉上の凄さの事か? すごかったからぞ。某も幼少からいろいろ教えられてな。結局刀以外は形にならなかった。なんでもできる姉上には頭が上がらん」
自分が不出来であることを恥じることなく、むしろ姉のすばらしさに胸を張るアトリ。
『いやいや。アンタの剣術、すごいから』
『ボス相手にソロ突破とかどんなスキル持ってるんだよ』
『見立てとしては【斬撃強化】【感覚強化】【狂戦士】あたり?』
『待て。【三次元戦闘】だろう。あの跳躍斬りは異常だ』
『スキルシステムは最高で3つまでだぞ。それも3個入りは企業のお気に入りにしか使えないはず』
『姉から譲渡されたとか……?』
アトリの強さを計ろうと、コメントが沸きあがる。先の罠突破やゴブリン戦。そして今のミノタウロス戦。さらに言えば、テトラスケルトンウォーリアを斬ったあの動き。そこから持っているスキルを推測していく。
「その……某、こういう時によく『空気が読めない』と言われることが多いのだが、聞かぬは一生の恥ゆえに問うぞ。
すきる、とは何ぞや?」
本当にわからないことを聞いている、という顔でアトリは言う。これが演技なら、稀代の役者になれるだろう。
『ちょ、待て。え? 何このダンジョンシロウト? 演技? キャラづくり?』
『今時ダンジョンに入らないパンピーでもスキルの事は知ってるぞ……』
『スキルっていうのは、モンスターの魔石から力を抽出して、人間でも使えるように調整加工したもので』
『スキルシステムと呼ばれる機械にそれを差し込めば、モンスタースキルを使用できる』
『一つでもあれば、ダンジョンの生存率は大きく跳ね上がるぜ。【罠発見】の有無で生死が分かれることもある』
『市販流通してるスキルシステムはスキル1個。それもかなり高いけどな』
『企業配信者は2個入りのスキルシステムを使ってる。売れてくると3つの奴をもらえるっぽい』
『抽出されたスキルも高い。ダンジョンの稼ぎが全部消える』
『企業未所属配信者はスキル1個のシステムを状況に合わせて使いまわすのが普通』
『↑ それ普通じゃない。恵まれてる方』
『普通はスキルシステムも買えない。買えたとしてもスキル複数買ったら借金地獄』
脳内に一気に発生するコメント。スキルの説明をしているのだが、アトリが分かったのは2つだけだ。
「あー。済まんがそういう類は使っておらんのだ。何せ金欠学生でな。生活費と刀一本を維持するだけで手いっぱいなのだ」
スキルが高い買い物であることと、自分はスキルを持っていないという事だ。
再びコメントが沈黙し、
『『『『ありえねええええええええええええええええええええええ!』』』』
流れるコメントが、『ありえない』一色に染まった。
『待って。本当にスキルないの!?』
『なのになんでそんなに強いのさ!』
『ミノタウロスとあそこまでやり合えるのに!?』
『そもそもゴブリン相手に無双してたけど、あれは何なの!?』
『もしかして、俺達の知らない何かがあるとか?』
一斉に問われる質問。脳内に展開されるコメントを整理しながら、アトリは頬を掻きながら答える。
「某の強さの秘訣か? いや、その、某まだまだ未熟なので語れるほどでもないのだが……」
謙遜――ではなく本当に自分が未熟だと思って答えるアトリ。
目標としている姉には遠く及ばない。追えば追うほど姉のすごさを理解し、とてもと追いつけない。それでも刀を振るうのはその背中にあこがれているからだ。その憧れが、自己評価の低さにつながるとはなんという皮肉。
「ランニングに、素振り、瞑想、すり足、発声練習。これを6年間欠かさずこなしていたのは地力になっているはずだ。継続は力だな」
思い出すように指折り数えるアトリ。
『いや、それだけ?』
『聞くだけなら普通の剣道の訓練っぽい?』
『いくら何でもそれでそこまで強くなったっていうのは草』
『まだ戦闘民族ナントカ星人とかの設定がある方が納得できるわ』
『鳳東はゴリラだった……。おや、だれかきたようd(ザシュ!)』
コメントの返信は早かった。そしてそのほとんどが懐疑的ではあるが、否定的ではない。信じられないが、アトリを詐欺まがい扱いはしなかった。
「うむ、姉上がいたころは模擬戦もこなしたが、全然勝てなんだ。まったく情けない事だ」
『鳳東と模擬戦……』
『これだけ聞くとほほえましい姉妹なんだろうけど、この強さに至れるまでの模擬戦だよなぁ……』
『実戦に勝る修行なしとはいうが、そういうことか?』
『死ぬ直前までの戦いを毎日繰り返していたとか』
『家にトラップを仕掛けて回避の訓練とか』
『鳳東は妹を谷に突き落とす獅子だった……。おや、だれかきたようd(ザシュ!)』
「はっはっは。皆の者、想像力豊かだなあ」
冗談めかしたコメントをスルーするように笑って受け止めるアトリ。
「……その程度で済めば御の字であったよなぁ……」
ぼそりと小さく呟くアトリ。瞳をうつろにして呟いた言葉は、幸運にも誰にも聞かれなかった。
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