陸:サムライガールは上層ボスと戦う
ダンジョンは多重構造になっている。
地球上のどこにでもあるダンジョン入り口に入った者は、入った場所に応じた場所に転送される。入り口ごとの転送先こそ決まっているが。近くにある入り口だから転送先も近くとは限らない。地球上では数キロ程度の距離でも、ダンジョンに入れば数万キロ単位で離れていることなどザラだ。
地球上からダンジョン内に入った空間。そこを『上層』と呼ばれていた。
そこは岩肌であったり、大理石の通路であったり、肥沃な大地であったり、青空広がる楽園だったり、奇妙な建物が並ぶ廃墟だったり、機械的な船の内部だったり、脈打つ肉壁だったり。
様々な空間がつながった空間。ある企業の研究者は数多の異世界が混合したなどと言う理論を出した。数珠つなぎのように世界が連結し、絡み合い、それが形となったのだと。
そんな混沌とした空間に『下』に繋がる移動門があることを知ったのはダンジョン発見から数年後。危険エリアとして調査されなかった空間を突破した探索者が、地上からこの空間に繋がる門と似て非なる存在を発見したのだ。
そこから繋がる空間、そしてさらに下に繋がる門を発見される。20数年のダンジョン探索により、それら空間を『中層』『下層』と命名される。そして下層より下に『深層』なる存在も発見されたが……そこに踏み入った者は誰も帰ってこない。
閑話休題。
ともあれ現在ダンジョンは『上層』『中層』『下層』そして『深層』の四段階に分かれている。上下などと言ってはいるが、あくまで概念的なものだ。上層から穴を掘れば中層につくなどというものではない。空間そのものが別次元にある。あくまで探索者が分かりやすいように命名したに過ぎない。
それらの階層を行き来するには移動門を通らなくてはいけない。そしてその移動門は例外なく階層ボスと呼ばれる存在が守っていた。
「ゴ、ガァァァァ!」
牛の頭を持つ二足歩行の巨人。巨大な斧を持ち、鼻息荒く侵入者を待ち構えている。その名は――
『ミノタウロスか』
『あー、ついてないな。回れ右して帰った方がいい』
『今日は厄日だな。明日には別のボスになってるはずだし』
ミノタウロス。身長4mもある牛頭の魔物だ。その身長と体躯に見合った巨大な両手斧を持っている。その斧で薙がれれば、人間の体など真っ二つ。岩をも砕く一撃だ。
『ツイてないってどういうことだ?』
『階層ボスは日替わりで変化するんだ。運が良ければ黒オークみたいな弱いボスに当たることもある』
『黒オークも相応に強いけどな。でもミノタウロスよりはまし』
脳裏に流れるコメントが、アトリの不幸を嘆く。階層ボスは日によって変化する。ミノタウロスは上層の移動門を守るボスの中で、一番のパワーを誇る。防御力を高めたタンク役でも、油断すれば盾ごと命を持っていかれるだろう。
「いやはやツイておる。よもや
しかしアトリはミノタウロスを見て、そう呟いた。刀を抜き、笑みを浮かべる。
「某はそこから中層に向かいたい。おぬしはここを守りたい。ならば言葉は不要よな?」
「ガアアアアアアアアア!」
アトリの言葉に呼応するようにミノタウロスが吠え、斧を振り上げて突撃してくる。言葉が通じたわけではない。アトリの戦意に、ミノタウロスが反応したのだ。
『【猛牛突撃】だ!』
『あの角に突かれたら、ジェラルミンシールドでも貫かれるぞ!』
『逃げろ!』
『何で棒立ちしてるの!』
アトリの脳内にコメントが乱舞する。アトリが意識すればそのコメントが脳内領域から消え、そしてさらに意識を集中する。
呼吸を止め、刀を構える。せまってくるウシの突撃。頭部の角をこちらに向け、牛の脚力で地面を蹴って迫ってくる。貫かれれば、コメント通りに鉄板を腹に巻いても意味はない。
後ろに逃げても速度で追いつかれる。横に避けても突撃の勢いに巻き込まれる。
「行くぞ。我が刀技、受けるがいい」
ゆえにアトリは前に出た。二歩前に進み、その気負いを殺さぬように跳躍する。ミノタウロスの突撃を飛び越えるように回転しながら跳躍し、そのまま刀を振るった。
『何て動きするんだこのサムライ!?』
『ぎゃああああああ! 本人視点カメラだと目が回る!』
『避けた!?』
『飛び越えたのか!』
『いや、でも避けただけだ! 折り返しが来るぞ!』
コメントがアトリの回避を喜び、そしてミノタウロスの反撃を忠告する。突撃したミノタウロスはその勢いを殺さずに軌道を修正し、ターンして再度目標を襲う。広い空間で繰り返される【猛牛突撃】。これこそがミノタウロスが厄介なボスとして扱われる理由だ。
「ブモオオオオオオオオ!」
しかし、突撃は来ない。ミノタウロスは怒りに鼻を鳴らし、地団駄を踏む。
『何だこの行動? 見たことないぞ?』
『は? 突撃一回で終わり? なんだそれ?』
行動を不審に思うコメント。しかしその理由は、すぐに判明する。
『あ……。角が一本ない』
『え? 本当だ! さっきまではあったぞ!』
『角、床に落ちてる!』
『ええと……もしかしてさっき跳んだ時に斬った……のか?』
『マジか!? あの回転跳躍のさなかに刀振るって斬った!? 本人視点でもわからんかったぞ!』
『だがそうとしか思えん。……そうか、角を斬ると突撃止めるのか』
『突撃してくるミノタウロスの角を斬るとかムリゲー!』
『そうはならんやろうが』
『なっとる、やろがい!』
交差の瞬間、アトリが刀を振るいミノタウロスの刀を斬っていたのだ。空中という足場の踏ん張りがない場所での一閃。回転する勢いとミノタウロスの突撃。それを用いて角を断ったのだ。
跳躍が遅ければ避け切れずに角に貫かれていただろう。斬撃が足りなければ、突撃に負けて吹き飛ばされていただろう。寸分狂えばこの結果はなかった。
「もう片方の角も落としてやろうか? それとも自慢の斧技を披露するか?」
それを事もなく成し遂げたアトリは、これで終わりではあるまいと薄く笑う。ここからが戦い。血肉躍る斬撃と斬撃の応酬だ。
「オオオオオオオオオオオ!」
叫ぶミノタウロス。斧を振りかぶり、アトリに向かって振り下ろした。ズドン、とダンジョンの床に両手斧が叩き込まれる。床を穿つ一撃。穿った斧を力任せに引き抜き、アトリを追うように横なぎに払う。
「見事見事。力任せに見えて、安定した足腰による鋭い一撃だ」
ミノタウロスの鍛えぬかれた下半身。しかと大地を踏みしめる牛蹄。斧を安定して振るえる肩の力。地面から蹄を通して膝から濃しに力が伝わり、背骨を通して両肩通じ、そこから肘、手のひらを通して斧まで至る。
それは武術。体中全てを使って一撃を繰り出す技法。無駄のない一撃は、最速で目標を打ち砕く。効率よく、力に無駄なく。
『怖っ! 本人視点だとギリギリ回避が味わるぜ!』
『オレ、タンクなんだけど……あの斧を受けるんじゃなく避けるとかマジ無理。当たったらミンチじゃん。防御策取ろうよ!』
『浮遊カメラ視点でも怖いけどな。当たってないか、これ? 当たってないのは生きてるからわかるけど!』
『信ジラレナーイ!』
コメントがアトリの動きを理解できないという一色に染まる。一撃食らえば、死。回避を誤れば言葉通り肉体が両断される。そんな状況下でアトリは、
「良いぞ。良いぞ。良い殺気だ!」
一歩も引くことなくミノタウロスに肉薄し、刀を振るっていた。一閃すればミノタウロスの皮膚に紅の線を刻み、一振りすればミノタウロスの筋肉が断裂する。一刀翻れば斧と交差して軌道が変えられ、一突きすればミノタウロスの重要臓器に致命的な刺傷が生まれる。
「ガ、アアアアアアア!」
アトリも無事ではない。斧の直撃こそ避けてはいるが、風圧と衝撃は確実にアトリの体力を削っている。攻撃の隙を縫うようにミノタウロスはアトリを蹴り、動きを封じようとする。
「良い。良いぞ。存分に切り結ぼうぞ!」
痛い。痛い。怖い。死ぬ。痛い。痛い、怖い。死ぬ。痛い。痛い。怖い。死ぬ。痛い。痛い、怖い。死ぬ。痛い。痛い。怖い。死ぬ。痛い。痛い、怖い。死ぬ。痛い。痛い。怖い。死ぬ。痛い。痛い、怖い。死ぬ。痛い。痛い。怖い。死ぬ。痛い。痛い、怖い。死ぬ。
――良い。
痛みも恐怖も死線も、全て良し!
その全てを詰め込んだ、笑み。痛みを感じ、死線を意識し、それを『良し』と頷く。それがアトリ。それがサムライ。痛みも、恐怖も、死も、全てを認めた上で――良し。そう言えるのが、アトリでありサムライなのだ。
『すっげぇ。これが、マジの戦闘』
『企業に修正されない戦闘って、こんな感じなのか……』
『いや、こんな近接戦闘ありえない』
コメントは荒れる。
『……無理。死ぬわこれ』
『だな。やっぱ、ミノは鬼門だわ。角だけに』
『サムライはバーサーカーか。常人には無理』
アトリの戦闘を恐れる意見と、
『マジスゲェ。感動した!』
『血しぶき写ってるぜ。本気で戦ってるんだな!』
『これがサムライソウル! 失われたジャパニーズブシドー!』
戦闘に興奮し、アトリの強さを認める声に二分される。
「おおおおおおおおおおお!」
「ブモオオオオオオオオオオオ!」
互いの武器が届く範囲から離れることなく、雄たけびあげながら刃を振るう。煌めく一刀。振るわれる剛斧。それらが振るわれるたびに互いの生命が削られる。それは命を奪う行為。死を与える行為。回避が一瞬遅れれば、その瞬間相手の刃は自分の命を奪う。それが
交差する斧と刀。その行く末は――
「勝負あり、だ」
アトリの突きだした刀が、ミノタウロスの心臓を穿つ。刀を通して、脈打つ心臓の鼓動を感じた。そこから真下に刀を下ろし、更に引き抜いて逆袈裟からの首への一閃。
「……ブモオオオオオオ……!」
首を斬られ、そこでようやくミノタウロスは力尽きたのか光の粒子になって消えた。ミノタウロスの核であった魔石が、カランと地面に落ちる。
「良い戦いであった。汝の命、無駄にはせぬよ」
アトリは刀を納め、魔石に向かって頭を下げた。
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