伍:サムライガールはゴブリンと戦う

 ゴブリン。


 緑色の肌をした身長1mほどの人型種族だ。ダンジョン上層に居を構え、徒党を組んで自分より弱い者に襲い掛かる卑屈なモンスターである。


 ……という説明を聞き、かつそれまでのファンタジー物語などの先入観から『ははあ。ザコモンスターだな』と思う者も多いだろう。


 しかしそれは大きな間違いだ。その勘違いを抱いた探索者は皆帰らぬ者となる。


 居を構える。つまり彼らはダンジョン内で独自の文化を形成しているのだ。光が十分にない空間の中、生活に足る十分な食料を確保している。光源も土壌も農業に適さないダンジョンにおいての食事は、狩り。


 彼らは狩猟民族と言っても差し支えない文明を持っているのだ。狼に乗り機動力を増し、かつて軍隊がダンジョンを攻めてきたときに略奪した武器を確保している。銃器は弾丸を生産できないため扱えないが、アーミーナイフやジャケットなとを用いて襲いかかってくるのだ。


 徒党を組む。つまりゴブリンは連携することを知っている。ただ集団で襲い掛かるだけではない。挟み撃ち、同時攻撃、陽動、不意打ち……。彼らは集団で狩りをする術を知っている。


 粗野で野蛮と言われているゴブリンだが、上下関係は確かに存在している。否、暴力的な行為を許すからこそ、成り立つ上下関係があるのだ。殺し、奪い、そして嗤う。その快楽こそが経済のないゴブリンにとっての報酬なのだ。


 そして弱い者に襲い掛かる。これこそがゴブリンを脅威たらしめている事である。ゴブリンは己の弱さを知っている。突き詰めて言えば、己の弱さを正しく理解している。敵を知り己を知ればなんとやら。彼我の戦力を正しく図れることは生存能力に直結する。


 卑屈。品性なく、卑劣である。ダンジョンにおいて品性の重要度は低い。品性を売りにしている配信者もいるが、ネタキャラ扱いだ。一瞬の油断が全滅に繋がるダンジョンにおいては卑屈でもそれが生存に繋がるなら価値は高い。


「ママー!」

「タスケテー!」

「モウシマセン!」

「シニタクナイ!」


 こう叫ぶと人間は手が止まる。言葉の意味など知らずともいい。生まれた隙に逃げるか不意を突く。生き延びれば、勝ちだ。また数を増やして、人間を襲えばいい。


 繰り返そう。


 ゴブリン。緑色の肌をした身長1mほどの人型種族だ。ダンジョン上層に居を構え、徒党を組んで自分より弱い者に襲い掛かる卑屈なモンスターである。


 この魔物をザコと侮る者がどうなるか。おそらくその侮りを後悔しながら、ダンジョンに染みを残すことになるだろう。その染みも、徘徊するスカベンジャースライムに清浄され、消えてしまう。


 ダンジョン上層において『多数のゴブリンを見つけた』ということは危険地域であることを示す。8割近くの探索者はそこを避け、安全なルートをすすむ。1割弱の者は情報惰弱の為気づかずに、ゴブリンの居場所に足を踏み入れてしまう。


 そしてごくわずかの猛者は、脅威度を知りながら突き進む。


『この先、ゴブリンがいるって注意報が出た場所だ!』

『マジか。ゴブリンはヤバいから迂回しろ!』

『集落が近くにあるって話だから避けた方がいい!』


 アトリの脳内に浮かぶコメントにも、そんなゴブリンに対する注意が流れていた。アトリが走っていく先。そこにゴブリンの集団がたむろしているという。なんでも近くに集落があるらしい。


「はっはっは。緑小人のことを言っているのなら問題ない。多少智謀に長けておるが、それゆえ引き際を心得ておる。余計な時間は取らぬよ」


 だがアトリはゴブリンの危険性よりもゴブリンを相手することで時間をロスすることを心配されていると思っていた。


『いや、時間とかじゃなくて!』

『ゴブリンを舐めてかかると酷い目に会うぞ!』

『【同族連携】【狼乗り】【罠発動】【暗視】……厄介なモンスタースキル持ってるんだから!』


 モンスタースキル。モンスターが持つ種族ごとの特徴だ。同じゴブリン同士で連携するとダメージが増え、狼を自在に乗り回し、ダンジョンの罠を任意に発動させ、暗闇でも視界を確保できる。


 スキルシステムと呼ばれる企業が開発したツールは、モンスターの魔石からこれらの特性をコピーし、一時的にそのスキルを使用できるというものだ。それを用いればダンジョン攻略も容易になるのと言われている。


「舐めてなどおらぬよ。あ奴らは立派な策士にして狩人」


 アトリの眼前に小さな何かが写る。刀の柄に手をかけ、目を細めた。


「故に、斬る」


 先手必勝。疾風迅雷。走る速度を駆ける速度にギアチェンジし、走りながら抜刀する。


「ギギャアア!」

「ガガドガ!」


 ゴブリンの数は3体。探索者から奪った武器を手に、狩りをしていたのだろう。得物を見つけたと叫び声を上げ――


「――しっ!」


「グガッ……アアアアア!」


 通り抜け様にゴブリンを切り捨てる。アトリはそのまま走り抜け、ゴブリンは振り向こう首を動かした瞬間に、命を絶たれて光の粒子となって消えた。


『なんだそりゃああああああ!』

『え? 今何したの!?』

『通り抜け様に斬り割いた……のか?』

『恐ろしく早い斬撃。俺でも見逃してたね』

『つーか、いつ抜いた?』

『解析班、任せた!』

『って、次のゴブリンも来たぞ!』


 コメントが驚きに満ちている間に、アトリはさらに進む。ゴブリンの断末魔が届いたのか、すでに臨戦態勢だ。4名のゴブリンが狼に乗り、3名が背後で弓を構えていた。そして1匹は仲間を呼ぶように手を振り回す。


「ひの、ふの、みの……合計で17か」


『17? 今見えてるだけで8じゃね?』

『【同族連携】のサブ効果だ! 近くに仲間がいれば呼び寄せれるんだよ!』

『まさかまさかの効果だよなあれ。知らずに一度死にかけた』

『待って。何で援軍に気づけるの!? 見えてないよね!?』

『来たぁ! マジで17体いる!』

『しかも狼ライダー4体か! 【同族連携】×4と【狼乗り】のコンボとか、並のタンクでも耐えきれんぞ!』

『あと【罠発動】もうヤバい! この通路にある罠を任意で発動できるんだ! ダンジョンそのものが敵になるぞ!』


 コメントに意識を向けず、アトリは唇を舐めた。ゴブリンが駆る狼の動きは素早く、そして獰猛だ。狼の牙の鋭さと、イヌ科の俊敏さを兼ね備えた狼。それを愛馬の如く乗り回すゴブリン。


「ゴガアアア!」

「シャアアア!」


 狼とゴブリンの同時攻撃にして、波状攻撃。アトリの周囲を囲むように回転し、隙を見ては近づいて攻撃する。同時に離れた場所にいるゴブリンは弓を撃ち、ダンジョンの罠を発動させてアトリの動きを止める。


『地面沼化の罠だ! 足取られた!』

『狼は普通に泥でも飛び回ってる! 卑怯!』

『援軍も来た! 弓持ちだ!』

『完全に囲まれたああ!』


 コメントのほとんどが悲鳴で埋まり、


『……待て。なんで無事なんだ? 浮遊カメラまだ動いてるぞ』

『本人視点の動きがえげつない……。めちゃくちゃ回転してる』

『ゴブリン10人超えに囲まれるとか、中層常連者でも無理だぞ。そうならないように立ち回るのが基本だし』

『え? ゴブリンが倒れた!?』


 そして、驚きに変わる。


 泥と化した足場で細かく足を動かし、アトリは回転するように動きながら刀を振るっていた。一刀翻れば狼が斬られ、横に振るわればゴブリンの命が消える。狼の牙を避け、ゴブリンの武器を刀で弾く。それも1や2ではない。10近い攻撃を刀一本でさばきながら、反撃しているのだ。


『斬った? あの猛攻撃の中で攻撃したの!?』

『としか思えない。でもあの猛攻の中で攻撃できるとかアリエナイ!』

『俺、5人パーティでゴブリン6体に襲われて、何とか逃げ帰れたんだけど……』

『どんな動きしてるんだ!?』

『え? 無敵回避スキル? そんなのあるの?』


 アトリの動きを理解しようとするコメント。しかし同接者の誰もが理解できない。上層の災厄。回れ右する代表格。ダンジョンを甘く見たものを葬る刺客。そう呼ばれていたゴブリンは、次々にアトリに切り刻まれていた。


「よい殺気だ。よい怒りだ。それをぶつけてこい。某はそれに答えて刃を返そうぞ」


 ゴブリンたちの殺気を受けて、笑みを浮かべるアトリ。殺気を感じる。斬る。襲い掛かってくる。斬る。隙あり。斬る。連携が崩れた。斬る。避けると同時に斬る。切ると同時に走り、そして斬る。


 抑揚なく、のんびりとしたアトリの配信口調。それは変わらない。


 しかし、その動きは戦いに生きる修羅の動き。寄らば斬る。殺意に殺意を返す戦場の乙女。


 真に恐ろしいのは、ここまで戦いに没頭できることである。人型の魔物を倒すのに良心の呵責を覚えることはなく、ゲームのようだと現実離れしているわけでもない。


「斬る」


 命を絶つこと。自分が殺されそうになっていること。殺し合いをしていること。その意味を、正しく理解している。その上で斬ることを躊躇せず、配信時の精神状態を維持している。


 そして、


「ギガァ! ギャギャー!」

「ギャギャ! ギーギー!」


 叫び声と共にゴブリンたちが撤退する。機動力のある狼乗りが殿を務め、訓練されたかのような動きでゴブリンたちは戦場から去っていた。かと思いきや――!


 ドドドドドドドド!


 聞き慣れない音が聞こえてくる。モンスターの咆哮ではない。何かが音を立てて迫ってくる。そしてその音は少しずつ大きくなってきていた。その正体は、すぐに脅威となって理解できた。


『大洪水トラップだ!』

『ゴブリン達、逃げ際にとんでもないトラップ発動させていきやがった!』

『流される!?』


 視界一杯に広がる水。ダンジョンの通路を押し流すように流れる水が、アトリに迫る。


「ほほう。あいにくと行水するつもりはないぞ」


『何言ってんのこのサムライ!?』

『そんな気楽なもんじゃねぇ!』

『どこに流されるかわかんないんだぞ!』

『最悪、水棲モンスターの住む池に直行して、そのまま食べられるかもしれないぞ!』

『言ってもこんなのどうしようもないわ!』


 アトリの気軽な言葉に沸くコメント。それを流しながら、下段に構えた刀を、


「しゃ!」


 真っ直ぐに真上に振り上げた。


『なにを――』


 大洪水は、アトリの斬撃に切り裂かれるように左右に分かれ、そのまま流れていった。


『なにを……やったの?』

『ええと、水を切り裂いた?』

『はあああああああああ!? ええ、水って斬れるの!?』

『普通は斬れない……』

『OH! SAMURAI FANTASTIC! AMAZING!』

『すげえええええええええ!』

『これ、本当にタダで見ていいの? マジですごいんだけど!』


 起きたことを理解できないというコメントが流れ出す。だが流れてくる水を斬ったとしかか思えない光景に、コメントはすぐに驚きと称賛に変わる。


 もっともそれを為したアトリは、


「しまったな。魔石が流れて行ってしまったか。まあ已む無き事よ。


 些事に囚われていては大事をこなせぬ。先を急ぐとしようか」


 あまり大したことをしたと思っていない感じで頭を掻き、気分を切り替えてダンジョン内を走り出した。


『……おう』

『ソウダナー』

『ホント、たいしたことナカッタネー』


 同接者の棒読みじみたコメントが、少し遅れて流れた。

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