▼▽▼ 中村しろふぉんの迷惑配信 ▼▽▼

「くそ……! しばらく中層に入るなだと!」


 ダンジョン上層の壁を蹴りながら、迷惑配信者中村しろふぉんは愚痴っていた。


「俺様の中層ソロ突破記録はいまだに破られていないんだぞ! 俺は実力派の配信者なんだぞ。なのに上層から下に降りないでほしいだと……!」


 先の召喚石配信の後、しろふぉんは企業から辞令を貰ったのだ。


『中村 しろふぉん 様


 貴君の動画配信において、不具合が生じたため以下の辞令を下します。


 移動制限:ダンジョン中層以下に向かう事を禁止する


 制限期間:1週間』


 理由は『召喚石の扱いが不透明なため、世論の反発を回避するため』というもっともらしい意見だ。法的に扱いが決定されていないモノを扱った動画配信のため、世間の反応を見る。そんなもっともらしい理由である。


 だが、それが建前であることはしろふぉん本人も知っていた。


『サムライガールに逃亡した』

『自分が敗退したモンスターをあっさり斬られて、二の句も告げなかった』

『もしかしてしろふぉんて弱いんじゃない?』

『自分のトラウマ刺激されて泣き叫ぶ系の迷惑配信者』


 ネットの意見はしろふぉん動画における逃亡を嗤う意見が多かった。


『2分で配信終了。過去最速wwwww』

『自分のトラウマでビビらせようとして、あっさり斬られたとか立場ないよなwwww』

『実力者wwwwwww』

『中層ソロ突破記録wwwwwwが泣いてるぜ』


 ダイレクトに罵る意見。しろふぉんが所属する企業インフィニテック・グローバルもそれを知っている。それを口にはしないが、辞令を渡したマネージャーは明らかにその話題を避けていた。


「黙って受け取ったほうがいいよ。その……ネットの騒ぎは1週間もすれば収まるし」


 同情的な意見こそいうが、しろふぉんがネットでネタにされていることに関しては何も言わない。知っているのに触れようともしない。クソが。しろふぉんは不承不承その辞令を受け取り、そして上層を歩いていた。


「あんなのただの偶然だ! アンデッド特攻スキルか即死系スキルで両断したとかそんなのに決まっている!」


 しろふぉんは動画を何度も見直し、アトリの両断が嘘ではないことを確認している。ならばそれに至る理由があるはずだ。【魔弾】【二重詠唱】【誘導弾】……追尾する魔法の弾丸を連続で打ち出すスキルシステムでも倒せなかったテトラスケルトンウォーリアを倒すスキル。それがあるに違いない。


「そんなのあるんですか?」


 疑問に思うスタッフ。スキルシステムに関してはインフィニテック・グローバルが一歩先を行っている。魔石からモンスタースキルを抽出するシステム。それを再現するスキルスロット。そこに所属しているスタッフですら、そんなスキルは知らないのだ。


「知るか! アクセルかエクシオンのどこかが、下層で入手したとかだろうが!」


 それに返すしろふぉんは乱暴の一言だ。スキルは元となったモンスタースキルがないと発生しない。即死スキルを持つモンスターなどいるのだろうか? そしてそれを倒せるのか? スキル化できるまでその魔石を集めるほど狩れるのか? そんな疑問を大声で一蹴する。


「とにかく! あのコスプレサムライのバズなんか一時的なもんなんだよ! すぐにトレンドから消えていくに決まってる!」


 今現在進行形でダンジョン攻略配信して、視聴者数も加速的に増えていることをしろふぉんは知らない。どうせ消えるだろうと無視を決め込んでいた。


「そんな事より、今日の配信だ! おい、罠は見つかったんだろうな!」


「はい、ばっちりです!」


【罠発見】のスキルを持つスタッフが頷く。通路の角にある落とし穴だ。


「言われたとおりに見つけましたけど、解除しなくていいんですか?」


「バァカ! これが今回の配信なんだよ!」


 尋ねるスタッフを小馬鹿にするしろふぉん。『床に設置された罠を見つけろ』と指示されただけのスタッフは、あまりの態度にカチンとくる。しかし逆らえない。相手は企業に所属する配信者。しかもかなりの数字を出しているのだ。企業は数字を出しているしろふぉんを擁護する。それが企業なのだ。


「頭の悪いお前なんかに説明しても無駄だから教えなかったがな。コイツを落とし穴の近くに設置するんだよ!」


 しろふぉんが手にしたのは、数枚のフリップだ。白地に赤や黄色などの太いマジックで字と矢印が書かれている。


『↑ 頭上、注意! ↑』


『この先、宝ありマス!』


『壁に トラップ!』


 落とし穴の付近にこのボードを設置し、頭上や壁に注意を促す。意識が頭上にそれたところに落とし穴が待っているのだ。


「ええ……。そういう趣旨なんですか?」


「ああん? 文句あるのかよ。大体こんなのに騙されるやつが悪いんだろうが! ダンジョンは自己責任なんだよ!」


 ダンジョンは自己責任。


 それはダンジョン探索者の不文律だ。ダンジョン内で起きるあらゆる事は自分に責任がある。罠にはまって死ぬのなら、それはその探索者の不注意である。探索者同士の争いも、互いが了承しているなら許される。


 だがこれは眉を顰める行為である。探索者に直接攻撃をしているわけではないし罠に何かをしたわけではないが、罠を見つけにくくしているのだ。


「要は数字が取れればいいんだよ! 上層でも数字が取れる俺様の発想に拍手しろ! 讃えろ! ほら! ほら!」


 もっとも、それを気にするようなしろふぉんではない。配信の数字が取れればいい。迷惑系だろうが何だろうが、数字を出して企業に貢献できればそれが正義なのだ。マイナス評価を上回るだけの配信数を出せば、企業は見捨てない。


 企業がダンジョン配信を推奨する理由は様々だが、最大の理由は『娯楽』の提供だ。ダンジョンが生まれたときに発生した時空嵐で世界は分断され、それまでの国家は形骸化した。新たな統治者となったのは、ダンジョンを制してインフラを確立した三大ダンジョン企業だ。


 統治者として企業が行ったのは厳しい締め付け――ではなく、緩い規制だ。過度な抑圧は不満を生む。そして娯楽を与えなければ治安は悪化する。禁酒法などがいい例だ。娯楽によるストレス解消は、犯罪率の低下につながる。


 でもしろふぉんのような迷惑系配信は疎まれるのではないか……というわけでもない。人間は他人事であるならばいくらでも残虐になれるし、他人の不幸を嗤える。かつては死刑による正義執行が娯楽となったのだ。


 横暴ではあるが、数字を出すしろふぉん。企業はそれを良しとして、支援する。そして企業に雇われたスタッフはそれに逆らえずに拍手する。満足したのか、しろふぉんは配信を始めるために髪をセットし直し、


「た、大変です!」


「なんだよ! これから配信なんだぞ!」


 血相を変えたスタッフの叫びに苛立ちを増した。


!」


 だが、続いて出たスタッフの言葉に口をつぐむしろふぉん。


「数は!?」


2匹1組ツーマンセル、3組です!」


「確認できただけで6匹……どうしましょう、しろふぉんさん!?」


 スタッフの発言に、しろふぉんは舌打ちする。


「ビビってるんじゃねぇ! この俺様を誰だとおもってやがる!


 中層ソロの最短記録保持者、中村しろふぉんだぞ! ゴブリンの10匹ぐらい、瞬殺して――!」 


「ひぃ!? ゴブリンが罠を作動させて通路を封鎖しました!」


「ゴブリンたちが仲間を呼んでますよ! 一気に数が増えそうです!」


「……ッ! 来ます! 護衛展開して! タンクの【ファランクス】で足止めを!」


「ダメです! 狼ライダーの【壁走り】で突破されます!」


 逃げ道を封鎖され、一気呵成に攻め立てる。人間のとる陣形を攻略する術を取り、常に自分の有利を相手に押し付ける。あれよあれよとしているうちに、しろふぉんが要る通路にゴブリンが突撃し、暴れまわる。


「クソ! この俺様が! クソがあああああああ!」


 必死に抵抗するしろふぉんとスタッフだが、完全に相手のペースだ。それでも腐っても中層突破経験者のしろふぉんは、魔弾スキルを使ってどうにか逃げ道を作って逃げおおせる。


「ギャギャギャア!」

「グギャギャギャ!」


 逃げるしろふぉんの背中に刺さるゴブリンの哄笑。スタッフ達が落していった電子機器や武器防具、そしてしろふぉんたちの無様な逃げっぷりを見て快楽を得ていた。そしてまた別の獲物を求めてダンジョン内を徘徊する。


 そして数十分後。


 その通路に羽織袴を着た少女が走ってくるのであった。

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