肆:サムライガールは攻略配信を始める

「これを……こうするんだったかの?」


 ダンジョン入り口でアトリは浮遊カメラの取扱説明書を見ながら、眉をひそめていた。


 ダンジョン入り口、とは言ったがダンジョンに入る入り口は世界中どこにでもある。そしてその全ての入り口が、一つのダンジョンに繋がっているのだ。


 物理的な距離など意味をなさない。そもそもダンジョン自体が地球上に物理的に存在しているわけではない。ダンジョンがどこにあるか。何故存在するのか。それはまだ誰にもわかっていない。


 ただ言えることは、世界はダンジョンを通して繋がっていること。時空嵐で分割された地球の流通を結ぶのはダンジョンのみであること。そしてダンジョンの入り口は、流通の入り口であることだ。


 つまり、様々な人間がそこに集まることになる。その中には当然アトリの活躍を動画を通してみた者もいるわけで。


「おい、あのサムライコスプレ……」

「ああ、間違いない。動画通りの顔だ」

「テトラ骨を切ったらしいが、本当か?」

「フェイクでは無かろうが……しかしあんな華奢な体であんな動きができるのか?」


 遠くから、懐疑的な視線を向けるダンジョン配信者たち。ダンジョン内の魔物を見た目で判断することは命取りだ。そんな愚を犯すものは初日でイッカクウサギに心臓を突かれて死んでいる。それでも、信じられなかった。


「お、これか。ええと……このボタンを長押しすれば……おわぁ! びっくりしたぁ……!」


 説明書を見ながらしどろもどろにスイッチを押し、浮遊カメラの起動音に驚くアトリ。その姿はダンジョン配信の素人そのものだ。


「ええと次は配信開始の合図だったな。喋るのはこのカメラに、だったか? 本当に映っておるのかのぅ?」


 アトリは首をかしげながらスマホから自分のページに飛び、配信開始のボタンを押す。その瞬間――


『待ってましたああああああ!』

『きっちり30分後! 時間ぴったり!』

『仕事早退してきたぜ!』

『背景的に日本の京都四条かな?』

『↑ 配信者の場所特定はマナー違反!』


 脳内にコメントがあふれかえった。情報の暴力に眩暈を起しながら、アトリはカメラに向かって手を振る。


「おお、皆の者久しいな。ところでこれでいいのかの? 映っているのかどうか、わからんのだが」


 コメントしてくれた人に答えるように手を振るアトリ。その後で大丈夫かどうかを問い返した。自分では映っているかよくわからない。


『ばっちりです!』

『カメラの感度高い!』

『ACのフェアリータイプか。本人追跡機能は高いからな、あれ』

『カメラマニアキター!』

『大丈夫だよ。カメラが自動で補正してくれるから! 素人でも安心!』


 コメントの内容を聞く限りは、しっかり写っているようだ。アトリは安堵して頷いた。


「うむうむ。良きかな良きかな。しばしのお付き合いお願いするぞ。学生の身故、19時には帰還して勉学に励みたいので、そこはご了承してほしい」


 アトリはそう言って頭を下げた。現在時刻が17時。19時までは2時間ぐらいだ。


『え? 学生なの?』

『確かにそんな見た目だけど、学生でダンジョン探索資格取るの凄くない?』

『探索資格は15歳から取れるけど……あれ建前だからな。企業の若い子を入れるためだけの改悪法』

『本当に企業に属していないのか?』

『実力であれを突破するのはよほどだぞ』


 コメントは一斉にアトリの年齢疑惑に変わった。確かに学生でもダンジョン捜索資格を所得はできる。しかしそれは狭き門だ。座学、戦闘力の双方を厳しく吟味される。何年かけても所得できないものも沢山いる。


「本当だぞ。何なら生徒手帳を見るか?」


『ダメダメダメ! 絶対ダメ!』

『個人情報マジ大事!』

『だれかこのサムライにネットリテラシー教えてあげて!』

『このサムライ、幕末からタイムスリップしてきたのか!?』


「お、おう……。了解した」


 生徒手帳を取り出そうとしたアトリに、全力でストップがかかる。ほぼ本名で配信しているので、顔も名前もバレているのだがなあ。アトリはわからないとばかりに頬を掻いた。


「では参ろうか。時間的には下層の入り口付近まで行ければ僥倖か。骨の剣士にまた会えればいいがな」


 言ってダンジョン入り口に向かって歩いていくアトリ。眩暈に似た感覚と共に地球上に存在しない空間に転送される。それでも電波が届くのは、ダンジョン企業の尽力の結果だ。魔石の力を利用した基地局があるらしいが、アトリにはその辺りはよくわからない。


『下層?』

『中層と間違えてる?』

『二時間だよね? しかも戻ってくるんだよね』

『勘違いしている? でも骨の剣士って言ったし……』


 流れてくるコメントは、アトリの発言に疑問を持っている声だ。2時間。言って戻ってくることを考えれば、実質1時間だ。


『あ、帰還用のスキル持ってるとか? なら納得』

『あるいはエクシオンの輸送サービス?』

『二時間だと中層に行くまでが限界じゃないか?』

『俺、二時間だと上層も突破できないんだけど……』


 そんなコメントに向かって、アトリは首をかしげてから言葉を返す。


「すきる? さーびす? よくわからんが、そんなものはないぞ。行って帰って、それで二時間だぞ」


『待て待て待て!』

『ありえねぇ!』

『しろふぁんの中層突破最短って2時間28分だっけ?』

『その半分って!』


「むぅ、皆否定的だのぅ。某の言うことが信用できないか」


 ツッコミを入れるコメントに唇を突き出すアトリ。


 しかしこのツッコミも当然だ。ダンジョン踏破は簡単な事ではない。迷路による物理的な道と距離。行く手を阻む罠。そして襲い掛かるモンスター。しかもその配置は入るたびに少しずつ変化していく。


 三日でモンスターの住処は変わり、一週間経てば罠は様変わりし、一か月たてば道筋は歪んでしまう。流動する異空間の法則は誰にもつかめず、それが攻略難易度を跳ね上げていた。安全と思っていた道が難所になるなど、ダンジョンの常識だ。


「ならば証明してみるのみ。某、健脚だからな。走っていけばすぐだ」


 言ってアトリはダンジョンを走り出す。


『おまっ、ダンジョン内走るとかアホか!?』

『何もない道は慎重に進めというダンジョン格言を知らんのか!』

『こういう道は大抵トラップが――』


 流れるコメントを意識しながら、アトリは走る。


(――む)


 その目端が『何か』を捕えていた。


(右に二歩、斜め左に飛んで、そして――斬る!)


 意識すると同時にアトリの体は動く。イメージ通りに、寸分狂わず。


 ガコ! ドシュ! ザシュ!


 アトリの動きに合わせて、罠が発動する。落とし穴。壁から槍。そして天井から振り子の刃。ダンジョンの色と同化したそれらは配信を見ていた者達の誰もが発動するまで気づかなかった。そして――


『『『『『『はい?』』』』』』


 コメントは『はい?』一色に染まった。


 落とし穴を一足飛びで飛び越え、壁からの槍をクルリと回避し、そして天井から迫る振り子刃を日本刀で一閃して切り裂いたのだ。


「追撃はなしか。少し甘いの。もう二つぐらい来るかと思ったが。まだ上層だし、やむなしか」


 罠の三連コンボ。落とし穴を回避したと思ったところに槍を仕掛け、傷ついた所を天井からの振り子刃で一掃。不慣れな探索者チームなら最初の落とし穴で死亡しておパニックを起こし、続く罠で全滅コースだ。


『甘いって……』

『今の予測できたの!?』

『しかも走りながらとか!』

『ありえねえええええええええ!』

『っていうかそのまま足止めてないで走ってるんですけど!』

『ちょ、アロートラップを切りながら進むとかなにそれ!』

『毒ガスも場所わかってるみたいに避けてるし!』


 ダンジョンを走り続けるアトリ。設置されている罠を目端で捕え、最小限の動きで突破していく。まるでジョギングをするかのような速度でダンジョンを進んでいく。


「んん? そうかそうか。配信ではこういう時に説明するのが一般的だったな。

 すまんな。そういうのは苦手での。体を動かすことしかできない口下手故、つまらぬ配信に付き合わせることになりそうだ。無理して『どうせつ』せずともよいぞ」


 ツグミ姉の配信内容を思い出し、そんなことを言うアトリ。姉なら罠を回避しながらその説明をしていただろう。あんな喋り方はできないな、とアトリは姉の器量に感服していた。


『いやいやいやいやいや!』

『こんなすごい配信初めてだよ!』

『本人視点がマジ怖い! 槍が目の前を通過したよ!』

『俯瞰視点でも恐ろしいけどな! なんだよこれ!』


 だがアトリの心配とは逆に、同時接続者は沸きに沸いていた。非常識すぎるアトリの攻略。ダンジョン踏破ならず『走破』に。


 接続数は加速的に増えていく。しかしそれもまだ序の口だった。

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