参:サムライガールは雑談配信をする
「ただいま帰った」
学校から帰ってきたアトリは、少し疲れた顔をしていた。それを見て心配そうに尋ねるヒバリ。
「おかえり。どうしたんだ? やつれてるぞ」
「うむ。学校で質問攻めにあってな。これまで距離を取られていたクラスメイトから一気に詰められて参ったのだ」
コンロに火を入れて、お茶を淹れるアトリ。急須にお湯を注ぎ、愛用の湯飲みに緑茶を注いだ。少し熱いお茶を飲みながら、学校でのことを思い出す。
教室に入った瞬間、クラスメイトが走ってきて質問してきたのだ。
『しろふぁんの動画に出たのは七海さんなの!?』
『骨を切ったのは本当なの!?』
『七海、動画やってたんだ! チャンネル登録したぜ!』
『あの、サインください!』
『企業の人なの!? インフィニティック? エクシオン? アクセル?』
『あの動きヤバくない!? バエる!』
……そのほとんどに答えたアトリだが、正直何をどう答えたかは覚えていない。あまりの情報量の多さに困惑したこともあるが、勢いに流されるように頷いていた記憶しかない。
「これまで距離を取られていたのに、一気に来られて困ったものだ」
「殺気には強いが、そういうのには弱いか。慣れてないから仕方ないな。
となると、雑談配信も短時間で済ませたほうがよさそうだな」
ヒバリは機械の調整をしながら、タブレットを操作する。
「叔母様は何をやっておるのだ?」
「決まってるだろう。かわいい姪の雑談配信の準備だ」
「その……雑談配信というのはよくわからないのだが、ここまで大掛かりな準備が必要なのか?」
ヒバリの言葉に首をかしげるアトリ。
部屋の荷物を全撤去し、更には防音効果のある白いパーテーションを設置。カメラと複数の集音マイクを配置している。アトリはこの手の知識は持っていないが、かなりのお金がかかっている気がする。
「それだけ大掛かりにする必要ができたんだよ。チャンネル登録数を見てみろ」
ヒバリの言葉に、アトリはスマホを操作して配信ページを見る。そしてその数に驚いた。
「307868名……はー、えいぷりるふーるのようだな。昨日までは叔母様と姉上だけだったのに」
「それだけ注目されているという事だ。コイツを手首に巻いておけ。脳内領域にウィンドウが開いてコメントを表示できるぞ」
「うぃんどう? こめんと? ええと?」
ヒバリは長さ十数センチのベルト状の機械をアトリに渡す。形状的にに手首に巻く機械のようだ。慣れない機械と慣れない単語に疑問符を浮かべるアトリ。
「その機械から同接者のコメントをリアルタイムでウィンドウを表示できる。ネット環境を脳波で伝達する形だから、邪魔なら意識してカットできるぞ」
「うむ、よくわからん。そう言えば叔母様はそういう企業の人だったな」
「アクセルコーポ。略してAC社だ。カメラと配信コメント、通信ネットワーク関連に秀でている企業だよ。今回のは企業を通していない個人購入だから関係ないがな。
コメントとかは使いながら慣れて行け。サポートはしてやるから、アトリはどっしり構えてろ」
叔母の言葉に、背筋を伸ばして頷くアトリ。
「それでは配信始めるぞ。3……2……1……0!」
0、の合図と同時に和風な音楽が流れ、
『始まった!』
『おお、マジで動画の子だ!』
『サムライ!』
『昨日はお疲れ様!』
『雑談配信期待してましたああああ!』
『か、可愛い……』
アトリの視界の端に四角い何かが写り、そこに無数の文字が流れ出す。それもかなりの速度で。
「のおおおおおおお!? なんか吐きそう……うぉ、これがうぃんどうでこめんとか。少しまたれい」
不慣れな感覚に乗り物酔いに似た感覚を想起するアトリ。文字を追いながらフラフラする。
『ああ、コメント酔いだ』
『配信初心者あるある』
『慣れないと脳がバグるんだよな』
『エクシオンのヤツだといいらしいよ』
『いや、相性だろ。脳波を合わせるんだから個人差ある』
『慣れるまで無理しないでいいよ』
アトリの様子に優しいコメントを返す同時接続者達。その数はどんどん増え続けていく。1000……1300……1500……。
「うむ、大丈夫。慣れてきた。ええと……」
脳内にデータが表示されるという現象になれたアトリ。混乱こそ収まるが、これからどうしたらいいかがわからない。
<まずはあいさつだ。チャンネル名と、アトリの自己紹介>
タブレットにそんなことが書かれた画像を表示し、アトリに向けるヒバリ。叔母のサポートに顔を明るくし、咳払いをして背筋を伸ばすアトリ。
「あー、初めまして。
咳払いして、アトリは自己紹介する。叔母に使う『私』ではなく『某』なのは、純粋な人間関係の距離間の問題だ。だがそれがウケたらしい。
『それがし!』
『サムライらしい一人称!』
『よろしくお願いします!』
アトリの挨拶に多くのコメントが返ってくる。それに頭を下げるアトリ。
『キャラ作っているのか、素なのか!』
『待って、個人なの? 企業チャンネルじゃないの?』
『背景白だし、個人。企業なら鬱陶しいぐらいに背後に宣伝があるし』
『少なくともしろふぁんをぶっ飛ばしてるから、インフィニティックはない』
中には懐疑的……というよりはアトリの存在を探るようなコメントもある。それだけ注目されている証拠だ。
「先ずはいきなり登録者数が増えたので挨拶と、お礼を。このようなちゃんねるに登録していただき、感謝の極み。
まだまだ未熟者だが、これからも精進していく所存。これからもよろしくお願い申す」
『いやいやいやいや!』
『テトラ骨ぶった切るのが未熟とかないわ!』
『しかも3体同時とか!』
『アトリチャン、どんなスキル使ってんのよ!』
『これで未熟とか、ジャパンはマッポーだわ!』
謙遜するような――アトリ本人は本気で未熟と思っているのだが――アトリの言葉にそんなツッコミコメントが返ってくる。下層の恐るべきモンスターに囲まれて、それを苦も無く倒した者が未熟? コメントはその一色だ。
「あ、あれ?」
予想外の反応に驚くアトリ。アトリの基準では大したことをしていないつもりだ。いつも通りに体を動かし、いつも通りに斬る。ただそれだけだというのに。
<中層で4本腕骨3体を切った時のことを喋れ>
ヒバリのタブレットに書かれた文字。アトリは戸惑いながらも、その指示に従うように語り始める。
「てとらすけるとんうぉーりあ……だったか? 4本腕の骸骨は確かに歯ごたえがあったな。4本の剣がまるで別の生き物のように動きながら、体幹にずれはない。鋭い殺気は某の心臓を穿つとビリビリと伝えてくれた。
血が滾るとはまさにこの事よの。殺意に応じて某の刀も跳ねた。実に充実した時間であったな」
薄く。
アトリはテトラスケルトンウォーリアと切り結んだ時間を思い出して薄く笑う。女子高生の笑いではなく、2年近く戦いの中で生きてきた修羅の笑み。
コメントが一瞬止まる。それは電波障害や接続不良などではない。2000人近い同接者が、言葉通りその笑みに意識を奪われたのだ。
そして一瞬の沈黙の後は、
『何このバーサーカー!』
『怖!』
『マジバケモンだった!』
『キャラ作りすぎだろうが!』
アトリに恐怖するコメントと、
『やべぇ、惚れる!』
『うは! これはマジモンだ!』
『最高!』
『ジャパンはマッポー! 今証明された!』
アトリの笑みに心奪われたコメントに二分された。
「……うわぁ、予想外だな。まあ良しとするか」
そして指示を出したヒバリはコメントを見ながら頭を掻いた。アトリの笑みもそうだが、それを受け止めるコメントも予想外だ。
<そろそろ終わりにしよう。今度の方針を語ってシメてくれ>
ヒバリのタブレットに書かれた指示を見て、アトリは口を開いた。セリフは前もって叔母と相談して決めてある。
「某はこれからもダンジョンに潜って戦うつもりだ。これからは浮遊カメラを使っての配信になるので、見やすくなる。本人視点も継続するので、だぶるはいしん? そういう形になるな」
襟に固定した本人視点のカメラと、浮遊カメラの俯瞰視点。その二つを用いたW配信だ。臨場感ある本人視点。詳しい状況が分かる俯瞰視点。好きな視点を味わえる形式だ。もちろん同時に見比べてもいい。
「では今からダンジョンに向かうので、一時間後にまた会おう」
その言葉で雑談配信は終わり……アトリは疲れたとばかりにため息をついた。
「何というか……疲れた」
「最終的な接続者は4000を超えたな。あの笑みが効いたようだ」
「うむ? 笑ったつもりはないが……? そもそも愛想のない私の笑みなど、誰が喜ぶというのか」
叔母の言葉に首をひねるアトリ。愛想がない自覚はあるが、修羅のような笑みを浮かべた自覚はない。戦いを思い出し、自然と浮かべた笑み。アトリの、本性ともいえる笑み。
この雑談配信がダンジョン歴史における伝説の始まりになるなど、この時誰も予想できなかった。
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