弐:サムライガールはバズりを知る

 七海アトリの日常ルーチンはほぼ決まっている。


 朝5時に起床し、身を整えた後に外の公園で木刀をもって素振りをする。一つ振っては確認。一つ振っては確認。正しい型。正しい重心。正しい移動。正しい力。数をこなすのではなく、間違い探しをするように型を繰り返す。


 7時に住まいのマンションに戻り、シャワーを浴びて汗を流した後で朝食。7時半に家を出て、8時に学校に到着する。


 授業が15時に終わり、家に帰宅後にダンジョンに向かう。17時にダンジョンに入り、19時までダンジョンで捜索。その後帰宅。予習復習をして、22時に就寝。


 決まり決まったアトリのルーチンだが、この日はいつもと違う流れになった。


「おい、アトリ。おまえバズってるぞ」


 アトリが朝の素振りを終えてマンションの部屋に帰ってくると、コーヒーカップを手にした女性がそんなことを言ってくる。三ノ宮サンノミヤ雲雀ヒバリ。アトリの叔母にして、数少ないチャンネル登録者である。


 アトリの両親はすでに故人だ。その為、叔母であるヒバリがアトリの面倒を見ていた。


「ばず? 叔母様、なんですかそれは?」


 ヒバリの言葉に首をかしげるアトリ。よくわからない単語だ。ダンジョン企業の『Axelアクセル Corpコーポ』研究員であるヒバリは、アトリの知らない言葉をよく使う。スマホもろくに使えないアトリに配信用のアプリを作ったのもヒバリだ。


「これ見ろ」


 ヒバリはスマホを操作し、アトリに画面を見せる。


「む、これは……私のチャンネルか?」


 そこには見慣れた動画配信の画面があった。アトリのチャンネルホーム画面だ。ただし、数字が爆発的に増えていた。


『花鶏


 白雪に 黒羽跳ねる 花鶏かな


 @fringillamontifringilla チャンネル登録者:231538名 動画数:437』


「昨日まで私を入れて2名だった登録者が、昨日のことで万バズして200000人を超えてるぞ」


「昨日のこと? はて……?」


 ヒバリの言葉に首をかしげるアトリ。何かあったか? そんな顔だ。


「アトリ、昨日ダンジョンでテトラ骨倒したろ。4本腕の骨の剣士だ」


「うむ、倒したぞ。なかなか強い相手だった。下層にしかおらぬと思ったが、まさか徒党を組んであんな場所にいたとはな。しかも3体同時は滾ったぞ」


 思い出したようにポンと手を叩き、頷くアトリ。


「普通は1体倒すのに1パーティ必要だぞ。スキルシステムがない時代は、出会ったら撤退するしかない相手だったがな。


 そのテトラ骨だが、迷惑系配信者の悪戯……っていうかテロ行為だな、あれは。それをアトリがばっさばっさと斬ったおかげで見ていた奴らが食らいついてな」


「ほうほう。それはそれは」


 あまり実感がない、とばかりに頷くアトリ。実際、どれほどすごいのかを理解していない。


「要は今まで見られてなかったアトリの剣術を皆が注目しているという事だ。どうだ、承認欲求とか出てこないか? 皆がほめたたえてるんだぞ」


 スマホを操作し、掲示板などを見せるヒバリ。そのほとんどがアトリに驚き、フェイク動画ではないかと疑い、しかしそれはないと否定していた。


「はっはっは。まだまだ姉様には届かぬよ」


 謙遜も含めて笑うアトリ。実際、剣の腕もチャンネル登録者数も姉には遠く及ばない。姉のチャンネルは行方不明になって配信をしていないけど、それでも100万を超える登録者数だ。


「む……。いや、ツグミは……」


 行方不明の姉。その事が話題になって、口を濁すヒバリ。深層と呼ばれるエリアに進んだアトリの姉、ツグミ。彼女はそれから消息を絶った。命を失うダンジョンにおいて、連絡がない事は死亡を思わせるに十分だ。


「心配ご無用、叔母様。ツグミ姉上なら生きている」


 ヒバリが黙ったのを察して、アトリ静かに告げる。心の底から生きていると信じている声だ。死ぬはずがない。自分など比べ物にならない技量を持つ姉が、死ぬはずがない。その遺体を見るまで、信用できない。


 姉の生死を確認すべく、アトリは姉の行方不明後から取りつかれたように自らを鍛え上げた。そして15の誕生日を迎えるとダンジョン探索者の試験を受け、一発で合格した。


 姉を探す。アトリのその執念をヒバリは知っている。刀一本だけで、ダンジョンに潜る。その行動を止めることなどできなかった。ダンジョンが危険だと知りながら、それでもアトリを止められなかった。


 止められないなら、無事を確認したい。ヒバリがアトリに配信を勧めたのは、そういう意味もあったのだ。


「して『まんばず』だったか? つまり登録者数が増えたという事か?」


「ああ、一気に話題になったってことだな」


 その空気を変えるようにアトリは話題を変える。ヒバリもアトリの気づかいに乗るように、頷いた。


「ツブヤイッターでも『アトリ』がトレンド1位になってるな。『12本対1本』『テトラ骨』『召喚石』『一つ二つ三つ』とかもだ」


「うむうむ」


 ヒバリの説明によくわかっていない顔で頷くアトリ。SNSをあまり使わない系女子高生なので、そもそもトレンドって何? という認識である。とりあえず有名になったんだな、という事だけはわかった。


「そうだな。これを機会に本気でダンジョン配信をしてみるのはどうだ?」


「本気にとは?」


 これまで手を抜いたつもりはない。そんなアトリからすれば叔母の『本気』がどういう意味を持つか分からなかった。


「お前の配信はスマホを胸に入れて映すだけのモノだったからな。まああれはあれで臨場感あるし、個人的には好きなんだけど。


 本気というのは浮遊カメラを使って俯瞰視点で剣術を見せたり、流れるコメントをリアルタイムで確認して返事したりする形だ」


 コーヒーを飲みながら説明するヒバリ。ふゆうかめら? こめんと? りあるたいむ? 配信に疎いアトリは困惑しながら話を聞いていた。


「今のお前の状態は、しろふぁん動画のおかげで万バズしただけの状態でしかない。やってきているのも一時的なミーハー。熱が冷めたら帰っていくだろうよ。


 この波に乗って固定ファンを増やせば、大人気になるぞ」


 腕を組んで頷きながら告げるヒバリ。ネットの流れは盛者必衰。3か月前のトレンドなど、すぐに忘れ去られてしまう。今この波に乗ることで一気にチャンネル登録者数を増やさないと、すぐに元の過疎配信チャンネルになるだろう。


「私としてはそこまでしなくてもいいと思うのだが」


 バズる、ということに興味のないアトリは叔母の言葉をあまり理解していなかった。ヒバリはそれを予測していたのか、指を一本真上に立ててくるくる回転させる。


「戦いとは場の流れを制するものだ。ツグミはそう言わなかったか?」


「む。確かに」


「今のお前の周りにある流れ。人気、バズり、そして勝機。それを理解できないのは未熟ゆえ仕方ない。だがそれを知らないで終わらせるのは武術を嗜む者として正しいのか?」


 くるくる回転する指を速めながら言うヒバリ。どうやらバズる流れを表現しているらしい。


 常人ならなんだそれと一蹴する言葉だが、


「ぐぬぬ。確かにその流れは理解できない。私はまだまだ未熟だな」


 常人ではないアトリはその言葉に納得してしまった。


「ツグミもそうやってチャンネル登録者を増やしていったんだぞ」


「なんと。姉上もそうだったのか」


 ツボを押さえた説得(?)に納得するアトリ。


「そういうことだ。カメラやアプリなどはこちらが用意しておく。アトリはそれをもっていつも通りダンジョンに潜ればいい。


 その前に軽く雑談配信でもしてみるか? 自分がどれだけ有名になったかを肌で感じるのもいいだろうさ」

 

「むむむ。喋るのはあまり得意ではないのだが」


 ヒバリの言葉に眉を顰めるアトリ。アトリは他人との会話が苦手……というよりはズレているのを自覚している。学校でも浮いているのはわかっているし、それを直す気もない。


「戦う前から言い訳か。ツグミに追いつくのはまだまだ遠そうだな」


「言いましたな、叔母様。安い挑発ですがのりましょう」


 かちん、ときて挑発に乗るアトリ。ヒバリは言質とったとばかりに笑みを浮かべ、カップに残ったコーヒーを一気に口に含んだ。


(全く……アトリの突っ走るだけの気質は危険すぎる。姉さんもツグミもそんな生き方してほしいと思っちゃいないだろうよ。


 これで少しでも周りを見てくれればいいさ。自分がすごいという事を知って、年齢相応に認められて喜ぶ感覚が生まれて、信用できる友人ができて。戦いばかりの生き方に彩りがつくといいんだけどな)


 コーヒーと一緒に、そんなセリフを飲み込むヒバリ。カフェインで脳をスッキリさせ、配信に必要な備品を脳内にリストアップする。アトリが学校に行っている間に買い物を済ませるとするか。


 花鶏チャンネルの登録者数は今なお増え続け、SNSはアトリの剣技でもちきりだった。


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