壱:サムライガールは迷惑配信を止める

 ――時間は少し巻き戻る。


「なあ、本当にやるのか?」


 ダンジョン中層。アトリから少し離れた場所で、数名のスタッフと配信者が口論していた。髪を茶色に染めた配信者と、数名のスタッフだ。茶髪配信者は石を手にして、興奮気味に話す。


「なにビビってるんだよ。こんな面白い事なんてないだろうが。召喚石の未制御状態はまだ規制されてないんだから、ダンジョン法には抵触しないって先生も言ってただろうが」


 召喚石。ダンジョン内で使用すれば、モンスターに変化する石だ。相応のスキルシステムがあれば召喚した魔物を制御して味方にできるが、そのスキルがなければ召喚された魔物は暴走し、近くにいる人間におそいかかる。


 下層から取ることができる希少なアイテムで、高額で取引されるものだ。それを手にした茶髪配信者。かなりの金額が動いているが、だからこそ面白いとばかりの顔である。


「いやそうだけど、モラル的に――」


「おい。この『中村しろふぉん』様に意見するのか!?」


 カメラを持ったスタッフは何とか配信者を止めようとするけど、配信者は胸ぐらをつかんで恫喝する。


 中村しろふぉん。いわゆる迷惑系配信者だ。ダンジョン内で騒音を起してモンスターを扇動したり、罠を仕掛けて配信者をはめる動画を配信したり、ダンジョン内の嘘情報を配信してそれに群がった者を嘲笑ったり。そんな動画を主に投稿していた。


「俺は単独ソロでの中層踏破最速記録者のダンジョン配信者だぞ! その俺に逆らってお前の家族が無事でいられると思うなよ!


 俺のバッグに何がいるか知らないわけじゃないだろ! 三大企業のインフィニティック・グローバルだぞ! スキルシステムの最先端だ! 分かってんのか、ああ!?」


 所属している企業を盾にして、雇ったスタッフに高圧的な態度を取るしろふぁん。これが彼の通常運行だ。


 あまりのひどさに低評価も多いが閲覧者も多く、訴えられることもあるが企業お抱えの優秀な弁護士でもみ消しているという。アカウントBANも逮捕歴もあるというが、懲りずに動画投稿を続けている。


「分かりました。わかりましたよ」


 スタッフたちも嫌そうな顔をしているが、中村に逆らうような発言はしない。自分で言うように、ダンジョン踏破の実力はあるのだ。下手に逆らえば何をされるかわからない。


「相手はできれば女がいいな。その方がバエる。ビビッて泣くか小便漏らしてくれれば最高だぜ! 生配信だからハプニングは仕方ねぇよな!」


 ゲスなしろふぉんの意見にあきれ顔のスタッフ達。しかし逆らえない。こんな奴でも一定の人気があって、配信で得られたお金もスタッフに配分されているのだ。鞭と飴だと分かっていても、逆らうだけの気は削がれている。


「打てば響く木琴しろふぉん配信、始めるぜ!


 今日は『ダンジョン内で召喚石を使ってみた』だ! 中層に下層のモンスターを召喚して、死ぬほどビビってる間抜けな探索者の姿をお届けだ!」


 しろふぁんのカメラはたまたま近くを通りかかった女配信者を映す。最初の得物を定めたようだ。


「まず最初は青い和服を着た……侍? コスプレ系アイドル配信者か? それにしては護衛のスタッフもいねぇな。或いはスキルをモリモリ重ねたソロ踏破者か? この俺をマネするとは身の程知らずだぜ。


 だけど、下層のモンスターには叶わねぇよなぁ! テトラスケルトンウォーリア、行けぇ!」


 しろふぁんは召喚石を三つを歩いているサムライ風の女探索者に向かって投げる。石は地面に落ちると同時に発光し、四本の腕を持ち四本の剣を持つ人間骸骨に変化した。


 テトラスケルトンウォーリア。略称はテトラ骨。下層に存在する戦士系モンスターだ。四本の剣は伊達ではない。連携だって動く剣の舞は、多くの探索者の命を奪ってきた。生半可な前衛では足止めすらできず、一気に後衛まで踏み込んでくるという。


「おらぁ、襲い掛かれ! 下層のモンスターは中層と桁違いだ! 中層ソロできるだけの実力でも勝てねぇって現実を思い知れ!」


 これから始まるショーに興奮したかのように叫ぶしろふぁん。しろふぁんの脇に同接者のコメントが流れる。


『うわ最低』

『テトラ骨かよ! 中層にそんなの呼ぶとかテロ行為じゃん!』

『にげてー! そこの子逃げてー!』

『通報しました』


 そう言った非難的なコメントも多いが、


『グロリョナ待ったなし!』

『テトラ骨に何秒もつでShow!』

『逃げろ逃げろー。楽しませろー』


 こういった迷惑系配信者のやることを喜ぶコメントもある。


 誰もが数秒後の悲劇を思い描いた。無様に悲鳴を上げて逃げるか、逃げ遅れて襲われるか。下層モンスターの強さは配信を通して知らされている。


『テトラ骨って強いのか?』

『アホほど強い。四刀流は伊達じゃない』

『まともに斬り合ったら100%死ぬ』

『ドリルランサーズの全滅はこいつらが原因。倍の数で挑んだのに、瞬殺された』

『マジか。エクシオンの一番槍だったのに』


 中層まではお金を投じてスキルシステムを購入すれば単独でも踏破はできる。スキルシステムがなくても、複数でパーティを組んで協力すれば戦える。


 しかし下層は中層エリアを踏破した探索者の心を折るほどの強さだ。ダンジョンの魔石を利用して作られたスキルシステム。訓練と実績で培われたチームワーク。それらをダンジョンの魔物はあざ笑うかのように排斥していく。


『やべぇ、逃げねぇぞ!』

『囲まれた!』

『何呆然としてるのこのコスプレイヤー!?』


 コメント欄が悲鳴で埋め尽くされ――


「ほほう。悪く無い殺気だ」


 しろふぉんの耳に、そしてしろふぁんの配信を聞いている同時接続者に、そんな声が聞こえた。


 3体のテトラスケルトンウォーリアによる12本の剣。テトラスケルトンウォーリアは波状攻撃を仕掛け、女探索者の命を奪おうとする。そこに慈悲などない。侵入者に死を与える。それが彼らの生まれた意味。女だからと言って手加減はしない。刃は翻り――


「一つ」


 金属音が響く。金属と金属がぶつかる音。そして斬撃。テトラスケルトンウォーリアの一体の鎖骨と脊髄が両断された。重力に従い地面に落ちる前に、光の粒子となって消えていく。


『『『『『は?』』』』』』


 しろふぁんのコメントは、その一言で埋まった。


「二つ」


 さらに言葉が重なる。見れば襲われた女の手には日本刀が握られ、それでテトラスケルトンウォーリアを切り裂いたのだという事が分かる。


『え? 骨を斬ったの!?』

『いやいやいやいや! 見た目は骨だけど、鋼鉄ぐらいに堅いって話だよ!』

『つーか、四刀流の攻撃を全部塞いだのか!?』

『正確には4×2の攻撃』

『そしてさっきは4×3』


 しろふぁんのコメントが驚きで埋まる。女の動きを捕えられない。わかるのは、下層モンスター複数に囲まれているのに、苦も無く撃退しているという事実だけだ。


「ば、馬鹿な……! あ、あれを倒しているだと!?」


 驚いているのは同接者だけではない。しろふぉん本人も驚いていた。


「俺様でも、企業チームの協力があっても勝てなかったのに……!」


 テトラスケルトンウォーリア。それはしろふぁんにとってトラウマの相手。かつて下層に挑み、その強さに小便を漏らして逃げかえった。たった一体のテトラスケルトンウォーリアに金で雇った7名の探索者と共に挑み、手も足も出なかった苦い過去。


 テトラスケルトンウォーリアの召喚石を大金を使って購入したのは、そのトラウマを他人に与えようとしたこともある。俺だけがビビるなんて割に合わない。コイツは誰だってビビるんだ。そう思っての配信なのに。


(何で……なんで逃げねぇ!? なんであっさり倒しやがるんだ! あり得ねぇ、あり得ねぇ! ビビって逃げた俺が、馬鹿みたいじゃねぇか。クソが!)


『ああ、しろふぁん下層に挑んだ時にテトラ骨と戦ったよな』

『インフィニティックのタートルシールドとガンガンガンナー連れて行ったんだっけか』

『確か10秒で前衛全滅だったな』

『びやあああああああ! って泣き叫んでたっけか』

『いや、あれは仕方ないわ。下層は魔窟。トップ配信者でも油断したらやられるし』


「コメントうるせぇ! 俺は……俺は……! ちくしょう、配信終わりだ!」


 しろふぉんはその時の配信を見ていた同接者のコメントに向かって叫び、スタッフに命じて配信を止めた。


「三つ。これで終いだ」


 最後のテトラスケルトンウォーリアを女が倒した時には、しろふぁんはトラウマで吐きそうになりながらダンジョンを走っていた。なんだよなんだよなんだよ! 俺と同じ苦しみを味あわせるつもりだったのに! 下層のモンスターには勝てないはずなのに!


「……ふむ、魔石とやらは出ないのか」


 いつもなら倒したモンスターは魔石になり、それを討って幾ばくかのお金にするのだが……召喚石で呼ばれたモンスターはそうならないのだ。残念無念と肩をすくめる。


 こうして中村しろふぉんの配信はトラブルにより2分弱で終了となった。自己顕示欲の塊であるしろふぁんの配信でも異例の短さで、内容も含めて伝説となる配信となった。その配信内容は切り取られ、拡散されていく。


「おおっと、そう言えば配信中だったか。切っておくか」


 そして女――七海アトリのスマホも配信中だった。バッテリー残量も少なくなったため、配信を切るアトリ。


「今の相手は良かったな。また会えればいいのだが」


 テトラスケルトンウォーリアの殺気に満足しながら、アトリは帰路につく。


 ――この事が原因でアトリのチャンネル登録者が爆発的に増えるのだが、アトリがそれを知るのはもう少し後の話。


 

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