女子高校生はなぜ短歌を詠むのか(1)

 千枝美ちえみあいが洗濯物を部屋干しするところを見てみたかったのだが、その前に千枝美の洗濯が仕上がる時間が来た。

 それで、千枝美は愛の部屋を出た。

 その夜。

 千枝美のスマホの縦書きアプリの画面には、いくつもの短歌、または短歌っぽいものが並んでいる。


 愛らしいかわいい愛は愛らしい愛という名はどこから来たの

 愛らしいこの子は愛という名前愛は愛でも特別な愛

 愛らしくかわいいこの子は愛という名前が表す特別な愛

 愛愛愛かわいいかわいい愛は愛特別かわいい特別な愛

 愛は愛愛はかわいい愛は愛特別かわいい特別な愛


 それを横スクロールして眺める。

 うーん。

 「上の句」は、「愛」と「かわいい」の繰り返しで、だいたい決まるんだけどなぁ。

 「下の句」が、難しい。

 それはそうだな、と思う。

 だから、「上の句」を出して、次に「下の句」を作ってみろ、とチャレンジする「連歌れんが」という遊びとか競技とかが成立するわけだ。

 それに。

 「特別な愛」というのが、ちょっと違うんだよね。

 もちろん、特別なんだけど。

 でも、「自分は特別なんだ」と感じさせたりしないで、いつも身近にいる。

 「特別なんだ」と感じさせないから、樹理や優が自分の思いをぶつけるわけで。

 じゃあ?

 千枝美は画面を操作する。


 愛は愛愛はかわいい愛は愛ほんとにかわいいほんとうの愛

 愛らしいかわいい愛は愛らしいほんとにかわいいほんとうの愛


 うーん。

 もちろんほんとうにかわいいし、ほんとうの愛なんだけど。

 「ほんとう」と言ってしまうと、かえってそのほんとうさが軽くなる感じ?

 じゃあ、よけいな修飾語は入れずに


 愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛


というのはどうだろう?

 「あい」が偶数の音なので、五七五七七にならずに、六八六八八になって、どうしても三十六音になる。

 見た目もおもしろい。

 だったら。

 「愛」を「あ」「い」と分けずに「あい」とひと息で言ってしまうとしたら?


 愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛


 これではなんだかわからない。そこで分かち書きするとすると。


 愛愛愛愛愛 愛愛愛愛愛愛愛 愛愛愛愛愛 愛愛愛愛愛愛愛 愛愛愛愛愛愛愛


 最後のほうは息が切れそうだ。だったら、「!」を一文字と勘定することにしよう。


 愛愛愛愛愛 愛愛愛愛愛愛愛 愛愛愛愛愛 愛愛愛愛愛愛愛 愛愛愛愛愛!!


 それなら、合いの手というか、はやしことばを入れよう。

 愛が千英ちえに「三行分かち書き短歌」というのがあると言っていた。

 だったら、それを使って


 「愛愛愛愛愛 愛愛愛愛愛愛愛 愛愛愛愛愛 愛愛愛愛愛愛愛 愛愛愛愛愛」

 「Hiハイ!」

 「Hiハイ!」


とか、どうだろう?

 いや。「ハイ、ハイ!」だとただの合いの手でのんびりしすぎるかも知れない。ここははっきりと愛を応援する気持ちで


 「愛愛愛愛愛 愛愛愛愛愛愛愛 愛愛愛愛愛 愛愛愛愛愛愛愛 愛愛愛愛愛」

 「Fightファイッ!」

 「Fightファイッ!」


がよいのではないだろうか。

 威勢がいい。

 この威勢のよさで、実力はあるのにそれをなかなか表に出さない愛を応援する。

 愛は恥ずかしそうにするだろう。

 それも、かわいい。

 しかし。

 「あい」が続くと、なんか、アフリカのほうのサルを歌った童謡みたいだ。

 それより、「かわいい」のほうをキーワードに、何かできないだろうか。

 そこで、「かわいい」と入力して、予測変換候補を見てみると、

「かわいい子には旅をさせよ」

というのがあった。

 旅!

 もちろん、家が遠いから、愛と優の姉妹はこの寮に住んでいるのだろう。

 だから、旅をして、ここに来たのだ。


 愛とゆう かわいい子には 旅をさせ 着いたところが 明珠めいしゅじょの寮


 ……いいけどね。

 でも、どうせなら、ここに着くんじゃなくて、ここからどこか行きたいな。

 愛といっしょに。


 かわいい愛に旅をさせ いっしょに行きたい どこ行くとしても


 さて、どうしよう?

 「旅路の果て」ということばがあった。

 だったら。


 愛らしいかわいい愛に旅をさせいっしょに行きたいその果てまでも


 いいなあ。

 夏休みは、愛と二人だけでどこかに行きたいなぁ。

 でも無理だろう。

 愛を目当てに「科学部合宿」とか計画したとしても、少なくとも、千英ちえと、一年生の亜里彩ありさは連れて行かなければいけない。

 それに。

 愛はまじめだから、千枝美が科学部合宿とか言っても、自分は勉強すると言って行くのを断る、とか。

 妹と一緒に親のところに帰ってしまったり、とか。

 うーん。

 かわいい。


 ※ タイトルは小川剛生たけお『武士はなぜ歌を詠むか 鎌倉将軍から戦国大名まで』(角川選書)のもじりです。いやべつにKADOKAWAさんだから、というわけではなく……。

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