雨の日、洗濯を待ちながら(9)

 「だって、ほんとに、パンと来て、ダダダダダダダってしゃべりまくるんだもん。内容なんか頭に入らないよ」

 「ゆうのそれ、さ」

と、あいはまたふふんと笑った。

 さっきよりはっきりと笑った。

 「恵理えり先生、けっこうお気に入りらしい」

 「はいっ?」

 きつねにつままれる、とは、こういうの?

 狐がね こんこんこんと つまんだよ。

 こんこんこんと つまんだパンダ。

 いや。

 「こんこんこん」は「パンダ」じゃないな。

 それより!

 「何が?」

 「だから、優の作った、その短歌」

 「えーっ?」

 それこそ。

 まったく信じられないのだが。

 「まあ、例の事件で、優、呼び出されたんだよね。それで、恵理先生、「パンと来て ダダダダダダダ パンダだよ」はよくできてるって言ったらしくて」

 「それ、なんかのわなじゃないの?」

 「違うみたい」

 愛は笑ったまま、笑い声をにじませて言う。

 「それで、下の句が「パンダはパンダ ダダダダパンダ」じゃなくて、「ダダダダダダダ ダダダダパンダ」のほうがよりよかった、って添削てんさくされたみたいで。シンプルなときにはシンプルなのに徹底しなきゃ、って言われた、って」

 パンと来て ダダダダダダダ パンダだよ ダダダダダダダ ダダダダパンダ

 ……何のために呼び出したんだ、それ?

 「で、優も、いや、それだと、パンと来て、が浮くから、「パンと来たなら ダダダダパンダ」とか「パンパンパンと ダダダダパンダ」ではどうか、って対案出して。先生は、「来たなら」だとびするし、「パンと来る」のは一回だけのほうが効果的でしょ、って反論して、けっこうたのしかったみたい」

 パンと来て ダダダダダダダ パンダだよ パンと来たなら ダダダダパンダ

 パンと来て ダダダダダダダ パンダだよ パンパンパンと ダダダダパンダ

 だから!

 何のために呼び出したんだ、それ?!

 しかも、その恵理先生のお気に入りの短歌を、科学部は全員一致で負けさせた!

 勝ったのは、一年生で、ちゃんと短歌が作れないという片山かたやま留美南るみなだ。

 猿渡さわたり先輩でも尊子たかこ先輩でもなかった。

 「それで、樹理じゅりから聞いた話に戻るとさ。恵理先生、その、社会批判の短歌っていうのに甘かった、って言ったらしい。頭で作った短歌はいけないと言いながら、社会批判の短歌ではそこのチェックが甘くなってた、って。それで、猿渡先輩と尊子先輩には、四月になってから作った短歌について、一首ごとに自己批判してきなさい、って言ったらしくて」

 自己批判!

 「恵理先生にそれを言われた猿渡先輩と尊子先輩は泣き顔だったって、樹理が気の毒そうに言ってた」

 「うへー」

 そんな部活に入らなくて、よかった、と千枝美ちえみは思う。

 頭がよくて気配りができる愛がいて、理系がさがさ女子の自分がいて、幽霊部員志願の千英ちえがいて。

 一年生の香野こうの亜里彩ありさが本気で医学部系進学を考えてるみたいで、ちょっと異質だが。

 まあ。

 科学部でよかったと思う。

 「自己批判とかじゃなくて、さあ」

 千枝美も自分の主張を言う。

 「古典文芸部が勝ったのって、要するに、ことば遊びに徹したからじゃない?」

 優のまじめ短歌一首と、穂積ほづみあきらのまじめ短歌一首以外は、遊び短歌だった。

 そして、パンダ先生は、優に対しては、もっと遊びに徹しろ、という添削をしたのだから。

 そういうセンスだって、わかるわけでしょ?

 「そのことば遊びに対抗できたのは城島じょうじま由己ゆきだけ、互角だったのが朝穂あさほ? だから、これからの八重やえがきかいは、もっとそのことば遊びの要素を入れるのが正解なんじゃない?」

 言ったとたんに、愛は、その、口角というのをいっぱいに引いて笑った!

 こんな笑いなんか、見せたことのない愛なのに。

 そして、言った。

 「それ、樹理に言える?」

 そう来たかっ!

 「言えるわけないし、言っても聴かないと思う」

 「だよね」

 そう言って、愛は、たまが転がるような、かわいらしい笑い声を立てた。

 ほんとにかわいいなぁ。

 愛は。

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