雨の日、洗濯を待ちながら(8)

 そこで、千枝美ちえみ

「それはそうだけど」

と、不満そうなのを表に出して、言う。

 「そんなこと言ったら、尊子たかこ先輩と猿渡さわたり先輩のほうが、もっと頭で作ってるじゃない?」

 朝穂あさほは、あいが「自分の身を傷つけるなんて怖すぎる」とけなかったら、二勝していたのだ。

 空は青いのに宇宙は黒い、という短歌が負けたのが動かないとしても、三戦二勝。

 勝率〇パーセントと四捨五入六七パーセントで、どうして六七パーセントのほうが「そんなのだから負ける」と言われなければならない?

 「ふふん」

 愛が!

 愛が、ふふん、と笑った。

 そういう笑いかたをしても、どことなく品があるのが、この子だな。

 どことなく 品があるのが この子だな あざけるように 笑ったときも

 いや。

 嘲ったのとは違うか。

 「そこが、先生の反省点なんだって」

 愛が愉快そうに言う。

 やっぱり……。

 ……嘲った?

 「先生は、八重やえがきかい添削てんさくで、短歌って社会批判の武器だ、って教えてて。いや、文学全体が、社会批判の武器だ、って思って……るらしくって」

 「思って」のあとのためらいは、「思っておられる」と言うかどうか迷ったんだな、ということが、千枝美には伝わる。

 そうだよ。

 隣にいるのに気もちが伝わらない、なんていうことはなくて。

 千枝美と愛なら、ちゃんと伝わるのだ!

 愛は、かわいいから。

 千枝美が、愛のかわいさを理解しているから!

 「でも」

と、千枝美がそのかわいい愛に疑問を提出する。

 「そんな社会批判なんて、それこそ、日本文学の伝統と違うじゃない?」

 「いや」

 愛はこんどは優しく笑う。

 「日本文学の伝統は社会批判だ、っていうのが先生の説。っていうか、先生の先生の、工藤くどう千年ちとせって大学の先生の説ってことだよね。今日、昼に図書館行って、ちょっと調べてみたけど。あ、まあ、木槻きつき書房ってところから、ティーン向けのシリーズで文学と文学史の本書いてるのね、工藤千年って先生。それ、ぱらぱらと見てみたら」

 だまされてはいけない!

 愛のかわいさにはだまされてもいいが。

 この「ぱらぱら」は、けっこうまじめに、お昼ご飯のひまも惜しんでちゃんと読んでいる。

 そういう子だ。

 「『源氏物語』も、『まくらの草子そうし』も、『徒然つれづれぐさ』も、社会批判。とくに近代文学は夏目なつめ漱石そうせき以来とくに社会批判。社会批判からはずれるととたんに文学は堕落だらくする、って。それが日本文学の本質だ、って、そんな話。だから、漱石の話とか、恵理先生、授業ですごく言ってたじゃない?」

 「聴いてない」

 ひと言で切り捨てる。

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