雨の日、洗濯を待ちながら(7)

 「まあ、泰子ひろこちゃんの君恋しの短歌は、遊び要素抜いても良かったと思うけどね」

 あいがおっとりと主張する。

 かわいい。

 千枝美ちえみにかわいいと思われていると知ってか知らずか。

 知ってるか。

 知らないままか ともだちに、

 かわいい愛と 思われてる愛。

 知ってるか 知らないままか ともだちに かわいい愛と 思われてる愛。

 かわいいと思われてる愛が続ける。

 「つまり、明珠めいしゅ女学館じょがっかんの大学って、日本文学部があって。文学部のなかに日本文学があるんじゃなくて、日本文学部があって。その日本文学部が明珠女のいちばんの伝統なんだよね」

 「はあ」

 そういう話は聞いたことがある。

 二年生になって、受験資料ぐらい調べるようになったから。

 でも、関係あるの?

 それに、日本文学部って、明珠女学館大学のほかの三学部より偏差値低かったような……。

 「で、そのパンダの恵理えり先生は」

と愛が説明する。

 「いま学長をやってる、その日本文学部の工藤くどう千年ちとせって先生にずっと習ってて、若手のなかで一番のエリートなわけ」

 「はあ」

 恵理先生。

 ゆう穂積ほづみあきらだけでなく、愛まで「パンダ」と言った。

 パンダですっかり定着してしまったな。

 でも、そうだとすると。

 恵理先生は、「明珠女学館大学の一番のエリート」として高校に降臨したつもりでいた。

 ところが、生徒から言われたのは、「大学のエリート学部のエリート卒業生なんですね!」という感激のことばではなく、「パンダ」だった。

 それは、ね。

 激怒するかも。

 納得した。

 賛成はしないし支持もしないけどけど、納得した。

 愛が言う。

 「だから、恵理先生は、明珠女の女子は、日本文学の伝統をふまえた短歌を詠むべきっていう主張。でも、城島じょうじま由己ゆきって伝統の短歌と違うじゃない? 夕焼けにさよなら、とか、雨降ったら手をつなごう、とか」

 「まあ」

 あんまり「はあ」という反応ばかり繰り返すのもよくないと思って。

 「動物園のペンギンが南極知らない、とか、だからね」

 「うん」

 愛は愛らしく、ふんわりと受け止めた。

 「だから、由己には、もっと、文語の、正統な短歌を、って、先生は言ってるらしいんだ。でも、由己は、いまのをずっとやめない。それでも、由己、国語の成績トップクラスだから、部を辞めろ、は、だれも言えない」

 なんでだよ、と千枝美は思う。

 なんで辞めるなんて話になる?

 しかも、どうして成績がそれに関係する?

 でも、まあ、ほかの部のことだ。

 どうでもいい。

 「あと、出世しゅっせがしら朝穂あさほも、先生の覚えはいまひとつ。頭で作った短歌だから負けるんだ、って先生に言われた、って」

 出世頭、なのか。

 たしかにそうだよね。

 千枝美が入学する前は知らないけど、千枝美の知っているかぎり、猿渡さわたり先輩も道村みちむら尊子たかこ先輩も個人で朝礼で表彰ひょうしょうじょうの伝達を受けたことはない。八重やえがきかい全体で何かの賞を取って、その代表として道村尊子先輩が出て行ったことはあるけど、個人での表彰ではなかった。

 そんな名誉は朝穂だけだ。

 それに、ナイフとか、胸から血が飛び散るとか、朝穂の短歌に千枝美はどきっとした。

 二人の先輩の短歌は、千枝美にほとんど何の印象も残していない。残しているとしたら、悪印象だけだ。

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