雨の日、洗濯を待ちながら(4)

 「朝穂あさほについては、宇宙のは、あきらちゃんの、梅雨で温度低いのにじとっ、っていうのの、体に訴えてくる感覚で晶ちゃんが勝った、って説明した。晶ちゃんらしいじゃない? なんでこんなに働かないんだ、自分の想像力、って、いらいらしようとして、そのいらいらの気力も出ない、それがじめじめのせい、っていうの」

 「はあ」

 そういうもの?

 このあいは、あのやたらと目立ちたがる穂積ほづみ晶を、どこまで知っているのだろう。

 「だから、あのじめじめ短歌に、青白く緻密ちみつぎしナイフ、みたいなのを当ててたら、朝穂が勝ったかも知れない、って言った。言ったらさ」

と、愛が、軽く含み笑いする。

 頬の血色がいい。

 「樹理じゅりが、朝穂みたいなしっかりした子が自殺するわけない、自殺短歌を肯定してはいけないとか言うわたしは考えすぎだ、って言って、ゆうが、さ、わたしの考えすぎのせいで八重やえがきかいがポイント一つ落とした、って言って」

 優。

 自分の部よりも、八重垣会の味方をしたいのだろうか?

 「いや、でも、それは、朝穂はそうかも知れないけど、こっちを勝たせて、ほかの子が自分の体をナイフで傷つける事件とか起こしたらどうするの、って優に言って。そしたら、樹理も黙っちゃって」

 「でも」

と、千枝美はアップルティーを少し飲んで、反論する。

 「だったら、胸にあなけて、っていうのも、だよ?」

 刃物で胸を突いて自殺とか起こったら、どうするの?

 「でも、愛はそっち、勝たせたでしょ?」

 愛が説明する。

 「道村みちむらさん、あ、泰子ひろこちゃんのほうね」

 つまり、泣いてしまった八重垣会の部長ではなく、だ。

 「泰子ちゃん二連勝になるかわりに朝穂三連敗はさすがになしだと思ったし。ここで朝穂に勝たせるためにヘモグロビンの話をしたりしたんだよ」

 「はあ」

 千英ちえの鳥の体重の話に引っぱられたんじゃなかったの?

 「でもさあ」

 愛が言う。

 「あのナイフで切り刻むほう、ほんとは、違うんだよね。あとで気づいた」

 「はいっ?」

 こんどは、ことばに出して言う。

 「何が違うって?」

 たしかに千枝美ちえみも「何か違う」くらいは感じている。

 あの朝穂って子の堂々とした「美女」ぶりと、自分を傷つけたいという願望の組み合わせが。

 でも……。

 愛はどう答えるだろう?

 「あの朝穂って子、ナイフで自分の体を切り刻んでみたい、って短歌で。もし、樹理が言うように、自分でそんなことする気がないのにそう歌ったとしたら、気もち的に、うそじゃない?」

 「まあ、それは」

 相づちを打って、アップルティーを飲み、愛の目を見上げる。

 背は愛のほうが低いけど、千枝美が低いベッドに腰掛けているので、見上げることになる。

 じゃあ、愛は、あの大人っぽい朝穂の自殺願望、ぜんぜんそうは見えないところにもろさが潜んでる、みたいな話をしたいのだろうか?

 「あれは、そうじゃなくて」

と、愛はおっとりと話し始めた。

 「青白くて緻密なナイフで切り刻んでみたい、切り刻んでも自分にはぜんぜん傷がつかないから、どんなするどいナイフでもわたしはずたずたにできないから、っていう、自信の表現。傷もつかない不死身ふじみのわたし。そういう歌。たぶん、そうだと思う。あの朝穂って子の自信たっぷり感から考えると、そっちのほうが納得できるよ」

 言って、愛もアップルティーを飲んだ。

 「はあ」

 千枝美は、長くため息をついた。

 よくそこまで考えるものだ。

 考えるものだ、が。

 たしかに、あの子は、青くするどいナイフの刃で切り刻まれても、胸をはってやや斜め上に視線を向けて、自信たっぷりの微笑を見せているに違いない。

 それで死ななくてはならなくなっても、「弁慶べんけいの立ち往生」みたいに、自信たっぷり、年齢以上の美女の姿のまま死ぬだろう。

 そう思うと、愛の説には納得できた。

 「だから、血の色の短歌のほうが、ほんとは、わからない」

 愛は、口調はとろんとろんが抜けてないけど。

 でも、いまは、自然に自分の主張を表に出している。

 そんな感じがする。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る