雨の日、洗濯を待ちながら(3)

 「どうして、樹理じゅりの歌が自分の歌に負けるんだ、って」

 はい?

 どうして自分が勝ったのに文句を言いに来るんだろう?

 ゆうは。

 「そういうところ、筋を通したがる子だし」

 あいは、唇を突き出したままぎゅっと結び、それから言う。

 「もともと優って短歌部に入りたかったんだよね。ところが、八重やえがきかいって新入生歓迎行事やらないじゃない?」

 軽い気もちで新入生が入って来たらいやだ、という理由で。

 「だから、優、古典文芸部が短歌部だと思って入ってしまって。いちど、どうして教えてくれなかったんだ、って言われたこと、ある」

 はあ。

 このとろとろしている姉と違って、妹の優は、はっきりともものを言う性格だ。

 だから、けっこうきつく言ったのだろうと思う。

 この、妹思いの姉に。

 「そこまで短歌好き?」

 むしろ、体育系の部に入りたい系の子だと思っていた。

 「そうでもないと思うんだけど」

と愛は言う。

 「とにかく、何でもできる子だから。じっさい、ハンドボールとかソフトボールとかも助っ人で入ることあるし、この前の日曜日は生物部のフィールドワークについて行ってた」

 よくそれで身がもつな。

 「じゃ」

と、千枝美ちえみはいちおう身を乗り出して、きいてみる。

 「科学部は? 入らないの?」

 「ただのおしゃべりクラブだからいやだって」

 ぎゃふん。

 千枝美がぎゃふんとなっているあいだに、愛はとても澄ました感じでアップルティーを飲んでいる。

 ほんとに、「澄野すみの愛」って、名が体を表しているよなぁ。

 「名が体を 表している 澄野愛」

 ……下の句、どうしよう?

 いや。

 そんなことより!

 「で、どう答えたの?」

 「わたしは樹理に入れた、って答えた」

 たしかに、そうだった。

 「でも、初夏の日しが胸に刺さる、って表現が、なんか合ってないって思われたんじゃない、って説明したら、納得したみたい」

 まあ、そこは、千枝美が考えたのと同じだ。

 まして、樹理のことだ。

 千枝美みたいに、胸のところをパタパタやって空気を送る、なんてことはしないに違いない。

 「で」

と、千枝美もアップルティーをすすって、きく。

 「その、樹理は? 樹理は来て、何言ったの?」

 「なんで城島じょうじま由己ゆきが全勝して、稲部いなべ朝穂あさほが一勝しかできなくて、猿渡さわたり先輩と部長の道野みちの先輩が負けたのか、聞かせてほしい、って。なんか、樹理らしくなく、とろとろとろとろ言うんだよね」

 言って、またアップルティーを飲んでいる。

 「なんかまりでさ。そこにまた優も来てくれて、助かったんだけど」

 たしかに、勝ち気で文句ばっかり言っている意地悪樹理が、とろとろとろとろ、とかしゃべったりすると、気詰まりだろう。

 「それで、いちおう説明しておいた」

 「なんて?」

 反射的にきいてしまったけど。

 べつに、科学部にとってはどうでもいいことなんだよね。

 でも、愛が一人で抱えているとしたらよくないから、聞いておいたほうがいいか。

 愛って、抱えると自分のなかでループに落ちてしまいそうだからな。

 「まず」

と、愛が、とろっとした声で言い、千枝美はまたきゅんとなる。

 「城島由己の短歌はどれもよかったけど、全完勝したのは、相手がパンダだったから、って。あきらちゃんのは闘争意識むき出しすぎるし、優のは、パンダ、ハンダ、ハンタ、って変化を題材にするんだったら、もうちょっと練りようあるんじゃない、って言ったら、優は、不機嫌そうにしたけど、まあ、そうだね。って言ってくれた」

 そこまで具体的に言わんでも、と、千枝美は思ったが、言わないでおく。

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