第十番 道村尊子 対 大島東子(2)

 千英ちえが何を考えたかわからないが、千枝美ちえみ道村みちむら尊子たかこ先輩に入れていれば、八重やえがきかいが六対四で勝った。

 それでも八重垣会は不満だろうと思う。ことば遊び部のお遊び短歌になんか、ハプニングで一勝二勝は譲るとしても、ダブルスコアで圧勝のつもり、つまり七対三以上の勝利でなければならなかった。

 古典文芸部の二人の一年生部員は、よりによって、八重垣会の専門の短歌を使って、八重垣会の顧問を攻撃したのだ。

 その悪質な悪口攻撃をはね返すためにも、最低、それぐらいは必要だ。

 そのための、この企画だったのに。

 それでも、千枝美は、どうしても八重垣会の部長に票を入れる気にならなかった。

 この先輩は、世界の人びとと心がつながることも気にしていなければ、心が通わなくてもどかしい思いをするほどのだれかも身近にいない。

 いま千枝美はあいと肌が触れあいそうなところにいる。千英は、肌が触れるというより、ときどきぶつかってくる。

 どちらも、親しいつもりだ。

 でも、その気もちがわかりたい、と思うかというと。

 いまわかっているのでじゅうぶん。

 これ以上わかるのは、こわい。

 したがって、となりのひとの心を知りたいと思うなら、その二倍や三倍では効かないほどのがれる気もちのはずなのに。

 千枝美には、この歌から、そんな焦がれる気もちは少しも感じなかった。

 八重垣会の部長、道村尊子先輩は、立ち上がるのは立ち上がったけれど、礼もできないまま、泣き崩れてしまった。

 相手方の大島おおしま東子はるこ先輩が肩を抱きに来て、東子先輩にステージを下りる段のところまで付きってもらった。

 それから、東子先輩は、小走りで自分の席に戻ると、一人で一礼して、ステージを下りていった。

 もともと、このあと、全員がステージに上がって、そろって客席に一礼して終わり、という予定だったのだが。

 そんなことはできそうもない。

 先生たちを見ると。

 パンダの恵理えり先生は目を細めて笑って、千枝美に向かって、うん、とうなずいてくれた。

 これが、高度ないやみとか、これから復讐ふくしゅうしてやるぞ宣言とか、そんなのでなければいいんだけど。

 口をとがらせて笑っているのが、この企画の立案ぬしであるメイ先生。

 で、瑞城ずいじょうの先生は、ずっと不機嫌そうにしていた。

 それは、まあ。

 あんまり長引かせると、瑞城自慢の金管合奏が遅れるわけだからね。

 そこで、

「はい、立って」

と、千枝美は、両側の愛と千英を立たせる。

 両手に花。

 とくに愛が花。

 かわいいから。

 「ご覧の通り、明珠めいしゅ女学館じょがっかん第一高校十番歌合うたあわせ、八重垣会対古典文芸部は、五対五で引き分けとなりました」

 客席の、先生たちを除いた人たちはわりと熱心な拍手を送ってくれた。

 この人たちのほとんどには、「五対五で引き分け」の意味はわかっていないだろう。

 引き分けで平和に終わった、と思っているのかも知れない。

 「これをもちまして、このプログラムは終了とさせていただきます」

 言って、大きくお辞儀じぎをする。

 それから、千枝美は愛と千英をせき立てた。

 三人で、かたまって、古典文芸部の生徒がいる側の階段から、ばたばたばたとステージを下りた。

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