第十番 道村尊子 対 大島東子(1)

 先にステージに上がってきたのは八重やえがきかいの部長だった。

 名まえは道村みちむら尊子たかこという。いま古典文芸部側でステージから下りて行った道村泰子ひろこの姉らしい。

 姉妹で、敵どうし。

 というか、違う部活。

 まあ、あいゆうの姉妹も、姉はもともと帰宅部、というか、寮生だったので帰寮部。今年から千枝美ちえみに引っぱり込まれて科学部。

 妹は古典文芸部だから、同じようなものだけどね。

 この道村尊子部長は、肌は色白っぽくて、そこはよく似ている。

 ただ、妹のような清楚っぽさは、あんまりない。

 優等生っぽさを、さっきの猿渡さわたり先輩以上にアピールしている。

 さっきの猿渡先輩以上に、好きになれなさそうな雰囲気だ。

 で、古典文芸部のほうは、健康せ、というか、体力があってほっそりしてるんだな、という感じの先輩だ。日に焼けている。

 このひとは。

 見たことがある。

 ただし、古典文芸部員としてではない。

 去年、学校が作った学校紹介ビデオに出てた。

 ハンドボールでシュートを決める場面が、最後のほうの重要な場面で、スローモーションで使われていた。

 たしか、体操服姿でインタビューにも答えていたと思う。

 つまり、ハンドボール部……。

 ……で、ことば遊びクラブの、部長?

 すごいなー。

 名まえは大島おおしま東子はるこというらしい。

 二人が一礼して着席し、最後の対決が始まった。


 * * *


 【八重垣会】


 遠き国のひとのこころも知れといふ肌を寄せてもわからぬものを


 たか子(道村尊子)


 * * *



 【古典文芸部】


 せばる為さねば成らぬだがしかしトラブルだけは為さなくても成る


 東子(大島東子)


 * * *


 古典文芸部の部長の短歌は、投影されたとたんに笑いが漏れていたが?

 「トラブルが予期した以外の場面で起こるのはあたりまえだと思う」

と、体育会系少女、しかも三年生に、まず果敢かかんにつっこんだのは愛!

 勇気あるなぁ。

 「つまり、為せば成る、って、成そうとした以外の状態に成るのがトラブルなんだから、それは、もちろん、為そうとした以外のことが起こるわけですよ」

 何を言いたいのか、よくわからないが?

 「つまり、だれも意図してトラブルを起こしたりはしない、ってことだね」

 千英ちえが言う。愛がうなずく。

 「うん」

 だったら、最初からそう言えばいいじゃん!

 千枝美が別の角度から言う。

 「これ、さっきの白鳥の歌といっしょで、有名な短歌の最初だけ取って、三句めで「だがしかし」というのを入れて、その後を作る、って、遊びだね」

 「遊び」と言われて、そのハンドボール部の古典文化部の部長が怒るかどうか。

 しかし、その前に

「えーっ?」

と、千英が異議の声を上げた。

 「これって、何か有名な短歌なの?」

 はいっ?

 目がテン状態の千枝美にかわって

「ああ」

と愛が受け止めてくれた。

 「「為せば成る為さねば成らぬ何事なにごとも」ってね。作者は、武田たけだ信玄しんげんとか、上杉うえすぎ鷹山ようざんとか言われてるけど」

 「武田と上杉!」

 千英が大げさに反応した。

 「それは重量級だ」

 それでも、トラブルには勝てなかったのだ。

 信玄も鷹山も。

 ……そういうことにしておこう。

 言ったのは、ハンドボール部の先輩だからね。

 科学部、関係ないからね!

 愛がさらに言う。

 「それで、たか子先輩のは、こう、グローバル化が進んで、遠くの国のひとの気もちとか文化とかもわかれ、って言われてるけど、こうやって、ここで肌を寄せ合ってるとなりのあなたのこころも解らないのに、どうしてそんなひとの気もちがわかるっていうの、っていう、恋の歌と、社会問題を、こう、いっしょにんだ歌ですね。なんか、どちらもわからなければ、わかりたい、でも、どちらもわからない、っていう、もどかしさ、っていう、そういうテーマだと思います」

 愛。

 気合い入ってる?

 ともかく、いまの愛の発言で、道村尊子先輩の短歌についてはすべてが尽くされてしまった感じだ。

 ということは。

 これから、判定。

 最後の、判定。

 千枝美は目を閉じた。

 どうしよう?

 企画の意図を考えれば、ここは八重垣会に勝たせるべきだ。

 これまでの勝負は、八重垣会が、片山かたやま留美南るみな一勝、城島じょうじま由己ゆき三勝、稲部いなべ朝穂あさほ一勝で五勝。

 古典文芸部が、澄野すみのゆう一勝、穂積ほづみあきら二勝、道村泰子一勝で、四勝だ。

 しかも、力の入ったまじめな作品を揃えてきた八重垣会に対して、古典文芸部は、パンダ短歌が五首、あとことば遊び短歌が三首で、まじめ短歌は澄野優の一首と穂積晶の一首の二首しかない。

 つまり、まじめ短歌対決では、二回とも、まじめな八重垣会が負けているのだ。

 しかも、明らかに出来が悪い短歌、というわけではなかった。

 だから、ここでは、やっぱり「遠き国の」のほうに勝たせるべき。

 しかし……。

 千枝美は心を決めた。

 目を開いて、言う。

 「じゃ、最後の判定、行きましょうか」


 * * *


 【判定】

 愛   たか子(八重垣会)

 千英  東子(古典文芸部)

 千枝美 東子(古典文芸部)


 ああ。

 やっぱり、そうなったか。

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