第九番 道村泰子 対 猿渡総乃

 かわりに八重やえがきかいのほうから登場したのは、丸顔で、小太りから三〇パーセントぐらい大太りぐらい寄りに太ったの生徒だった。たぶん先輩だろう。

 こういう体型に、この明珠めいしゅじょの涼しい夏服は不利だよなぁ、と思う。

 白いだけに、ぜんぜん体が締まって見えない。

 しかも、開襟かいきんの胸元が大きく開いて、いっそう大きく見えてしまう。

 でも、眉をきりっとさせて、黒い目で相手をしっかり見える、という顔立ち、顔立ちというより表情をつけるくせが身についているらしい。そこは精悍せいかんそうだ。あえて言えばスパルタンな感じ?

 その目で見つめられた古典文芸部の道村みちむら泰子ひろこは自然と立ち上がった。

 八重垣会の先輩が、きびきびと礼をする。

 これは……。

 ことば遊びクラブ、押されてるな。

 資料を見ると、八重垣会の先輩は猿渡さわたり総乃ふさのというらしい。三年生。


 * * *


 【古典文芸部】


 君のかげ見たくもないとこぶしにぎり息を切らせて知るわがこころ


 ひろ子(道村泰子)


 * * *


 【八重垣会】


 霧おほふ野原をひとりあるきをりわたしの国はみつかるものか


 いと(猿渡総乃)


 * * *


 もう、今回は千枝美ちえみが最初に発言することにした。

 「古典文芸部は、やっぱり恋の歌、ですかね」

 「こぶしを握って、息を切らせる、ってことは、走って逃げたってことだよね。わりと激しい恋だね」

千英ちえが応じる。

 やっと、へんな科学問答にならずにすんだ!

 「かげ、っていうのは、古語らしい言いかたで、君の姿、だよね」

 おっとりおっとりのあいが、めずらしく切れのいい言いかたをする。

 「走って逃げて、でも、君が好きだ、って、相手がそこにいなくなって」

 そこで、突然、愛がことばを止めた。

 愛が、ちらっ、と、古典文芸部の席を見る。

 千枝美もつられてそっちを見ると、そこに座っている道村泰子が、口角こうかくというのを引いて、謎めいた笑いを作った。

 「あ」

と、愛は、急いでその泰子から目をらす。

 話をしてはいけない、ということは、アイコンタクトもだめ、ということで。

 まじめだなぁ、そんなの気にするとか。

 愛は、うつむき気味になって、言う。

 「き……み……こ……い……し?」

 千枝美は愛ほどまじめではないので、道村泰子のほうを見ると、謎めいた笑いがはっきりした笑いに変わって、うん、とうなずいている。

 「つまり、五七五七七の、最初の字をつなげると」

と、今度は愛は顔を上げてはっきりと言う。

 この子にしては、声に力が入っている。

 「「き」みのかげ、「み」たくもないと、「こ」ぶしにぎり、「い」きをきらせて、「し」るわがこころ、で、君恋し、になるんだよ」

 「おおっ!」

 千英が大げさに感心する。

 「さすが古典文芸部!」

 千枝美も感心してみせる。

 それはなー。

 ことば遊びクラブだもんね。

 この子、見てくれ清楚だから、他校の男子といい仲になったのかと、本気でジェラシーを向けようとしたよ。

 愛の発見、すごい……。

 しかし、愛の底力はそれだけではなかった。

 「それで、いとさんの短歌ですけど、これは「マッチるつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや」へのアンサーソング、ですよね」

 「はいっ?」

 ステージ上から客席まで、反応は二分された。

 「うんうん」と目を細めてうなずくのと、ぜんぜんわからない、というのと。

 ステージ上では、千枝美と千英がわからない派で、道村泰子はわかるらしい。

 客席では、先生方三人はわかるらしいけど、後ろの、瑞城の子を含む四人連れをはじめとして、わからない、って感じのほうが多い。

 底力を示した愛が、解説する。

 「寺山てらやま修司しゅうじって昭和のひとに、「マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや」って有名な短歌があって、その、霧、と、祖国、ですね。それを、自分の短歌に活かしてる、ということになるんだと思います」

 千枝美は、義理で、その猿渡総乃という先輩の顔を見た。

 目を細めて笑っていた。

 嫌悪感!

 いや。

 さっき、道村泰子も、自分の短歌のネタを明かされると笑っていた。

 だから、この先輩も笑うのは当然だし、笑いかたも同じような感じだ。

 口角を引いて、にんまり、にっこりと。

 なのに、どうしてこの先輩の笑いからは、いやらしさを感じてしまったのだろう。

 「そうなんだ」

 千英が感心している。

 「わたしは、異世界ファンタジーとかで、霧のなかを歩いてたら異世界に入ってしまって、そういうのを繰り返して、いつになったら自分の国っていうのに転移できるんだろう、みたいな歌だと思っちゃっちよ」

 いや、自然な発想だと思うよ、千英。

 でも、八重垣会のまじめな先輩がゲームネタ短歌なんか作るわけないでしょ?

 千枝美は言った。

 「どちらも、終盤にふさわしい、凝った作りの短歌でしたけど、そろそろ、判定、行きましょうか」


 * * *


 【判定】

 愛   ひろ子(古典文芸部)

 千英  ひろ子(古典文芸部)

 千枝美 ひろ子(古典文芸部)


 うわっ!

 やってしまった。

 自分が古典文芸部に入れた以上、もしかして古典文芸部が勝つかな、ということは考えていた。

 さっきの、その昭和のだれかの短歌をもとにしてると見破られたときの、この先輩の笑いがどうもいやらしく感じてしまって、千枝美はそちらに入れる気にならなかったのだけど。

 でも、三対〇で、完勝?

 千英や愛は、何を考えたのだろう?

 千枝美がその猿渡総乃という先輩の顔を見ると、先輩はわざとらしく顔をそむけてしまった。

 ことば遊び短歌に負けるとは思っていなかったのだろう。

 八重垣会の指導者の恵理えり先生が激怒とかしてたらどうしよう、と、千枝美はおそるおそるその恵理先生の顔をうかがう。

 恵理先生は、気の毒そうに猿渡先輩を見ていた。

 でも、千枝美が自分を見ているのがわかると、にこっ、と笑って見せる。

 かえって、ぞっとする感じ?

 今回は、道村泰子も猿渡総乃先輩も、お辞儀じぎをして、ステージを下りた。

 最後は、部長対決らしい。

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