第六番 稲部朝穂 対 穂積晶

 ぱっ、と白い光が差したかと思った。

 八重やえがきかいのほうから登場してきたのは、上半身の制服の白さが圧倒的輝きを放っている女子。

 輝いている感じは古典文芸部の穂積ほづみあきらもそうだけど、晶は高校生らしさで輝いている。

 しかし、この子は、「若い女」としての輝きを惜しげもなく放っている感じだ。

 美少女、というより、美人。

 これが、千枝美ちえみあいと同じ二年生というのだから、驚くべき、というか、ませ過ぎというか。

 名まえは、稲部いなべ朝穂あさほという。

 何かで表彰ひょうしょうされて、朝礼でみんなに紹介されたこともあった。

 三年生部員を差し置いて、八重垣会ではいちばんの有名人だ。たぶん、実力もある。

 この勢いだと、「主犯」の穂積晶は完敗か。

 でも、晶も弱気なところは少しも見せない。

 両者の礼から、たがいに相手をじっと見つめていた。

 「視線で火花が散る感じ」。

 そんなのをリアルで見たのは初めてだ。


 * * *


 【八重垣会】


 白光はっこうを降らせる青き空のうへくろき宇宙がひろがるといふ


 ともゑ(稲部朝穂)


 * * *


 【古典文芸部】


 梅雨つゆざむえりの下にも汗しみてわが想像は湿りて落ちぬ


 晶(穂積晶)


 * * *


 「そうそう」

と幽霊部員志願の千英ちえが言う。

 そうやってすぐ目立つから、幽霊になりきれないんだろ?

 「晴れてる空って青いのに、地上ってブルーブルーって感じじゃないんだよね。なんで?」

 はいっ?

 すかさず、とろんとした感じの愛が言う。

 「いや、それは太陽光っていうのが、全体として白いから。空では粒子の大きさがだいたい均等だから、きれいに散乱さんらんして、まっすぐ下の地上には、波長短めの青色が届きやすいんだよね。だから、空は青く見えるんだけど、地上はいろんなものが存在するから、散乱する波長がばらばらで、それで白く見えるんだよね」

 はいっ??

 しかも!

 その説明にうなずいている、稲部朝穂と穂積晶!

 これって。

 「爆発物はなぜ爆発するか」が中止になっても、「あなたの科学の疑問に答えます(科学部員澄野すみの愛が)」という企画に変更すればよかったのでは?

 「へえ」

と千英が感心している。

 「空気に、うっすらと青色がついてるわけじゃないんだ」

 「うん」

と愛がさらに解説!

 「だって、空気の色が青だったら、夕焼けの光は空気のなかを長く通ってるんだから、昼の青空よりもっと青く見えるはずでしょ?」

 なーるほど。

 ……って!

 「で、くろき宇宙、っていうのは、宇宙が、ダークマターとかダークエネルギーとか、最近の観測でますますダークさを増してることを言ってるのか、それとも、宇宙の軍事開発競争とか、そういう問題意識なのかな?」

と愛が言うと、千英が

「うん。終わったら朝穂にきいてみよう」

 対決中に作者に短歌の意図をきいてはいけない、というルールでやっているから「終わったら」になるのだろうけど。

 いや。

 だから!

 「で、梅雨寒、っていうのは、寒く感じるけど、けっきょく、湿度が高くて、シャツの襟のところ、気もち悪くなるよねー」

 愛が言う。

 そうだ。

 優等生妹が段を下りて緊張から解放されて、愛がおしゃべりになってしまったのだ。

 「ま、明珠めいしゅじょの夏制服は開襟かいきんシャツで、夏は涼しい制服だと思うんだけど」

 千枝美がさっき言おうとしたことを、千英が言ってくれた。

 「瑞城ずいじょうのって、夏制服でも暑いよねー」

と客席で言ったのは、城島じょうじま由己ゆきに声を飛ばしていた瑞城の生徒らしい。

 知らん、って。

 たしかに、瑞城の夏制服は、いちばん上のボタンまで留める仕様で、しかも胸にひだ飾りがついているので、上のボタンをはずしてると、とても「だらっ」としている印象になってしまうのだが。

 ……って!

 千枝美ちえみが何も言ってないじゃないか。

 「あ、ひさしぶりに動物ネタが出ない対決になりましたが、じゃ、判定行きましょう」

 けっきょく、千枝美が言ったのはそれだけだった。


 * * *


 【判定】

 愛   晶(古典文芸部)

 千英  晶(古典文芸部)

 千枝美 晶(古典文芸部)


 えっ?

 なんで?

 いや。

 千枝美は、ここまで三戦三完敗という古典文芸部に配慮したのだが。

 それに、稲部朝穂の宇宙の短歌は、愛が言っていたように、宇宙についての知識で作っている感じがした。それで、じめじめで集中力が切れた瞬間の、ねちっ、とした気もち悪さを感じさせる穂積晶のほうに一票入れたのだが。

 三対〇。

 八重垣会のエースが、登場直後に完敗!

 しかし、稲部朝穂は表情を変えず、落ち着いて座ったまま「若い大人の女」の雰囲気を発散している。

 穂積晶も落ち着いて座ったまま「若い高校生の少女」の雰囲気を発散しているので……。

 やっぱり、怖い。

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