第五番 穂積晶 対 城島由己

 次の勝負は、二人とも交替しないらしい。

 敗者の穂積ほづみあきらは堂々と座っている。勝者の城島じょうじま由己ゆきは、二回完勝してもまだおどおどしている。

 風で、由己の細い髪の毛がふわっと揺れた。


 * * *


 【古典文芸部】


 怒ったら 眠れなくなり 目にはクマ クマが消えずに パンダはパンダ


 晶(穂積晶)


 * * *


 【八重やえがきかい


 ペンギンのいちれつ池へ急いでてきみは南極知らないんだね


 ゆうこ(城島由己)


 * * *


 またあ……。

 今度こそ、ごまかしの効かない、悪口短歌だなぁ。

 「パンダってかわいい印象で、熊のほうが怖い印象なのに」

と、あいがおっとりと言う。

 「パンダのほうが凶暴だ、って、逆転した、というところが、発想の転換ですね」

 いやいや。

 一つも転換してない、って。

 恵理えり先生が凶暴、というより、一年生の軽い悪口にブチ切れて、あのきゃんきゃんと頭に響く声でどなり続けた、という問題だから。

 「両方とも動物短歌で、動物短歌対決になりましたね」

千英ちえが話を合わせる。

 恵理先生は、苦笑というのか、余裕のない薄ら笑いを続けている。

 メイ先生は緊張感なく笑ってるし、瑞城の先生はなんか不機嫌そうだ。

 不機嫌は、その、パンダネタ連発にあるのだろうけど。

 科学部の責任じゃないからね!

 千英が言う。

 「これ、蒲沢かんざわの動物園のペンギンウォークだよね」

 蒲沢にある大きい動物園では、ペンギンが池へと移動してえさをもらい、また帰って行く、というイベントをやっている。

 城島由己の短歌は、それを題材にしてる、ということだ。

 千英が続ける。

 「でも、あれ、たぶんフンボルトペンギンだから、もともと南極は知らないと思うんだけど」

 はいっ?

 「ペンギンはみんな南極に生息せいそくしてる、っていうのが、わたしたちの思いこみで、さ」

 作者の城島由己は、きょとん、としている。

 「はいはい、うち、科学部なんだからさ」

 千枝美ちえみが介入した。

 「そういうのは生物部に任せて」

 「だって、生物だって科学の一分野だよ」

 幽霊部員志願の千英が抵抗する。

 「どうしてさ、うちの学校、って、科学部のほかに生物部と天文部があって、そっちのほうが人数多いのよ? うち、一年生入れて四人なのに、生物部も天文部もそれぞれ、部員、十人はいるんだよ?」

 これは!

 もはや、短歌の批評でもなんでもない!

 しかも、前に座ってる先生三人組が受けて笑ってるし……。

 早くまとめたほうがよさそうだ。

 「はい。図らずも動物短歌対決となりましたが」

 晶のは動物短歌じゃないと思うんだけど。

 「判定はどうでしょう?」


 * * *


 【判定】

 愛   ゆうこ(八重垣会)

 千英  ゆうこ(八重垣会)

 千枝美 ゆうこ(八重垣会)


 ま、当然、そうなるよね。

 三戦して一つも失点を取らなかった城島由己は、ここで一礼して、ステージから下りた。

 最後までおどおどしていた。

 相手がすべてふざけたパンダ短歌だったということを考えても、一つの負け判定もなし、というのは、もっともっと誇っていいことだと思うのだけど。

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