第三番 澄野優 対 城島由己

 古典文芸部は優等生妹の澄野すみのゆうがそのまま残る。三戦めだ。

 八重やえがきかいは、意地悪寮委員長の橋場はしば樹理じゅりは一首で退場して、向かって左側で髪を分けておでこを出した女子が登場した。

 背の高さは中ぐらいで、おとなしそうな顔をしている。

 色は白くて、つるんつるんではないけど、すべすべのきれいな肌をしている。

 落ち着きなさそうにきょろきょろして出て来たが、座っている優に軽く頭を下げて、席に着いた。

 名まえは城島じょうじま由己ゆきという。ちなみに、本名は、審査員の手もとには届くが、一般のお客さんにはわからない仕組みになってる。

 本名明かして、住所を調べられてストーカーとかされたら困るからね。

 ところが!

 「由己さーん!」

と客席から声が飛ぶ。

 そののうてんきな声を発したのは、先生たちの後ろ、一列おいてかたまって座っている四人ぐらいの娘どもの一人らしい。声を立てたのは、そのなかで、ライバル校瑞城ずいじょう女子の制服を着ている子の一人のようだが。

 知り合いなのだろうけど。

 せっかくペンネーム使ってるのに、本名ばらしてどうする、瑞城娘?

 両者立って、もういちどまじめに礼をして、第三回対決が始まる。


 * * *


 【古典文芸部】


 パンダからマルが取れればハンダだよ テンも消えればだれだよハンタ


 優(澄野優)


 * * *


 【八重垣会】


 夕焼けにさよならまたねと手を振ってそう言わなければいけないものかな?


 ゆうこ(城島由己)


 * * *


 ここでまたパンダ短歌かい!

 まあ、さっき、順番を入れ替えたんだから、優はほんとうはこっちを先に出すつもりだったのだろう。

 まじめ短歌は最後に取っておいて。

 優等生姉のあいは、こんどは、困惑しているというより、脱力しているっぽい。

 そこで、千枝美ちえみ

「ハンダなんて、いまどき、ハンダづけで工作してる子しかわからないよね」

と言う。幽霊部員志願の千英ちえ

「だれだよあんた、にかけて、だれだよハンタ、に持っていく、ってことだよね」

と反応した。

 「パンダ、って、半濁音はんだくおん一つ、撥音はつおん一つ、濁音だくおん一つって単語だから、そこを狙った秀作、ということだね」

 千英が言うが。

 そうなのか?

 優秀作なのか?

 たしかに、先生に対して「だれだよあんた?」はだめでも、「いや。あんた、とは言ってないですから」と逃げられる、というのは……。

 ……恵理えり先生に対するいやがらせだな、やっぱり。

 「ゆうこさんのは、恋心?」

と、澄野すみの愛が言う。妹の歌の評から露骨に話題を切り替えた。

 「そう言わなければいけないものかな、というのは、彼氏とさよならしたくない、ってことなのか、いちいちあいさつしなくていいほど仲がよくなってるってこと?」

 「仲よくなっても、さよなら、またね、は言うんじゃない?」

と千枝美が言う。

 わからないけど。

 彼氏、いないから、という理由はどうでもいい。

 どうでもいいけど、ここ女子校だから、あんまり出会いのチャンスってないんだよ!

 とくに、こういう、理系女子には!

 「これ」

と、また愛が愛らしい声で言う。

 まったく。

 「愛」なんて名まえだから、こう愛らしくなったのか。

 愛らしくなることを予期して、ご両親が「愛」って名をつけたのか。

 「さよなら、またね、の相手が、だれか、じゃなくて、夕焼けそのもの、としたら」

 「うわっ、青春っぽい!」

 千英が言う。

 また、そうなのか、とは思ったけれど。

 千枝美はまとめに入ることにした。

 「はい。脱力なのか高度なのか、いっそうみがきのかかったパンダの短歌と、青春短歌と、どっちでしょう?」


 * * *


 【判定】

 愛   ゆうこ(八重垣会)

 千英  ゆうこ(八重垣会)

 千枝美 ゆうこ(八重垣会)


 というわけで、また八重垣会の完勝となった。

 まあ、これはそうだろう、と思う。

 優等生妹の優は、悪びれもせず、堂々と、ステージと客席にお辞儀をして、ステージを下りていった。

 優のパンダ短歌は一首も勝てなかったのだけど、まあ、まじめ短歌で短歌専門集団の八重垣会に勝ったのだから、それで「オンの字」というものではないか、と思う。

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