第二番 橋場樹理 対 澄野優

 次に八重やえがきかいから登壇したのは。

 げ……っ!

 だれにでも何にでも文句をつける、とてもうるさい寮委員長の橋場はしば樹理じゅり

 古典文芸部側はゆうがそのまま残る。

 ところが、樹理が登壇してきたところで、優が、顔を上げて目を見開いた。

 後ろを振り向き、マルシェ実行委員会のひとに合図をする。その実行委員会のひとに何か言ったようだ。

 そのひとが、審判のところまで来て、いちばん端に座っているあいに何か言う。

 愛は、うん、とうなずいた。

 千枝美ちえみ千英ちえに言う。

 「優が、いや、古典文芸部が、出す歌の順番を変更したい、って言ってるらしいんだけど、認めるか、って」

と千枝美と千英に言った。

 登壇者と審判が直接ことばを交わしてはいけないというルールなので、マルシェのスタッフがあいだに立ったのだろうけど。

 「はあ」

 だいたい、「出す歌の順番」とか決まっていたのか?

 ぜんぜん知らんかった!

 でも、千枝美はとても落ち着いて、愛に言った。

 「いいんじゃない? 入れ替えちゃいけないなんてルール、決めてないし」

 幽霊部員志願の白石しらいし千英に意見があるはずもない。

 愛が、千英の反応も確認してから、その決定を小声で実行委員会のスタッフさんに伝える。

 スタッフさんから決定を伝えられた優が、ほっ、と小さく笑ったのがわかった。

 意地悪の樹理がどんな顔をしているかなんて、知らない。

 興味もない。


 * * *


 【八重垣会】


 図書館をづれば初夏があふれをり日射しは強く胸に刺さりぬ


 たつゑ(橋場樹理)


 * * *


 【古典文芸部】


 あたたかきレモネードき思いす初めて君を見し冬の朝


 優(澄野すみの優)


 * * *


 はいっ?

 意地悪寮委員長橋場樹理の、何? その「たつゑ」とかいうペンネームは、というのはともかく。

 優、「パンダ」じゃないの?

 その優は、姉のいる審判席を通り越して、八重垣会の席を思い詰めたようにじっと見つめているが。

 書けるんじゃん、ことば遊びではなくてまじめな短歌が!

 優等生だから、当然かも知れないけど。

 つまり、優は、まじめな寮委員長には、「パンダ短歌」などではなく、まじめ短歌で正面から挑みたいのだろう。

 「たつゑさんが夏、優さんが冬と、対照的ですね」

と、愛が言う。

 自分の妹も、出場者ならば詰まりもせずに「優さん」と言ってしまうあたり、やっぱり優等生姉だ。

 優等生姉を軽くいじめてやる気もちが湧いた。

 「で、優さんのは初恋の歌だと思うんだけど、優って、彼氏、いるの?」

 ここは女子校なので、恋ならば相手は他校の男子ということになるのだが。

 「個人情報の関係する質問には答えられません」

 まじめな優等生姉が言う。

 向こうで優等生妹が口をとがらせた。

 優がどういう感情を表現したいのかはわからない。

 「樹理のさ」

 無神経に本名を言う、幽霊部員志願の白石千英!

 まあ、いいか。

 「図書館出て、日射しが強い、っていうのはわかるんだけど、なぜそれが胸に刺さるって表現に続くの?」

 本人にきいてくれ。

 きくのは禁止だけど。

 そこで、千枝美が説明する。

 「図書館から外に出てみたら暑かったからさ、思わずこんなことやって」

と、制服のシャツの胸のところに人差し指と中指をつっこんで、ぱたぱた、と胸に風を入れるふりをする。

 「おおっ」と反応したのは、客席。

 パイプ椅子が半分ぐらい埋まっている。

 五十人はいないとしても、三十人ぐらいいるよ?

 その客席から

「はしたないわよ! 明珠めいしゅ女子!」

と声を上げたのは、古典文芸部顧問のメイ先生だ。

 客席の軽いどよめきが、どよめきの軽さを超えた笑いに変わる。

 隣でパンダの恵理えり先生も笑っている。いちばん不機嫌そうな顔をしているのは、瑞城ずいじょうから来たという小太りの先生だけど。

 風を入れようとしたその襟元えりもとから太陽光線が少女の胸元に侵入した、という、そこはかとなくエロチックな情景を描写したんじゃないですか、と言うつもりだった。

 明珠女の夏服は開襟かいきんシャツで涼しいですよ、というアピールにもなるし。

 でも。

 ま。

 いいか。

 愛も千英も発言したことだし、千枝美がまとめに入る。

 「夏の学校生活の一こま、冬のほのかな恋心、どっちを取るか、ですね」


 * * *


 【判定】

 愛   たつゑ(八重垣会)

 千英  優(古典文芸部)

 千枝美 優(古典文芸部)


 おっとここでハプニング。

 まじめ短歌対決でことば遊びクラブが勝ってしまった!

 案の定、と言おうか、寮委員長橋場樹理は唇をんでうつむいてしまった。

 勝者の優も困ったようにうつむいている。意地悪寮委員長がこのあと荒れたらどうしよう、とでも思っているのだろうか。

 優等生姉の愛も、優等生妹の優も、その寮に住んでいるから、寮委員長の報復が姉妹に向かってしまったら?

 だいじょうぶだよ。

 お姉さんの親友、不優等生のこの掃部かもり千枝美が引き受けてあげるから。

 千枝美は、開襟シャツもレモネードも出来は同じくらいだと思っていた。

 でも、愛が、自分の妹ではなく、相手側の意地悪寮委員長に入れるのは最初からわかっていた。

 二回続けて、八重垣会が三対〇で完勝というのもよくない。

 わざとらしくて。

 それと、あったかいレモネードで初恋の人を思い出す、という流れは、ほんとうのできごとなのかどうかは知らないけど、自然だ。

 これに対する橋場樹理のは、するどくない千英がするどく指摘したように、なぜ「胸に刺さる」のかがよくわからない。

 自分で開襟シャツの前をパタパタ、とかやってみたけど、樹理を知るひとは、樹理がそんなはしたないことをするとは信じないだろう。

 だから、千枝美は、ことば遊びクラブの優に入れたのだが。

 千英もおんなじ判断をして、この結果になったんだな。

 何についてもうるさい樹理。

 いまの高校生の学園生活を描くのに「出づれば」とか「あふれをり」とか「刺さりぬ」とか、まじめに古語で書かなくてもいいのに。

 「図書館を出たら初夏(の雰囲気ふんいきか何か)があふれてて日射しが強く胸に刺さった」のほうがまだよかったのでは?

 そうしないところが、一秒の門限破りも許さない、意地悪まじめ寮委員長らしいところなんだろうけど。

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