ことの起こり(2)

 瑞城ずいじょう女子高校を代表する部活がそのマーチングバンド部だとすれば、明珠めいしゅじょ一高を代表する部活は、「八重垣やえがきかい」という名のついている短歌部だ。

 だから、瑞城がマーチングバンド部を出すなら、こちらも短歌部を、ということだが。

 裏の事情は、千枝美ちえみにはすぐに理解できた。


 この八重垣会の顧問は細川ほそかわ恵理えりという国語の先生だ。

 若い女の先生で、ともかく声がきゃんきゃん響く。うるさくて、授業を聴くと、最後のほうは聴覚が麻痺まひしてきて、とても疲れる。

 それと、化粧のセンスがとても個性的だ。

 けっして不美人というわけではないのだけど、頬の盛り上がりと目のまわりの落ち込みが極端という顔のつくりだ。そのうえ、なぜか、チークを必要以上にピンクに塗り、目のまわりのくぼんだところを青っぽく塗る。それで、その落差がより強調されてしまい、目のまわりに黒いくまができているように見えるのだ。

 一年生がこの細川恵理先生の顔を見て「パンダみたい」と言って笑った。

 それが運悪く細川先生に聞こえてしまい、細川先生は激怒、その生徒が泣いて謝っても許さず、職員室に呼び出して叱りつけてまた泣かせる、というできごとがあった。

 それに「義憤ぎふん」を感じたのが、古典文芸部という部の二人の一年生だった。


 古典文芸部は、名まえこそ「古典文芸」だが、その実態はことば遊びクラブだ。

 その「ことば遊び」のセンスを活かしたのか何なのか、その二人の一年生が「パンダ短歌」というのを大量生産し、学校中に広めた。

 その大量生産した部員の一人が、一年生の澄野すみのゆう。澄野あいの妹だ。

 「主犯」ではないが共犯者ではある。

 「主犯」は、やたらと目立つ穂積ほづみあきらという一年生の女だ。優は、その主犯が一人でたたかれては、と思って、つき合ったのだと自分で言っていた。

 で、そのことば遊びクラブ古典文芸部の顧問が師山メイ先生。

 つまり、メイ先生は、古典文芸部をマルシェのステージに引っぱり出し、学校外の人たちの前で八重垣会にボロ負けさせて、「パンダ短歌事件」の幕引きを図りたいのだろう。

 「八重垣会はやっぱりすごい」と見せつけ、顧問の細川恵理先生に花を持たせて。

 なにしろ、八重垣会は、軽い気もちで部員が入って来たら困る、というので、新入生歓迎行事には参加せず、あとから、まじめそうで、国語力の優れた子に声をかけて入部させる、というエリート部活だ。だから国語の実力のある生徒が集まっている。

 ほかのことをやるならともかく、短歌で対決すれば、ことば遊びクラブに勝ち目はない。

 したがって、古典文芸部を負けさせ、短歌部の八重垣会を勝たせるのが、科学部三人娘の仕事だ。

 しかも、わざとらしくなく、やらないといけない。


 幽霊部員志願のくせに、いつも幽霊になるのに失敗している白石しらいし千英ちえはともかく、愛は気の毒だと思う。

 「パンダ短歌事件」の共犯者は愛の妹。

 そして、愛は、いま寮の副委員長だ。そのこともあって、寮委員長の橋場はしば樹理じゅりをとても気にしている。

 その橋場樹理は八重垣会のメンバー。

 だから愛は妹をかばうことはできない。妹をかばうと橋場樹理を怒らせてしまい、寮委員会で愛自身が肩身の狭い思いをしてしまう。

 残酷な企画!

 でも、学校がそう決めた以上、逆らうこともできない。

 「じゃあ、やります」

と、ウェットな声で愛が先生に答え、科学部員が判定する「明珠女学館 八重垣会 対 古典文芸部」十番じゅうばん歌合うたあわせ、という企画が決まった。

 でも。

 部長は千枝美なのに、なんで愛が部を代表して返事してるの?

 ま、千枝美はふざけた子と思われているから、こういうときは愛が表に立ってくれたほうがいいんだけどね。

 科学部のキャッチフレーズ(千枝美私案)。

 「は科学を救う」。

 ほんと、愛が入ってくれて、科学部はとても助かっているのだ。

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