十番歌あわせ! ― 明珠女学館第一高校 八重垣会 vs 古典文芸部
清瀬 六朗
ことの起こり(1)
「えーっ?」
全力を出さない、全力の半分も出さない叫び声だ。
叫び声、というより、小さな悲鳴?
声はどこか湿っている。そのウェットさが千枝美にはたまらない。
「わたしたち、科学部ですよ。短歌の判定なんて、わたしたちにはできませんよ」
「だって、国語の先生が判定したってしようがないじゃない? 授業じゃないんだから」
座って、生徒たちを見上げて言うのは、化学の
いつもどおり、色の薄い髪を頭の上のほうでまとめている。
「もとはといえば、あんたたち科学部がアブナイ企画を立てて、それがキャンセルされたことが原因でしょ?」
愛が、目を伏せて、唇をとがらせて、しばらく経ってから、
いや。
そう見られても。
泉ヶ原の駅前には「駅前大通り」という何の工夫もない名まえの大通りがある。その一部分を車両通行止めにして、そこに屋台を出したり、バーベキューの
そのいちばん駅寄りにはちょこっとしたステージも設置されて、そこで、おばさんたちの
今年は、そのメインステージへの出演依頼が、明珠女一高にも来た。
明珠女には大学もあるので、毎年、大学の団体には声がかかるのだが、高校にその依頼が来たのは初めてだ。
なぜ、来たかというと。
この澄野愛という子が、明珠女一高のライバル校である
瑞城女子は進学実績がいまひとつなかわりに、もともとこういう地元のイベントに熱心に取り組んでいる。
そこで、その関係のできた愛を通じて、瑞城女子の子が親切にもマルシェへの出演依頼を明珠女一高にも回して来たのだ。
瑞城は名門のマーチングバンド部の子が演奏会をやるらしい。アンサンブルコンテストという大会で、去年の県大会まで行ったチームだという。
自分たちも出るから、明珠女も出ろ、ということらしいのだが。
明珠女は進学校だ。進学校の優等生たちは、もちろん、そんなのには出たくない。
そこで、出演依頼のきっかけを作った愛と、千枝美と、もう一人、幽霊部員志願の
どうせなら、学校ではできない企画をやろうということで、「爆発物はなぜ爆発するか」という実験イベントを企画した。
ステージの上で、水素とかの爆発する物質を作って、軽く、ぼん、と爆発させ、「こわいですね~気をつけましょ~ね~」とかやるつもりだった。
マルシェの実行委員会の人もおもしろがってくれた。よく知らないけど、爆発するものをステージ上で扱っても怒られないようにいろいろ調整もしてくれたらしい。
だれも文句は言わなかった。
ただ一人、何にでも文句を言う、寮委員長の
ところが、マルシェの前の週になって、どこか遠い街で爆破予告事件が起こった。
すぐに犯人は逮捕されて爆破は未遂に終わったけど。
犯人は高校生で、中間試験を受けたくないからという理由で、おじいちゃんが心臓病の薬としてもらっていたニトログリセリンをくすね、あぶって火をつけようとしていたという。
ニトログリセリンの薬十粒でダイナマイト一本分の威力があると思ったらしいのだが。
そう思う時点で落第じゃおまえは!
それに、そんなことをやってるあいだにおじいちゃんがほんとに発作起こしたらどうするつもりだったんだよ?
人騒がせな!
ともかく。
このニュースが流れたせいで、このステージ実験企画「爆発物はなぜ爆発するか」が中止になってしまったのだ。
だからといって、時間の枠は確保してあるので、明珠女の高校が何も出し物を出さないというわけにもいかない。
そこで持ち上がったのが、
それぞれ一〇首ずつ短歌を出して、どちらが優れているか判定するという企画。
化学の先生で、同時にその古典文芸部の顧問でもある師山メイ先生は
「もっとも、わが校では、より優雅に
と、重々しく、でも愉快そうに言って笑った。
『カリオストロの城』の伯爵のまねなんかしてるばあいか!
ばあいなのだろう。先生は。
でも。
その「歌合」の優劣判定を任されたのが科学部だ。
だから、科学部にとってはそれではすまない。
ということで、その
「えーっ」
という愛の弱々しい悲鳴につながるわけだが。
かわいいなあ、愛は。
同学年だけど。
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