五章 不忘蔵王と蒼極天の神 14


「ざおーは……?」


 

 そしてユイガはあたしを見る。

 

 うみゅう。その赤くなった顔で見上げてくるなよチクショウこの可愛いヤツめ!


 

「いや、そりゃ……その、あたしだって、な……?」


 

 自然とそんな言葉が出てしまった。

 これだから水奈にツンデレだのなんだの言われるのだ。

 

 ……あたしも存外、頑固者で素直じゃないな。


 

「ざおーも寂しくなる……?」


 

 んな事わざわざ聞くなっっ! 言わんでもわかるだろーがこの鈍感さんめ!


 

「いや……あの。な……」


 

 うーむ。これが水奈だったら引っ叩いてはっ倒して一〇連コンボを決めてやれるのだが。


 

「あたしもさ……」

 

「ざおーも……?」


 

 その、な。

 そのですね。


 

「だ、だい、だい……」

 

「だい……だい…………だいきらい?」


 

 そんなこというかー!


 

「大好きだっつーの! 出来る事なら結婚したいっつーの!」


 

 初めて見た時から目を奪われっぱなしの萌え萌えのラブラブだっつーの!


 

「いい! あたしはユイガの事が大好きなの! あたしが忘れてた、だけど憧れてた正義の味方を堂々とやってのけて、そのくせそれを自慢げにもしなくて、ただ自然に純粋に当たり前のように正義の味方をやってるあんたが大好きで尊敬してんの! ほんとだったらずっとくっついててイチャイチャしたくて他の人に『あたしの友達すげーだろー!』って自慢したくてたまんないの! ずっと一緒に居たくてしょうがないんだから!」


 

 ああやべぇ恥ずかしいよどうしよう顔赤くない?


 

「寮でユイガの正義を否定した時だって、建築現場でユイガを糾弾した時だって、今の今だって、文句言ったりふざけんなーとか言ってるのだって、あたしはもう苦しくて苦しくてしょうがないの! あたしがどれだけ泣いたと思う? あたしがどれだけ必死だったとおもう? みんなみんな、ユイガに消えて欲しくないからなんだから!」


 

 でも口に蓋は出来ない。

 思い立ったら、考えたら、ユイガに対する言葉は流れ落ちる滝のように、止め処なくあたしの中から飛び出てくる。


 

「だから消えるとか居なくなるとか言うな! 誰がユイガが居なくなって喜ぼうが、誰がユイガが居なくなって悲しもうが、そんなの本当はどうだっていい! あたしが居なくなって欲しくない! ずっとユイガと一緒に居たいの! それだけ! 簡単で明白なの! ほんとは、あたしはあたしの為にユイガに居なくなって欲しくないんだから! だから消えんな! あたしの前から居なくなるとか言うな!」


 

 はぁはぁはぁ……。

 

 思わず肩で息をする。

 

 言った。言ってしまった。

 

 ずっと抑えていた感情を、ずっと抑えていた心情を。

 

 あらん限り力の限り、全力全快正真正銘の自分の気持ちを、ただ一人の少女にぶつけてしまった。


 ああ、やっべぇマジでこれは恥ずかしいよ!

 愛の告白でももうちょい格好いいセリフとか爽やかなセリフを言うだろ!

 それを在らん事か友達を引き止めるためにここまで言えるなんて!

 

 不忘蔵王君。キミ、マジで彼女に恋をしてしまっているのではないかね?


 

「してしまってるさ! いい! もうあたしにとってユイガの居ない日常なんて考えらんない! つーかもう友達とかじゃなくて付き合ってくれずっと一緒に年食って婆さんになって一緒に死のうぜ墓も二人で入るから! あたしが惚れたらヤケドじゃすまねーぞこんちくしょーー!!」


 

 あああああああああぁぁぁぁぁぁ…………!

 

 あたしの理性がどんどんどんどん崩壊してゆく。

 大丈夫なのかこれむしろあたしの方が消えてなくなるんじゃないか恥ずかしさとかそういうので!


 

「そう言うことだから! 消えるとか居なくなるとかやめやめやめ! つーか消えようが居なくなろうが、あたしが意地でもユイガを連れ戻す! ユイガはあたしの隣にずっと居ろ! もう離さないしどこにもいかせないから!」


 

 そんなあたしの告白を、この子はじっと黙って聞いていた。

 

 金色の髪を撫でる。抱き締めた彼女の瞳からあたしの頬へ、水が落ちる感触がした。



「ねえ……ざおう」


 

 ユイガの体は、もういつも通りの彼女の姿に戻っていた。

 

 彼女の体には人と同じ温もりがある。

 腕も、肩も、顔もはっきりとそこに存在している。

 先ほどまでのかすれ、消え入りそうな様子は無い。


 

「ざおうはね」


 

 ユイガはそうして、あたしに埋めていた顔を離し、あたしの顔を真っ直ぐに見て言った。

 

「ざおうは、やっぱり正義にとっての正義の味方だよ」


 

 もう彼女は泣いていなかった。

 もう彼女は諦めたような笑みを浮かべていなかった。

 

 彼女の顔には自分の意思が宿り、その上で笑顔を向けて、あたしに言葉を紡いでいた。


 

「正義はみんなを守る正義の味方になりたいな。ざおうも、イルカ君も、みんなを守れる、みんなが笑顔になれる正義の味方になりたいな」

 

「……好きにしな。でも、平日日中と四六時中振り回されんのは勘弁な」


 

 あたしもあたしで、たぶん笑っていたのだろう。


 

「うん。もう悪は出てこないから。ママもきっと大丈夫だよ」


 

 そして今度は、ユイガにギュッと力強く抱き締められた。


 

「いた、いたいっっ! 苦しいってーの!」

 

「えへへーっ。さっきのお返し!」


 

 ユイガが弾むような声であたしの声に応える。

 

 抱き締められた体から、彼女の体温を感じ、彼女の息吹を感じる。

 

 良かった。これでもう、彼女は大丈夫なんだろう。


 そう、私は思ったのだ。



 だけど――。

 

 

「それじゃあ、またね。ありがとう。ざおう」

 


 そう言って。

 

 抱き締めていたはずの彼女の姿が、体温と共に忽然と消えた。

 

 

 ぽとんと、小さな何かがあたしの前に落ちる。

 そこには、イルカが子供の頃に姉と呼んで大切にしていた、あたしが子供の頃に野犬から助け出した、小さなぬいぐるみがあった。


 それはあの時と同じ。青いボタンが外れかけ、破れた肌から綿をはみ出させてボロボロになった彼女だった。



「またねじゃないよ……」

 

 

 彼女は最後の最後で、それでも自分の事よりも、あたしを笑顔にさせる言葉を選んだ。


 

「みんなを笑顔に出来る正義の味方……」


 

 空より遠い星の入り口。

 

 蒼い空の中で、正義の味方を抱き締めながら、あたしはずっと、その言葉の意味を考えていた。

 ぬいぐるみは、その体をぼろぼろにしながら、それでも笑っていた。



 

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