五章 不忘蔵王と蒼極天の神 12


 笑顔をやめて、どうしてと懇願するような混乱したような顔をあたしへと向けた。


 

「そんな事。どうでもいいんだ。あたしにとっちゃ」


 

 あたしはタイフォンの上を歩く。

 姿の希薄な、今にも消え入りそうな正義の味方に向かって。


 

「どうして! もう正義は悪で! 正義は人を殺したんだよ!」


 

 自分を責めろと、自分を怒れと、そうあたしに言い聞かせるようにユイガが叫ぶ。


 

「ユイガ」


 

 一歩一歩ユイガへ近づく。

 血は止まっていない。


 歩みを進めれば体中が悲鳴をあげる。


 

「あたしはこれから、お前を抱き締めてやる」


 

 ユイガはあたしから逃げるように、少しずつ後ろへ下がってゆく。


 

「正義はもう人殺しの悪なんだよ! ざおうが倒さなくても……正義の味方が退治しなくても! もう悪は消えていなくなるんだから!」


 

 ユイガが叫ぶ。

 ぼろぼろに泣きながら、だだをこねる子供のように。


 

「そっか。そりゃ何よりだ」


 

 あたしの声に、ユイガの足が止まる。


 

「あたしは最後に、あんたに言いたい事があってここまで来ただけなんだからな。その後は消えちまうなりなんなり好きにすればいい」


 

 下を向いたユイガの表情は見えない。


 

「ユイガ」


 

 足を止めたユイガに追いつくのは難しくは無かった。

 あたしはユイガの目前へと立ち。


 

「あたしはさ、正義の味方になった事も、悪を喚んでしまった事も、全部あたしのせいにするユイガに苛立ってるんだ」


 

 ユイガの襟首を掴んであたしの顔へと向けさせる。

 

 ユイガは泣いていた。泣きながら、あたしの顔から目を背ける。


 

「はぁ食いしばりな」


 

 その顔を、思いっきり引っ叩く。


 あたしより大きいユイガだが、それでも細い体の彼女は、叩かれた衝撃で少しだけ飛び、そのタイフォンの背へと倒れた。


 

「バカ言ってんな! あたしが正義の味方? あたしが昔言ったことを真似して自分も正義の味方になっただ? 言っただろ! それをあたしのせいにすんな!」


 

 倒れたユイガは上半身を起こし、下を見ながらあたしの声を聞いている。



「だって正義は、正義はざおうに助けられたからっっ……!」


 

 ユイガが下を向いたまま叫ぶ。


 

「知るかそんなん! それじゃあ何か、あの子供が死んだのも、全部あんたを唆したあたしのせいだってのか!」

 

「だって……。だって……!」

 

「あれはな!」


 

 そしてあたしは伝える。


 

「あれはな! あたしとイルカがやったんだよ!」


 

 あたしの言った意味が理解できないという様子で、ユイガがあたしの顔を見た。


 

「ユイガがバカだから! ユイガがどうしようもないから! あたしがイルカに頼んでエイピスをどうにか動かしてもらって、あの状況を作り出したんだ!」


 

 彼女には、きっとこの言葉の意味がわからないだろう。


 

「あの子供たちも、雷も、全部エイピスがやった作り物だっつってんの! いい、ユイガは悪になったわけじゃない!」

 

「でも……あれは正義が望んで……」


 

 理解できないまま、それでもあたしの言葉をかみ締めながら、ユイガはあたしの言葉を聞いていた。


 

「そう。ユイガが望んだのかもしれない。ユイガが望んだからユイガの姿をしていた悪が現われたのかもしれない。でも実際には誰も死んでなんてない。あの子供たちを見て、ユイガはどう思った。ユイガが望んだ悪のせいで、どうなった」

 

「正義は……」



 そんな事。聞かなくても解ってる。


 

「正義はもう見たくない。正義はもう、誰もあんな風になって欲しくない……っ!」


 

 彼女は搾り出すように、そう声をあげた。

 

 あたりまえだ。誰だって、人が死ぬところなんて見たくない。ま

 してや、自分がそれを引き起こしてしまうなんて、そんな事は絶対にあってはならない。

 

 

「……正義は正義の味方をやめればいいの? 正義が正義の味方をやめれば、悪が生まれなければ、もうあんな事は起こらない……?」

 

「違う」

 

 

 そうじゃない。


 

「いい? ユイガ」


 

 あたしはだから、何も知らない子供を抱き締めた。


 

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