四章 不忘蔵王と少女の笑顔 1

 


《あなたが思う正義の味方とは?》

 


『……ボクにとって、正義の味方は、あの時からずっと一人だけ』


 


 

『さて。時は満ちた。人の子よ、汝自らの選択する道を進め。選んだ道に光の射さんことを。 

 とかそういうのはどうでもいいけど。ともあれ、パズルのピースはそろそろ揃い始めてあ、ピザそこ置いておいといてくれる? きたかもしれないが。まだまだ、お前の脳みそじゃあ足らんだろう。もっと集めろ。ピースは多いに越した事はない。


『多すぎるとどれを選ぶか迷うって? 迷える事は幸福さ。不幸なのは迷えない事だ。

  それでは良き日を、愛しい妹』

 

『……そうそう、死ぬとか死なないとかこないだ言ったけど、あれまだ有効だから。そもそも、人間いつか死ぬよ。私以外』


 


 

「ざおー。どこいくのー?」

 

 

 昼休み開始のチャイムと同時に席を立ったあたしに、後ろの席から声が掛けられる。

 

「ん。ちょいとヤボ用」

 

「ユイガさん。乙女がヤボ用という時は一つしかありませんよ」

 

「やぼよーってなにー?」

 

「それはですね。男性にしろ女性にしろ生理的な現象は我慢できなこくばんけしぃぃっっ!!」

 

 

 だまれ変態。

 

「ちょっとねー。いいから先食べてて。すぐもどっから」

 

「正義もいくーー!!」

 

 

 ひらひらと手を振るあたしに、いつもの元気な声がかかる。

 

 やっぱこうなるか。さてさて。どうしたものかね。

 

 

「ほら見てユイりん~。今日はわたしがお弁当作ってきたんだよ~」

 

 と、打開策を講ずる間もなく、玉兎がユイガを抑える役に回ってくれた。

 

 

 ああ見えて恐ろしいぐらいに勘の鋭い彼女だ、あたしの逡巡を即座に感じ取ってくれたのだろう。

 こういう時ばかりは素直に心遣いが出来て、なおかつ気の利く友人に感謝したい。

 

 

「おいー! フワは一人で逢引ですかー! らぶらぶですかご結婚ですかー! お相手は誰? だれだれダレ?」

 

 それに引き換え男連中はどうしてこうもバカばかりか!

 

 

「ちょっとばかり暴露しやがあああぁぁぁぁあああれえええええぇぇぇぇえええええぇぇぇぇーーーー!?」

 

「ほら~。らんらんも私のお弁当召し上がれ~」

 

「があぁぁれええぇぇぇーーーー!! かれぇぇぇーーーよコレ! ねえ玉兎サン!? コレ何入ってんの!! 何入ってんの!? 人類の食べ物じゃなくねぇぇーー!?」

 

 

 多めに作ってきたと思われる自分の大きな弁当箱から、なにやら得体の知れない真っ赤な物体を蘭堂の口へ押し込んでいる玉兎。

 

 何の悪気も無さそうにやっているが、さりげなくあたしに向けてウィンクをしてくる辺りに、彼女がやり手である事を明確に認識させられる。

 あの娘は敵に回したくないな~とか感じながら、ハンドサインだけで感謝を伝えると、あたしは教室を後にした。


 


 

 


「……お待たされた」

 

 

 ……っっ!

 

 あたしが屋上への扉を開いた直後、その声は何の前触れもなく聞こえた。

 

 

「……びっくり」

 

 びっくりした! すごくびっくりしたよ!

 

 

「……ほんとに蔵王」

 

 え、そのリアクションだともしかして誰が来たかも知らずに声をかけたのデスカ?

 ちょっとそれ突飛過ぎない? 別の人だったらどうするつもりだったの?

 

 

「……何度か恥ずかしい思いをさせられた」

 

 それはあたしのせいじゃねえええぇぇぇーーー!!

 っていうかやったんだ! 誰か別の人にも間違えてやって人違いでしたほんとごめんなさい的な感じになったんだ!

 

 

「……仕返し」

 

 それは、先週あたしがここで待ち伏せしていた事に対しての仕返しか! その為にここに来る人来る人全員にやってたのかもしかして!

 

 

「……別に驚く事はない」

 

 

 キミが十分驚いてるよね!?

 

 っていうかそれも先週のあたしの真似か! それがしたかったのか!

 

 

「……一週間は長かった」

 

「え。まさか先週からずっと毎日待ってたとか……」

 

「……」

 

 

 顔を真っ赤にして伏せるイルカ。

 

 マジでか!? ヤバい! この子実はかなりの天然さんだ!!

 

 

「……それじゃあ」

 

 言って、あたしから逃げるように横をすり抜け階段へと足を向けるイルカ。

 

 

「まてまてまてまて」

 

 

 それを逃がすまいと彼女の腕を咄嗟に掴む。

 

 うあ、柔らかくって真っ白。もう美白とかそーゆーレベルじゃないっすね。

 

 

「……?」

 

 不思議そうな顔であたしを見つめ返す神ヶ崎イルカ。

 

 

 まさか今のドッキリのために本当に一週間待ってたワケじゃないだろうねこの反応。

 

 その掴んだ真っ白な肌をつたって、イルカの白蛇があたしの肩へと乗ってくる。

 

 

「……ん」

 

 

 その様子を見て、イルカは足を再び屋上へと戻した。

 

 

「……答え」

 

 

 答えか。ああ、よく解ったよ。なんて、あん時もうなんとなく解ってたけどさ。

 

 

「《悪》だな。勇者に必要なもの。ありゃいったい何なんだ?」

 

 

 あたしの問に、しかしイルカは顔色一つ変えない。さっきは真っ赤になって照れてたくせにな!

 

 

「最初はあたしも、あれはどっかの悪の秘密結社とかそんな感じの《敵》の神災が生み出したものだと思ってた。人を襲う悪だと、そう思ってた。でも、今は違う。あたしには、あれは本当の意味での《悪》には見えない。あれは違う。もっとこう、都合の良いもんだ」

 

 

 それは昨日の水奈の話から得られた答えだ。

 

 

 人を傷つけない《悪》。けれど人に恐怖を与える《悪》。

 

 必要悪ともまた違う。正義を維持するために真実の悪を刈り取る為の悪ではなく。正義が正義としてある為に、その存在理由を守るための仮初めの《悪》だ。

 

 

「あたしなりに考えてみたけど。まだ、足りない」

 

 

 そうだ。まだ何か、何かが足りない。

 考えられる一つの可能性も、まだそれを否定できるだけの十分な要素がある。

 


 あと少し、あと少しで答えが見つかる気がするのだが。

 

 あたしの言葉を聞いたイルカは、あたしの瞳を真っ直ぐに見つめ、小さく口を開いた。

 


「……思い……出した?」

 

 やっぱり。

 

 彼女は知っていたんだ。

 

 

 《あたしの記憶が無い》事を。

 

 《あたしがユイガとイルカの事を忘れている》事を。

 

 

「……だいたいね」

 

 まだ肝心なところが足りないけど。

 

 あたしの言葉に、イルカはこう答えた。

 

 

「……《悪》は」

 

 彼女が静かに言葉を紡ぐ。

 

 

「……《悪》は、蔵王によって生み出された」

 

 ……なんだって?

 

 

「……今夜」

 

 

 そしてイルカは、今晩その時間にそこへ来いとあたしに言った。

 

「……姉さん」

 

 

 イルカの呼びかけに応えるように、あたしの首に巻きついて欠伸をしていた白蛇が、するするとあたしのもとを離れ、イルカの体をよじ登り、再び彼女の服の中へと入っていった。

 『見せたいものがある』。そう言って、イルカは屋上を去っていった。



『……《悪》は、不忘蔵王によって生み出された』

 


 そう、生み出されたと彼女は言った。

 

 あたしが、何の力も無いあたしによって。《悪》は生み出されたと。


 今も《悪》は現われ続け、神ヶ崎ユイガによって駆逐されているというのに。



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